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「花屋日記」23. 静寂の中で彼女を守る者たち。
魅力的な女性が、ときどき店に立ち寄ってくださる。スタッフの間で「あのすごくかわいいひと」で通じるくらい、みんなの記憶にのこる美貌の持ち主だ。彼女はいつもブーケではなく、単品の切り花を購入される。ご自分で花を選びたいタイプの方なので、私はいつも挨拶だけをしてカウンターにひっこむ。
それに最近気づいたのだけれど、彼女は元気がないときに花を買いに来られるのだ。たいていは仕事帰りに、そしてたまにはお昼過ぎにも。
「こんな時間にいらっしゃるなんてめずらしいですね」
と一度お尋ねしたら
「今日はあたまが痛いから早退するんです」
とおっしゃった。花は癒しだなんて人はよく言うけれど、そんな安っぽい言い回しじゃなくて、ほんとうの意味で、花は彼女を精神的に支えているのだろう。
そしておそらく恋人なのだろうけど、おちついた紳士が彼女に付き添って来店されることがあった。低い声でときどき彼女に話しかけるけれど、花選びをする彼女の邪魔は一切しないし、彼女が迷っていてもそれをじっと待っている。そして彼女が「お願いします」と言ってカウンターに花を持ってくるタイミングではじめてさっと前に出てお会計をされる。なんだかとてもスマートだ。くっつきすぎず離れない、理想的な大人の関係。
きっと部屋のなかでは、花が傷ついた彼女を見守り、その彼女を彼が見守っているのだろう。その三者は静寂を保ちつつも、心地よい時間をつくる。彼女には見えないかもしれないけれど、花はたしかに彼女を抱きしめている。彼女の嘆きを受けとめている。そしてそのすべてを受け止める紳士が彼女のそばにいるのだ。
私は花屋になってそういうことを知りたかったのかもしれないと、最近思う。花を組むことが一番たのしいけれど、ただ切り花を包むだけでも、私はじゅうぶんに満たされる。だってこんな素敵な人たちがその人生を見せてくださるから。
そして彼女が今日「いつもありがとう」と私に言ってくださったから、私も彼女を見守る一人であることに気づいてもらえて、とてもしあわせな気分になった。花を巡る日々の物語は、ちいさくても、ひとつひとつがどれも愛しい。
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