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「花屋日記」10. 「あなたにこんな商売は向いてない」
現実的な話をすると、花屋で働き始めて戸惑ったことの一つは商品単価が安いということだった。丸一日働いて、けっこうな数のオーダーをこなしても「花屋の売上ってこんなものなんだ!? そりゃ私たちの人件費もケチられるわけだ…」と思うような額にしかならない。閉店後のレジ締めをするたびに、私は毎晩愕然とした。びっくりするほど儲からないのだ。そして
「花なんて買う意味ある? 食べ物ならともかく」
「なんで花束ってこんな高いの? どうせ枯れるのに」
と冷ややかに見ていくお客様だって一定数おられる。なんせ自然に生えているものが商品なので、そういう価値観の人がいても仕方がない。強力なブランドイメージでもない限り、値段設定は上げられないし、少数のスタッフではできることも限られている。なんとも歯がゆい状態だった。
正直、それまでファッション業界で何十万〜何百万といった価格帯の商品を扱っていた私は、そういった部分への感覚がどこかズレていたと思う。「利益を上げるために包装紙1枚、リボン1mmでも節約せよ」という店長の指示にあまり賛成できなかった。そんなところで神経をすり減らすのであれば、定期的な装花を請け負ったり、近隣のビルに入っている企業を顧客にしてしまえばいいと思ったのだ。そうすれば毎月の固定売上によって、他の部分が自由になる。もちろん資材の無駄遣いはしないが、節約ばかり気にして花やラッピングのデザイン性が落ちたら本末転倒のように思えた。
「もっと注文が取れるように、例えば近隣のオフィスビルにフライヤーを配るとか、そういうことはやってはいけないでしょうか? デザインはシンプルなものなら私が作ることもできますし、白黒コピーでもいいと思うんです。まずここに花屋があることを知ってもらって、電話番号さえメモってもらえれば、毎シーズン利用してくださるクライアントさんも見つかると思うので」
私はある日、思いきって店長にそう提案した。個人客より企業の方が予算もあるはずだ。祝い花の需要だけでもかなりの売上が確保できる。自分なりに真剣に店のことを考えてみた末の提案だった。だが
「そういうのはやらなくていいから。言われたことだけやって」
店長は不機嫌そうに言った。1秒も取り合ってもらえなかった。
「ブルジョワなあなたには、うちらの気持ちなんか分からない。カイリさんにこんな商売は向いてないのよ」
その日、あまりに衝撃を受けて呆然としながら業務をこなしたのを覚えている。全否定されたことで、自分なりの努力の方向や、仕事への貢献の仕方が分からなくなってしまった。
後日、私は自分が新人研修の頃からスタッフの間で「あの○ルメスみたいな人」という呼ばれ方をしていたことを知る。場違いな人間。高級志向。最初からそういう印象を与えていたのだ。
「そのお上品すぎる言葉遣いもやめて。お客様はそんなもの求めてないから」
店長からの厳しい口調に、私はもうそれ以上、何も言えなかった。
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