
中国 特許開放許諾と契約書上の注意点
中国特許法(専利法)は、2021年6月に改正され、改正の眼目の一つに中国版ライセンス・オブ・ライト(License of Right:LOR)が導入された。日本では開放特許と呼んでいるが、中国では特許開放許諾と呼び、第三者を制限せず通常実施権を供与する用意がある特許権(中国では、発明、実案と意匠が特許のカテゴリーに入る)を保有する権利者は一般にその旨を公示しライセンシーを募集し契約を締結することができる。なお、交換条件としては諸外国と同じように維持年金の割引(改正案では10年間の納付免除)を受けることができる。もちろん、事業の都合で気が変われば取下げることもできる。
LORは主にヨーロッパの国で導入されており、日本企業は特許年金の負担を下げる目的で活用していることが多いが、通常は、権利者が保有する特許を開放し広く使用されること趣旨としており、手続き上はその旨の宣誓書を特許庁に提出し公示されることが条件となっている。中国では、改正法で導入が決定され施行されたものの、本稿作成時(2022年6月1日)になっても、まだ特許法実施細則や特許審査指南(ガイドライン)が発効していないために手続きや法的効果を明確に記載できないが、特許法実施細則改正案(第5章)によると開放許諾陳述書を提出し、特許公報で公示されるとLORの適用が開始され、ライセンシーはすべてのライセンス契約をCNIPAに登記することになる。
ところで、特許開放を進めたい国家知識産権局(CNIPA)は、5月11日付、特許開放許諾パイロットプロジェクト作業計画(专利开放许可试点工作方案)の通知(国知弁函運字〔2022〕448号)を公布し、2022年末までに100以上の大学、研究機関、国営企業にこのパイロットプロジェクトに参加させ、1000件以上のライセンス契約の成立目指すことを発表しました。最初は北京、上海、山東、江蘇、浙江、広東、湖北、陝西で開始されますが、ここでの注目は使用するべき書式を定型化するために、申請書、開放許諾陳述書及びライセンス契約書サンプルがテンプレートとして公表されたことです。
このライセンス契約書サンプルはパイロットプロジェクトに参加する特許権者が利用するものとされていますが、CNIPAでのライセンス契約の登記は2011年の「特許ライセンス契約登記弁法」に従って登録することになり、提出する契約書は上記弁法に基づき受理の可否が確認されます。そのため、契約書サンプルに記載される条項はCNIPAが考える必要不可欠な事項と理解することができます。したがって、ここでは契約書サンプルの概要を以下にご紹介するとともに、実務上で注意すべきポイントを解説します。
以下は、契約書サンプル前文と全14条の概要です。
前文:本契約の対象の明記、通常実施権に限定、ロイヤリティの支払い、平等の原則、信義誠実、当事者の合意と遵守を条件とする。
第1条 対象特許の事項の記載(特許種別、発明者/創作者、特許権者、特許登録日、特許番号、特許権利期間、特許年金納付済み年度)
第2条 ライセンサーによる特許得開放許諾条件に適合することの宣言
1. 本件特許には専用実施権や排他的実施許諾契約がないこと
2. 本件特許を開放許諾実施期間の有効維持すること
3. 本件特許のすべての開放許諾契約をCNIPAに登記すること
4. 特許権者が中国大陸の単位或いは個人であり、ライセンシーが外国で開放許諾方式で技術輸出する場合、「中華人民共和国技術輸出入管理条例」と「技術輸出入契約登録管理弁法」の規定に基づき関連の手続きを行うこと
5. 以上の情報が事実であることを承諾すること。
第3条 本件特許実施内容の記載(範囲、方法及び期間の条件)
第4条 付帯サービスの別契約の記載(関連技術資料、技術サービス、技術指導)
第5条 ロイヤリティーとその支払方法
第6条 第三者の権利非侵害の保証、紛争発生時の対応
第7条 特許権者の本件特許権利維持義務、無効時の支払い済みロイヤリティーの返還
第8条 本件特許改良技術の帰属、利益配分
第9条 契約の変更
第10条 契約解除
第11条 当事者に紛争発生時の処理
第12条 その他の関連契約事項
第13条 契約書作成数と有効性
第14条 契約書発効条件
当方のコメントは以下の通りです。
