おたくのミッドナイト清純異性交友
若手俳優のおたくをしていた。
私が人生でトップ3に入るくらいしんどかった時期に、私に上を向かせてくれた人が推しメンだった。毎日トイレで泣いて夜中に酒飲んでアムカしてた当時の私は、なんとはなしにその人のブログを見て、最後に書かれた一文に救われた。比喩抜きで神様だと思ったから、信仰した。
それから、その人が出る舞台は全部行った。大枚叩いて良席を買った。手紙も毎回書いて、プレゼントも買った。当然お金が足りなくなったから、朝から晩まで働いた。朝9時から17時までカフェでバイトして、移動して18時から24時までガールズバー。自分の欲しいものや交際費はギリギリまで節約して、100円の水すら買うのを我慢する日々。自分の時間も友達もいなくなったけど、神様がいるだけで幸せだった。神様が私を見つけてくれたり、いつもありがとうって言ってくれるだけでもう他に何も欲しいものなんてなかった。
でも息切れした。神様を知れば知るほど人間であることがわかってきたり、自分と神様だけの世界のはずなのに他の信者のことが気になってきたり、お金がないことで病んだり、夜の仕事で病んだり、色々な要因が重なって、私が神様を知った時と同じくらいひどい状態になっていた。「神様が好き」って気持ちだけでギリギリ保っていた生活と精神だったのに、神様が神様じゃないように思えてから、ついに崩壊した。良くも悪くも、それはコロナ禍で生活が一変した直後だった。
3〜4月分のチケット代の返金で、一人暮らしの女が3ヶ月は暮らせる程度の額が戻ってきた。不謹慎ではあるけれど、お金がないことがストレスの一部だった私にとって、公演中止と返金はかなりありがたかった。それでも、それだけの額を湯水のように使っていた自分にも、依存先を失ったことにも、何もなくなった生活にも、虚無感しかなかった。間違ったこともしていないし後悔はしていないけど、神様を失くした私には、何もなかった。それからひと月は、布団から起き上がれない日々が続いた。(自粛期間で良かった。)
ところで、"ミッドナイト清純異性交友"という、大森靖子の曲がある。道重さゆみの大ファンの大森が、彼女の事を想って書いたらしい。
私はこれを初めて聞いた時、めちゃくちゃ泣いた。初めから最後までテクノの可愛くて明るいテンポの曲なのに。本当はさゆのことを書いた歌詞なので大層烏滸がましいことだけれど、歌詞がおたく時代の自分と同じで、当時をすごくリアルに思い出した。
推しメンが神様じゃなくて赤の他人だってことも知ってたし、ただの20代の男に夢見て理想押し付けて依存して失望しただけってことも知ってた。私はただのイタイメンヘラの金ヅルなのもわかってた。でも確かに好きで、本当に全部を捨ててでも推しメンのやりたいこととか楽しいと思えることを叶えるために必死だった。どんなにひどい扱いされても嫌いになれなかったし、心身ボロボロでどうしようもない時だって可愛くて楽しそうなファンって思って欲しくてちゃんとした。どれだけ周りから色々言われても、好きだから守ろうと思ってた。それこそ私が死んだとしても、推しメンの夢が叶うならそれで良いと本気で思ってた。全部独りよがりでキモい押し付けだったけど、それだけ本気で好きになって、世界を賭けてもいいと思えるくらいの人と出会えたことは私にとってちょっぴり誇りだし、どれだけキモくても"清純"だったと思う。
推しメンを降りて病んで回復して今まで、大体2年間くらい。今ではあの頃を若気の至りだと思ってるし、正直自分でも"イタイおたくだった"と思っている。ぶっちゃけ黒歴史でもある。でもその裏で、なんとなくもやもやしていた思いがあって、それって何なんだろうってずっと考えていた。そんな時にミッドナイト清純異性交友を聞いて、やっとそれが言語化された気がした。
当時の推しメンは、最近少しずつ地上波に出るようになったらしい。そういえば、彼はずっと朝ドラ俳優になりたいと言っていた。親は舞台を見にきてくれるけど、おじいちゃんとおばあちゃんは遠くて見に来られない。朝ドラに出られれば俳優をしている自分の姿を見せられるから、と。ずっとわけわからんてんごの舞台の仕事しかなかったのに、少しずつ夢に近づいているのかもしれない。
私のおたく生活は、私にとっては不評なエンディングだったし、今は推しメンに対して好きとも嫌いとも思っていない。
でも、推しメンの夢は叶えばいいと思う。
世界だって君にあげたかったくらい好きだった相手なので。
おわり