中国 特許審査指南の改正(3)実体審査
国家知識産権局が改正し、2024年1月20日に施行した特許審査指南(ガイドライン)から実務に影響のある主な事項を紹介する。3回目は、発明の実体審査にかかる改正で、主に以下の5点になる。第1は特許法第20条に新設された信義誠実の原則の実体審査での適用、第2は特許対象外にかかる遺伝資源、診断方法の定義の変更、第3は明細書の記載とサポート要件、第4は新規性、第5は、進歩性である。こうした点について、所謂非正常出願の対応、新分野や新業態に関する出願対応、さらに審査の最適化の面からインターネット状の証拠認定や進歩性(創造性)判断に関する課題を明確にしている。
(一)誠実信用原則の適用
特許法実施細則の規定のように、特許出願を提出するには、真実な発明創造活動を基礎としなければならず、虚偽を弄してはならない、実質審査手続において、発明特許出願が特許法実施細則の規定に適合するか否かを審査する、その時に「特許出願行為を規範化するための規定(2023年)(规范申请专利行为的规定)を運用する。当該出願が規定に適合すれば却下する。なお、審査では、証拠或いは十分な理由があることを要件としている。審査では、初級審査、実体審査、審判、そして、特許権評価報告書の作成も対象としており、全面的な規制メカニズムを形成し、信義誠実を確保するための法律条項が特許審査の各段階で効果的に実行されるよう整備された形である。(改正法、新設)
特許法第20条第1項
特許出願及び特許権の行使は信義誠実の原則を遵守しなければならない。特許権を濫用し公共の利益或いは他人の合法的権益に損害を与えてはならない。
特許法実施細則 第11条
特許出願は、信義誠実の原則を遵守しななければならない。各種の特許出願を提出する場合、真実の発明創造活動を基礎としなければならず、虚偽を弄してはならない。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.適用行政規定 第二部第1章第1、5節
2.全体審査 第二部第8章第4.7節、PCT:第三部第2章第2.2節、ハーグ:第六部第2章第5.4節
3.拒絶の種類 第二部第8章第6.1.2節
4.審判 拒絶査定不服 第四部第2章第4.1節、無効宣告 第四部第3章第4.1節
5.特許権評価報告書 第五部第10章第3.2.1節
(二)特許法第5条(不特許事由)の適用基準の改正
法律違反事例の根拠法を明示、公共の利益を害する場合を害する程度に達していると明確化した。また、遺伝資源について、特許法実施細則第29条第1項の発明創造を「遺伝資源の遺伝機能を利用して完成させた」まで含むように拡張し、「遺伝機能単位で発生した遺伝情報の分析と利用」を追加し、対応する規定と例示を追加した。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.法律違反、公共の利益、第二部第1章第3.1.1、3.1.3節
2.遺伝資源 同3.2節
(三)特許法第25条(非登録対象)の適用基準の改正
診断方法は同時に次の2つの条件を満たさなければならない、(1)生命のある人体または動物体を対象とする、(2)疾病の診断結果または健康状態を得ることを直接目的とする。特許権を付与できない例として挙げられていた「血圧測定法」の例は、2つの条件を満たさないので削除し、「すべてのステップをコンピュータなどの装置が実施する情報処理方法」を直接疾病診断方法と認定すべきではないことを明確にすることで、近年のイノベーション主体の要望に応え、こうしたイノベーションの保護を強化した。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.法律違反、公共の利益、第二部第1章第4.3.1節
(四)明細書と請求項の記載要件の改正
①明細書で引用する特許文献
背景技術の引用文書が特許文書である場合に中国特許と外国特許の公開日の要件と統一しPCT出願を含め統一し、「引用される特許文献の公開日は本願の公開日より後であってはならない」を追加した。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.背景技術 第二部第2章第2.2.3節
②請求項サポート要件
サポート部分の判断を「疑うに十分な理由」と十分を加え改正することにより、サポートが得られないとの審査結果を出すときには十分な道筋を説明し簡単に分析もなく直接断言しない方向性を示した。する的な結論を出すことを避けるべきだと強調した。これに合わせて、植物種子の処理方法の例も改正し、異なる植物種子に低温耐性などの生理学的特性に違いがある理由の分析を追加している。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.サポート要件 第二部第2章第3.2.1節3~4段
(五)新規性判断の明確化
①インターネット或いはその他のオンラインデータベースに存在する公知資料
出版物を「(1)紙の出版物と視聴資料」と「(2)インターネット或いはその他のオンラインデータベースに存在する資料」に明確に分け、改竄や消滅しやすい電子通信技術で閲覧できる資料に対する定義、公開日の確定、関連する特別な状況の処理などを規定した。
当該資料は、ネットワークを電波経路としデータ形式で保存されていること、合法的に取得でき、パスワードや費用支払いの要否などの利用制限はないこと、そして、公開日は、一般的な公開日を基準とし、サイト上での発表日を基準とするとしている。
