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「花屋日記」15. 鉢物なんて大っ嫌い。
「花屋=切り花」のイメージだった私にとって、その後一番の難関となったのは「鉢物」の存在だった。店舗にはつねに大きめの観葉植物がディスプレイ兼商品として陳列してある。この植物たちの世話が思ったより厄介だったのだ。
私はいわゆる「サボテンさえ枯らす女」。ファッションエディター時代はほとんど家にいる時間がなかったため、もちろん観葉植物は置いていなかった。一度エアプランツをもらった時も「月に一度はソーキング(たっぷりの水の中に数時間漬け込むこと)しなくてはならない」と聞いて、洗面器の中に沈めたまま何日も放置してしまった。気づいたときにはすでに洗面器の中で変わり果てた姿になっており、
「…ごめん、もう二度と植物なんて育てない…」
と立ち尽くしたのを覚えている。なんとも後味の悪い経験だった。
そんなわけで店舗で鉢物を扱うことは、私の一番の苦手分野だった。単価が高いからすぐには売れないし、手入れに時間がかかるので早く売らないといつまでも労働力ばかり消費するはめになる。なんとも憎らしい存在だ。しかも観葉植物に興味を持つお客様には男性が多く、その特徴や育て方についてかなり詳しく質問される。たくさんリサーチしないととても知識が間に合わず、毎日が抜き打ちテストのようだった。
そんなある日、私はたまたま住宅地で、20個ほどの植木鉢が玄関前に並んでいる光景に出くわした。大輪の菊が何本もまっすぐに育っていて、品評会レベルと思えるほどの美しさだった。思わず立ち止まってその大小の鉢物を眺めていると、玄関からジョウロを持った中年男性が現れた。ふと目があったので
「あの、すごく立派なお花ですね。つい見とれてしまって」
と言うと
「いやあ、これまで何度も失敗してね。分からないことは全部仲間に教えてもらってるんです」
その方は楽しそうに教えてくれた。
「大きな花を咲かせてくれるのがなによりも嬉しいから、妻と二人で毎日面倒みてるんですよ」
「そうなんですか」
私はあらためてそのたくさんの鉢物を見回した。おそらく水やりや肥料の他にも、虫除けやワイヤリングなど様々なケアがされている。彼が手をかけている植物はみな、幸せそうだった。
「私もちゃんと植物が育てられるようになりたいんです」
「きっと植物の方から『こうしてほしい』って言うのがだんだん分かるようになってくるよ。僕もはじめは初心者だったから」
おじさんの声は優しかった。人として素敵だと思った。
その名前も知らない鉢物マスターのアドバイスを胸に、私の「鉢物強化ウィーク」はそこから始まったのだった。
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