[中国]最高知識産権法廷における初めての民事行政第二審裁判
2019年1月、中国の最高人民法院にアメリカのCAFCを意識した最高知識産権法廷が設置され、特許、営業秘密など技術に関係する紛争のすべての第二審を担当するようになった。こうした司法改革に伴い様々な制度改正や新しい取組みが短期間に実施されている。こうしたなか、2019年12月に厦門実正電子、LG現地法人の楽金電子(天津)、及び国家知識産権局が当事者となる特許侵害民事訴訟及び対象特許無効取消行政訴訟の第二審が、いわゆる「二合一」審理として、初めて最高知識産権法廷で開廷審理された。本稿は実務者の参考のため、本件の民事訴訟及び行政訴訟の経過と争点、最高知識産権法廷での審理の進行及びクレーム解釈、禁反言と均等について報告する。
本稿は日本知的財産協会の知財管理誌、2020年11月号に掲載した記事に一部加筆しておりますが、有料会員向けの刊行物に掲載しため、本記事は有料になることをご了承ください。
1.はじめに
中国で特許権(注1)や商標権の有効性を決定する専権は登録機関である国家知識産権局(CNIPA)にあり、アメリカや日本のように裁判所である人民法院が特許権侵害の民事訴訟係属中に対象特許の有効性や権利行使能力を決定することは認められていない。そのため、国家知識産権局で特許の有効性を争った審決に対する不服は、北京知識産権法院に上訴することができるものの、裁判の争点は国家知識産権局の法律規定の適用の正否のみになり、法律適用の誤りがあった場合は差戻し審判となる。しかし、時には差戻し審判で同じ審決が出されて裁判所を何度も行き来し、権利の不安定な状態が長く続くことになる。特に、重要で難しい事件でこの状況が起こると、不安定な期間の長期化、当事者の損害の増加のみならず、行政と司法の人的資源の無駄遣いが指摘されている。
こうした行政と司法の二元分立体制のために生じる不可避的な循環訴訟の課題について、最高人民法院知識産権法廷長の羅東川氏が2019年3月にその改革を提唱している(注2)。また、2020年4月に意見募集がされた最高人民法院による特許登録権利確認行政事件の審理に関する規定(一)(意見募集稿)(注3)でもその対策が提案されているところである。
一方、同一の権利、同一の当事者の場合の行政と司法での重複した審判による人的資源の無駄遣いや訴訟期間の長期化に対する対策について、2016年7月5日に「最高人民法院による全国法院における知的財産権民事・行政・刑事事件裁判の『三合一』業務の推進に関する意見」が配布され、同一当事者が関係する事件を同時に審理する方向が示された。また、技術調査官制度(注4)の導入が、高度で難しい特許技術の事件を担当する裁判官に対する強い支援となり、事件に対する理解や対応力も向上しつつある。実務上は、特許事件で刑事事件が同時に処理されることは少ないため、民行同時訴訟の「二合一」の事件が増加している。
2. 本事件の経緯
1)本件の対象特許
実案登録番号:ZL201220203855.0 出願日:2012年5月8日
登録日:2012年12月5日
実案名称:過熱保護回路の構造
実案権者:厦門実正電子科技有限公司
技術概要:プリント基板上の感熱素子と当該感熱素子の状態を読み取る保護回路を備えた過熱保護回路の構造であり、感熱素子はIGBTとブリッジを備える発振回路の近くに配置されることを特徴としている。
2)厦門実正電子科技有限公司
実案権者で、民事訴訟の原告であり、行政訴訟の被告である。2003年7月23日に福建省厦門市に電子部品、電気製品、計器の販売及び電気・電子製品及びソフトウェアの設計開発を事業範囲とし、資本金200万元(約3,200万円)の民間企業として設立された。主に、リレーやモジュールを取扱う小企業である。特許保有件数は実案のみ4件(2020年5月時点)、設立者が発明者である。
3)楽金電子(天津)電器有限公司