公開日はアップロード日、修正更新日、情報媒体に記録された日などであり、サイトの管理基準などの影響を受ける可能性があるため、個別の状況に基づいて判断する必要がある。インターネットで出版された書籍、定期刊行物、学位論文などの出版物はウェブページ上に記載されたネット公開日、発表日のない或いは発表日が疑がわしいウェブページの資料はログファイルに記録された公開修正日や検索エンジンにより付与された日などの情報を参照して公開日を決定することができるとしている。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.出版物による公知 第二部第3章第2.1.2.1節
2.先行技術 第二部第3章第2.1節
3.インターネット証拠公開日 第四部第8章第5.1節
②新規性喪失の例外の改正
改正特許法第24条第1項(1)号には、「国に緊急事態或いは非常事態が生じたときに、公共の利益の目的のために初めて公開した場合」が追加され部分的に特許審査指南も改正されたが、(4)号同様に他人が知りそれを再度公開した場合もその対象になることが明確にし、インターネットと情報技術の発展に伴い、他人による再公開の可能性が大幅に増加している状況に対応した。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.新規性喪失の例外の猶予期間 第二部第3章第5節
2.新規性喪失の例外の審査 第一部第1章第 6.3 節
(六)進歩性(創造性)判断の明確化
今回の特許審査指南の改正では、最も近い先行技術の確定、発明が実際に解決する技術的課題の確定、常識の証拠の種別などの関連規定を改正し、審査の質の向上を目的としている。
① 最も近い先行技術の確定
進歩性判断の所謂「三歩法(3ステップ)」の最初のステップである最も近い先行技術の確定作業では、「まず技術分野が同一或いは近い先行技術を考慮する」ことに注意すべきとし、「その中で、発明が解決しようとする技術的課題に関連する先行技術を優先する」ことを指摘している。
一般的に、発明の目的は発明が解決しようとする技術的課題を技術的解決策により解決し、技術的効果を実現することにあるが、これは先行技術と発明が解決しようとする技術的課題の間に技術的関連性がある場合に限られる。この先行技術は最も近い先行技術として機能し、発明の目的を達成するための最も理想的な出発点となる可能性がある。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.判断方法 第二部第4章第3.2.1.1節(1)段
②発明が実際に解決する技術的課題の確定の明確化
2019 年に公示された国家知識産権局の特許審査指南の改正に関する第 328 号公告で技術的課題の確定方法について明確にされたが、審査官が発明で実際に解決される技術的課題を改めて確定しなければならない場合での特殊な状況と注意すべき点について説明を加え、安易な自明性の判断や後知恵に陥らないように追加の指摘を加えている。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.判断方法 第二部第4章第3.2.1.1節(2)段
(a)特殊な情況
改正前の特許審査指南には、当該発明と最も近い先行技術を比較し技術的効果が同等で、より優れた技術的効果は示していないものの、異なる技術思想による代替の技術的解決策を提供する技術がカバーされていない。改正後の特許審査指南では、革新的な法則と特徴をより全面的に反映するために、「イノベーションの規律と特性をより完全に反映するため、「最も近い先行技術とは異なる代替の技術的解決策を提供する」を改めて確定する技術的課題の特殊な情況の一つに追加した。注意することは、これに該当するからと言って、進歩性の有無を意味するわけではなく、自明性の判断手順に進まなくてはならない。
(b)注意すべき点
次の第三段階で最終的に自明性の判断をすることから、この第二段階で改めて確定する技術的課題が適切でない場合に誤った判断になることから、改めて確定する技術的課題は、区別できる特徴が発明で生じさせる技術的効果に対応しなければならず、区別できる特徴そのものと確定してはならず、区別できる特徴に対する示唆或いは暗示を含んでもならないことを強調し、事例を用いてその原則を説明している。
③公知の常識の証拠の種別を統一
特許審査指南の第二部実体審査と第四部再審と無効請求の審査に引用する公知の常識の証拠の種別の列挙を統一し、第二部第4章を第四部に合わせ、参考書に技術用語辞書と技術マニュアルを列挙し追加した。
注意すべきことは、公知の常識の証拠と進歩性の審査における「技術的示唆」となりうる公知の常識を区別しなければならないことである。保護を求める発明が当業者に自明か否かを判断する時、技術的示唆と技術的課題は不可分であり、特定な技術的手段が当業者の公知の常識に属すると考え技術的示唆を構成すると判断する場合、当該技術的手段が当該具体的な技術的課題を解決することが当該技術分野では公知であることを説明できなければならない。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.判断方法 第二部第4章第3.2.1.1節(3)(i)段
(七)コンピュータプログラムに関する審査
今回の特許審査指南の改正では、新分野新業態に関連する発明創造の保護を強化するため、コンピュータプログラムの請求項の作成基準、ビッグデータ、人工知能などの審査基準、進歩性の審査基準を改正している。
①コンピュータプログラム製品を請求項の主題名称とできることを明確化
コンピュータプログラムに関する発明特許出願で保護する種類をさらに拡大するために無形のコンピュータプログラム製品を保護対象とすることを許可し、製品の請求項として記述してもよいことを明確にした。記載例 4 を追加し、「画像ノイズの除去方法」の発明特許出願を基礎として、方法、装置、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体及びコンピュータプログラム製品の請求項の記載例をそれぞれ示した。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.請求項の記載 第二部第9章第5.2節
