北海道・札幌の乙女絵画にインタビュー(と称した友達作り)前編|HTML感、新歓失敗、7/17 企画ライブ
はじめに
「インタビュー」の名目で気になる人と話をすれば友達を増やせる。閉店間際のガストでカルピスとトロピカルアイスティーを混合させたオリジナルドリンクを片手にGoogleドキュメントを編集している最中、天啓のように閃いた名案です。
ライターという立場を使ってアーティストとお近づきになり、半ば職権を濫用して懐に入り込み、親睦を深めながらお互いを確認する。したい。自分だけできてないのはズルい。だからする。これは休日をPCとの睨めっこで消費するだけのライターが寂しさを埋めるための不定期インタビュー連載です(書きながら思ったけど、そうして実施したインタビューをまとめるためにPCとの睨めっこをまたすることになる。ガストの滞在時間はますます増えていく)。
今回は北海道の5人組バンド・乙女絵画に話を聞きました。北海道大学の軽音サークルに現役で所属している彼ら。哀愁が漏れに漏れているフォーキーなバンドサウンドで国内のインディーファンから注目を集めています。現時点での最新EP『境界』ではよりサイケデリックに進化。踊ってばかりの国〜GEZANらの影響を受けた次世代の邦楽バンドとして、急速に成長しています。
テレビ大陸音頭をはじめ、筍のように素晴らしいバンドが育つ札幌からの刺客。彼らの初の東京公演となった8月7日(水)の渋谷クアトロでのライブの翌日、もう一度渋谷に呼び出して5人と話しました。前編はバンド結成までのそれぞれの活動、そして1stアルバム『川』を録るまでの軌跡です(文中にはメンバーにそれぞれ撮影してもらった北海道の風景写真が挿入されています)。
後編はこちら
北海道・札幌の乙女絵画にインタビュー(と称した友達作り)
高校生がバズると職員会議が開かれる
“乙女絵画”ってワードをGoogleで調べたら、トップに出てくるのが北大(※北海道大学)の軽音楽部のHPなんですよ。
佐藤:ですよね。「部員募集中〜〜〜〜」って書いてあるやつ。
吉田嵩:終わってるHPですよね(笑)。
金城:HTML感がね……。
いえいえ、古き良き平成を感じます(笑)。
そのプロフィールを見る限り、みなさん4年生で吉田さんだけ3年生ですよね。
佐藤:はい。というかサークルに入ってからが4年目だったり3年目だったりするだけで、学年はもっとバラバラです。
吉田蒼:俺だけ商大(※小樽商科大学)で、あとはみんな北大ですね。
では、みなさんは北大の軽音楽部で知り合ったんですか?
佐々木:そうですね。僕とドラムの(吉田)蒼一郎は高校が同じだったんです。それでこいつはハンドボールをやってて。
佐藤:趣味でドラムやってたんだよね?
吉田蒼:そう。親が家にドラムを置いてて。しかも電子ドラムと生のドラムが、どっちもあったんです。
佐々木:住んでるところが閑散とした住宅街だからね。それで「あ〜バンドやればよかった!」って当時から言ってたので、じゃあ大学入ったらやろっかと。それで北大軽音入って他のメンバー集めたみたいな感じですね。
佐々木さんは当時からバンドをしてたんですか?
佐々木:はい、高校の軽音楽部にいました。あと、LAUSBUBでシンセを弾いてるリコちゃん(※岩井莉子)っているじゃないですか? その子と同じ軽音でした。
え、そうなんですか?
佐々木:そうなんです、歳は一個下なんですけど。卒業したらバラバラになっちゃって、LAUSBUBも東京で人気が出て。「わー、細野晴臣と喋ってるなー」みたいな。
LAUSBUBはおふたりが高校生の時から話題になってた印象があります。それこそ制服で演奏をしている動画がバズってました。
佐々木:ですよね。僕は高3だったんで「やべぇ!」と思いつつも勉強しなきゃいけないっていう(笑)。もうバズりすぎて、職員会議とかが開かれてたらしいんですよ。
金城:それかっこいいー(笑)。
佐々木:「詳細を教えてください」みたいな電話がかかってくるらしくて、それで対応を決めるために職員会議が開かれてたらしいですね。
佐々木さん自身は最初からオリジナルでバンドをしてたんですか?
佐々木:最初はカバーもしてて、ペトロールズとかおいしくるメロンパンの“色水”とかやってましたね。けど、本当の本当に最初は、まだ誰にも言ってないけど、Saucy Dogをやってました……。もう、何をしたらいいかわかんなかったから。
レッチリというよりジョンな人、急にアコギが家に現れた人
それで北大の軽音に入ると。佐々木さんと蒼一郎さん以外の3人も北海道出身なんですか?