第1条は、CNIPAに提出する開放許諾陳述書に記載する法定事項です。
第2条は、ライセンサーである特許権者が契約締結で担保しなければならない状況、条件になります。つまり、本件特許には他に有効な専用実施権や排他的実施許諾契約が現在ないこと、及び、ライセンス契約期間中の有効維持を保証することを明記してますが、特許審査指南の改正案には、以下のクリアすべきその他の条件を示しています;
・特許権の帰属の紛争中でない
・年金納付の滞納などがない
・質権設定があり、質権者の同意がない
・特許権が無効や満了していない
・実用や意匠特許の場合に特許権評価報告書が発行さていない或いは有効性を否定していない
・その他の公告しない事由がない
最後のその他の事由が何を指すか不明ですが、合法的でない或いは片務的な条件が含まれるような場合、CNIPAは受理しないと考えられます。
第4条は、「ライセンシーが本件特許を実施する過程で、ライセンサーの特許関連技術資料、技術サービス、技術指導を必要とする場合、別途契約を締結する。」とあり、民法典862条3項は「技術許諾契約において、技術を実施する専用設備、原材料或いは関連技術のコンサルティング、技術サービスを提供することに関する約定は、契約の構成部分に属する。」と成立要件の一部であると規定しているので、双方当事者で契約を締結しなければならないが、CNIPAは別紙の契約書でいいよと認めた感じです。技術輸出入管理条例や民法典(旧契約法)に規定される技術移転契約に関連する条項の規定によるライセンサーの義務を理解し、必要最低限の開示や情報提供に留めて重要なノウハウの開示を防止しなければならない。もちろん、意味のあるNDLの締結は不可欠です。
第5条は、ロイヤルティーの適用条件と金額の決定、支払方法、支払い時期、支払い口座の明示なければなりません。注意点は日本への送金や租税条約による課税の処分を明確にすることです。違約条件をここに含めるか別の条項にするかは自由ですが、支払い遅延の場合の割増や違反の場合のペナルティなどを必ず違約条項として定めるようにします。
第6条は、第三者の権益を侵害しないという保証規定ですが、民法典870条はライセンシーが合法的所有者でありライセンス対象の技術の完全性、正確性、有効性及び約定の目標を達成することを要求しており、874条は権利侵害責任を規定しており、それに対応する条項である。契約書サンプルでは、紛争解決の対応時の当事者の共同の有無の記載を要求しているが、別に約定することもできます。
第7条は、本件特許が無効となった場合に支払済みのロイヤルティー全額の返還を規定しているが、特許法は特許が無効となった場合は最初からなかったものとするとしているためです。返還対象のロイヤルティーについては双方合意の原則により設定することができるし、第4条の関係もあるので、明確に分けておくことも肝要です。
第8条は、悩ましい改良技術の帰属に関するものであるが、民法典875条は当事者は互恵の原則に従い、特許の実施、技術秘密の使用による後続の改良技術成果の共有方法について契約書中に約定することができると規定しています。これは、契約上の明示がなければ、自動的に通常実施権などを取得できることにはつながらないと理解し、通知義務に加えて、共有にするのかどうするのか、権利化する場合や利益配分の条件などを明示することが肝要です。契約書サンプルでは帰属先の明示と利益配分を明示することを求めています。
9条以降は一般条項ですので特にコメントはありませんが、11条は当事者に紛争が生じた場合の解決方法が規定されていますが、日本での仲裁や日本法に基づく裁判を含めた解決は紛争地が中国であるため、効果的ではないと筆者は理解しており、中国での解決をすることが好ましいと考えます。
基本的には、別に明確なライセンス契約書と秘密保持契約書(NDL)を締結して、CNIPAに提出するためだけのライセンス契約書を別途作成して提出することが安全であると考えています。
以上、各位のご参考まで。こうした契約書のドラフト、修正案の提供などのサービスを行っていますので、お気軽にお問い合わせください。
■著作権表示 Copyright (2022) Y.Aizawa 禁転載・使用、要許諾