民事訴訟での被告であり、行政訴訟の原告である。1995年12月28日に天津市に韓国LG電子、その現地法人楽金電子(中国)及び中国企業の天津渤海軽工投資集団による韓中合弁企業で、家庭用電気製品の設計、製造、販売及びアフターサービスなどを事業範囲とし、資本金15,000万米ドル(約160億円)の大企業で、特許保有件数は、発明特許1790件、実案特許124件、意匠特許23件である(2020年5月時点)。
4)被疑侵害製品
LG製電子レンジ製品(型番:MH6595GDS)に使用されている過熱保護回路。
5)共同被告
烟台万昌電器有限公司(侵害品ネット販売)
2010年10月13日に山東省烟台市に設立された日用品の販売店舗であり、ECサイトの天猫TmallでLG生活用品の正規代理店として被疑侵害品を販売した。
浙江天猫网絡有限公司(Tmall事業者)
2011年3月28日に浙江省杭州市に設立されたアリババ系列の大手インターネット事業者であり、天猫Tmallサイトは中国では数多くのインターネット店舗運営者と一般利用者を顧客としており、共同被告の烟台万昌電器有限公司が店舗を開いている。
6)国家知識産権局
行政訴訟の被告である。事件受理時は、日本の審判部にあたる国家知識産権局専利復審委員会であったが、2019年の行政改革で国家知識産権局専利局復審と無効審理部に改組されている。
7)本件訴訟経緯
・評価報告書発行日:2017年5月22日
・特許無効取消請求(審判)
無効取消請求日:2018年1月9日
審決日:2018年6月26日(有効維持)(審決第36449号)
・行政訴訟第一審
裁判地:北京知識産権法院
提訴受理日:2018年9月6日
判決日:2019年7月1日(却下、原審維持)((2018)京73行初8992号)
控訴日:2019年9月12日
・民事訴訟第一審
証拠保全:2017年9月11日公証購入
裁判地:浙江省杭州市中級人民法院
提訴受理日:2017年10月25日
判決日:2019年3月20日(非侵害)((2017)浙01民初1405号)
控訴日:2019年8月26日
・第二審行政民事二合一同時審理
裁判地:最高人民法院知識産権法廷
(2019)最高法知行終142号(却下、原審維持)
(2019)最高法知民終366号(却下、原審維持)
判決日:2019年12月5日
2.1 実用新案特許出願
本件対象権利は、実案で下記の通り:
登録番号:ZL201220203855.0 公報番号:202586299 U
出願日:2012年5月8日 登録日:2012年12月5日
実案名称:過熱保護回路の構造
国際分類:H02H 7/20 ,H02H 5/04
実案権者:厦門実正電子科技有限公司
請求項:独立請求項1と従属請求項2-4。
【請求項1】過熱保護回路(过温保护电路)の構造であって、1つの感熱素子(20)と当該感熱素子の状態を読取る保護回路を備え、前記感熱素子はIGBT(絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタ)を備える1つの発振回路の近くに配置され、かつ当該発振回路はブリッジ(11)を有し:前記感熱素子の一端はブリッジの負極出力端子(12)に接続され、かつそこで接地する;当該感熱素子はプリント基板(10)上の1つの過熱保護点に固定され、当該過熱保護点は前記ブリッジ放熱器(13)と前記プリント基板(10)の嵌合部の裏側に位置する:前記感熱素子は2つの完全に安定した熱伝導経路を有し、その1つは前記ブリッジの負極出力端子に接続され、もう1つは前記放熱器を介して、前記プリント基板を通してその裏側に到達する;ことを特徴とする。
【請求項2】前記放熱器がネジ(14)で前記プリント基板に止められ、前記過熱保護点はネジ(14)止め位置の近くにあることを特徴とする請求項1に記載の過熱保護回路の構造。
【請求項3は省略】
【請求項4】前記IGBTが前記ブリッジ放熱器(13)上に組立てられ、両者は熱伝導経路を有することを特徴とする請求項1に記載の過熱保護回路の構造。
【請求項2~4】事件の対象となっているが、実質的対象でないため解説含めて省略。
図1 実案添付図面
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