非常識人 第十話 風天
生来の流れものだ。
北九州の端。門司区に生まれ、佐賀県の各地を転々として育った。
風呂のない築50年のボロアパート。
2日に一度の銭湯通い。
小指のないドンブリで刺青の入った三下ヤクザ。彼らに奢ってもらうフルーツ牛乳。
たまに鳴る銃声。
「東京生まれヒップホップ育ち」では想像すらできない。そもそもの常識が違う。一般人が基本的に頭がおかしい。
それが俺の常識だった。
精神病棟通いの祖母は躁と鬱が激しい。
二日寝たきりかと思えば、半日夜も眠らず徘徊をしたり裁縫に夢中になる。
「豆腐買いに行かなっちゃ!」
朝の四時に叩き起こされる。
筆者が幼少期の頃。逆算して20数年ほど前の話だ。
医者の処方内容も滅茶苦茶だった時代。
エリミン、サイレース、ベゲタミン、リタリン。
薬が切れても薬を飲んでも様子がおかしい。
幼かった俺の目から見ても明らかだった。
製薬会社の犠牲者の内の1人だ。
死に顔が1番安らかだった。
たまに遊びに行っていた隣部屋のおじさんは自殺した。
台所に虫が這う。
金のない家庭だった。
治安も良いとは言えない環境だった。
ただそれでも生まれた時点での環境はとても寂しく、またとても優しかった。
だが、家庭の事情とは言え土地を転々とすると人様に対しての期待も執着も無くなる。
「あと何年こいつらといるんだろう」
インスタント感覚。
心の鍵を何処かに落とした。
それが当たり前だった俺にとって新宿はとても人間臭く、またとても都合が良かった。
大好きで大嫌いな街。
キャッチのチンピラ。不良外人。裏オプション。末端の三下の群れ。西口のサラリーマン。流れもの達が集まるからその分受け皿は広い。
全てが利害関係。
お互いに過干渉しない。
金に汚い。
相手に求められたらそれ以上に奪わなければならない。寂しくてジャンキーな街。
17歳で初めて来て現在に至るまで印象は一切変わらない。
短期間の潜伏中。
俺は3本目のビールの蓋を開けた。