②アルゴリズムでコンピュータシステム内部性能の改善を実現する客体の追加
ビッグデータ、人工知能の発明特許出願の請求項に具体的技術分野の限定がないアルゴリズムの改良について、アルゴリズムとコンピュータシステムの内部構造に特定の技術的関連が存在し、かつハードウェアの演算効率又は実行効果を高めるという技術的課題を解決し、自然法則に適合するコンピュータシステムの内部性能を改良する技術的効果が得られる場合、特許法に記載する技術的解決手段に該当すると明確化した。審査例5「ディープニューラルネットワークモデルのトレーニング方法」で確認できる。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.特許法第2条2項に基づく審査 第二部第9章第6.1.2節、
2.審査例 第6.2節 審査例5
③.ビッグデータ処理に関する客体の審査基準の追加
請求項の解決手段で処理の対象とするものが具体的な応用分野のビッグデータを客体と審査基準に追加した。解決の手段が特定のビックデータを扱い、データマイニングでの内在関連関係が自然法則に適合、具体的な応用分野のビッグデータの分析の信頼性や正確性をどのように向上させるかという技術的課題を解決し、対応する技術的効果が得られるならば、当該解決の手段は、特許法に記載する技術的解決手段に該当すると明確化した。審査例6「電子チケットの使用傾向の分析方法」、審査例7「ナレッジグラフ推測方法」、審査例10「金融商品の価格予測方法」で確認できる。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.特許法第2条2項に基づく審査 第二部第9章第6.1.2節、
2.審査例 第6.2節 審査例6,7,10
④アルゴリズムでコンピュータシステムの内部性能を改善する場合の進歩性を審査基準に追加
請求項のアルゴリズムとコンピュータシステムの内部構造に特定の技術的関連が存在し、その内部性能を改良し、ハードウェアの演算効率や実行効果を高める場合、当該アルゴリズムの特徴と技術的特徴は機能面で相互にサポートし合い、相互作用の関係が存在すると判断することができ、進歩性の審査を行う時場合、前記アルゴリズム特徴が技術的解決手段に対して果たす貢献を考慮することを追加した。審査例15で確認することができる。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.新規性と進歩性の審査 第二部第9章第6.1.3節4段
2.審査例 第6.2節 審査例15
⑤ユーザー体験の向上に関する進歩性の審査基準を追加
人工知能、ビッグデータなどの分野での発明の出発点がユーザー体験を向上させることを目的としている場合が多く、進歩性判断におけるユーザー体験の関心に応えるためにユーザーの体験向上に関する進歩性の審査基準を追加したが、審査基準ではイノベーション主体の技術貢献を十分に考慮するとともに、ユーザー体験を判断する際の主観を回避するとしている。その前提は、特許出願の解決策がユーザー体験の向上をもたらし、そのユーザー体験の向上が技術的特徴によってもたらされたか、または技術的特徴とその機能的に相互にサポートされ、相互作用関係があるアルゴリズム的特徴またはビジネスルールと方法の特徴との協働でもたらされる場合、進歩性の審査を考慮する。修正した.審査例13「物流配送方法」で確認することができる。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。
1.新規性と進歩性の審査 第二部第9章第6.1.3節6段
2.審査例 第6.2節 審査例13
(八)漢方薬に関する審査
中国政府の漢方薬の知的財産権保護の強化に関する指示に基づき、特許審査指南第二部実体審査に第11章「漢方薬分野の特許出願審査に関するいくつかの規定」が新たに追加した、漢方薬分野の審査に存在する特殊性問題に対して、審査の考え方と方法を統一するため、漢方薬の特許保護の客体、明細書とクレーム、新規性、進歩性と実用性などの審査基準について明確に規定した。
対応する特許審査指南の規定は以下の通り。概要説明は省略する。
1.序文
2.漢方薬の発明特許により保護される客体
3.明細書とクレーム
4.新規性
5.進歩性(創造性)
6.実用性
2.1節 特許権を付与できる出願
以下のいくつかの製品は漢方薬発明特許により保護される客体に該当し特許
権を付与できる。
(1)産地で加工して得られた漢方生薬
(2)炮製加工して得られた漢方煎じ薬
(3)漢方薬処方または漢方薬複方とも呼ばれる、漢方薬組成物
(4 )漢方薬抽出物
(5)漢方薬製剤
以下のいくつかの方法は漢方薬発明特許により保護される客体に該当し、特許権を付与できる。
(1)漢方生薬の栽培方法又は産地での加工方法
(2)漢方煎じ薬の炮製方法
(3)漢方薬組成物、漢方薬抽出物、漢方薬製剤などの製品の製造方法或いは検査方法
(4)漢方薬製品の製薬用途
2.2節 特許権を付与できない出願
添加が禁止された毒性漢方生薬を用いて完成した発明や公衆の健康、公共の利益を害するなど特許法第 5 第 1 項の規定に違反するもの、自然界天然に存在している物質など特許法第 25 条 1 項( 1 )号に規定する科学的発見に該当するもの、中国医薬理論、中国医学の診断方法。
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