金城:いや、あとはみんなバラバラです。自分は福岡出身です。
吉田嵩:僕は愛知……「名古屋」って言わないあたり、察してください。
佐藤:で、俺は新潟です。
え?俺も新潟です。新潟市です。
佐藤:え、俺も新潟市です。
ウソ!? どこの区ですか!?(以下、あまりにローカル&プライバシーな話が続くので省略)
ごめんなさい、話を戻します。まず、金城さんは福岡にいる時からバンドはやっていたんですか?
金城:バンドはやってなくて。高2くらいからギターを弾いてたんですけど、周りに音楽をやっている人がいなかったから、ずっと一人で弾いてました。それで北大に行ったので、そこでバンドをやろうと思って、軽音に入りました。
ずっと一人で弾いてたんですね。
金城:一年くらいひたすら弾いていたんですど、コピーが苦手で。そしたらレッチリのジョン(・フルシアンテ)にハマって、それからブルースを掘ったりジミヘンとかレイヴォーンも聞いたりして、大学に入ってからジャズを探すようになりました。
乙女絵画のブルージーな要素は金城さんのリードギターによって担われていると思いますし、レッチリが好きなのもわかります。
金城:レッチリというより、ジョンのギターが好きですね。大学に入ってから「俺ってレッチリあんまり刺さってないな」って気づいて、現代のギターヒーロー然としてるジョンが好きなんだって思うようになりました。『Californication』のジョンが好きです。
なるほど〜。嵩飛さんはどういった経緯で音楽を始めたんですか?
吉田嵩:なんか高校生の時、家に突然アコギが現れて。
佐々木:わかる(笑)。俺もそれだわ。
吉田嵩:それでなんとなくコードは弾けるようになって楽しかったんですけど、2年間浪人した時にYouTubeでこれまで知らなかった音楽とどんどん出会うようになって。ビートルズとかを聞くようになって、その周辺を掘っていったらレッド・ツェッペリンのある動画と出会って電撃体験みたいなのをくらったんです。それからブルースを聞くようになりました。
それはどんな動画だったんですか?
吉田嵩:“Over the Hills and Far Away”って曲があるんですけど、その一発目のリフで「うわ、ヤバい!」って。それが自分の原体験で、ブルースを聞き始めて色々掘るようになるんですけど、最近は元の場所に立ち返ってジミー・ペイジとかジェフ・ベックをまたコピーするようになりました。
5人の共通言語、札幌の熱、そして新潟市でD.A.N.を聞く
ちなみに、各々がハマってるものはバンド間で共有するんですか?
吉田嵩:いや、あんまりしないですね。
金城:でも最近聞いてるのはシェアするかも。
最近は何をシェアしましたか?
佐々木:ずっと昔は全員betcover!!が大好きでした。2年前くらいですかね。僕が高校3年生の時に踊ってばかりの国とbetcover!!の2マンライブのフライヤーを見て、それで調べたらめっちゃ良かったですね。『告白』が出る前です。それでもう……「betcover!!最強betcover!!最強betcover!!最強」とか言い続けてたらみんな聞くようになりましたね。
金城:あとキング・クルールも共有してたかも。
佐々木:確かに。今もみんな好きだけど、その二つかもね。
その二組は共通してる部分もありますよね。
佐々木:あぁ、あとはILL BONEじゃない? 昔の、アングラなパンクです。
佐藤:情報が全然出てないんだよね。
金城:あんまり詳しいわけじゃないんですけど、すごい好きで。サブスクにもアルバム一枚しかなくて、それを俺が見つけてきて共有しましたね。やろうとしてるやつがまんまあった、みたいな。
吉田嵩:ちょうど『境界』を録音するときに車の中で聞いてて。サブスクにないやつも買って、メンバーで貸し借りしてます。
佐藤:あとは……54-71とかも聞いてますね。
金城:うん。みんな好きなのは(裸の)ラリーズとかかな。
ラリーズが好きなのはとてもわかります。1stアルバム『川』と近いムードを感じます。
金城:それと、札幌のバンドを生で見てるんで、そこから影響されてます。the hatchとかをみんなで観に行って衝撃を受けたりとか。
インディーファンの間でも、札幌のシーンは注目されていますよね。
金城:あと、カーシーフ(CARTHIEFSCHOOL)。カーシーフはマジでヤバいっす。日本で一番かっこいい。
佐々木:うん、心底そう思う。
佐藤:サークルの先輩に𝐄𝐚𝐬𝐭𝐚𝐬𝐢𝐚っていうバンドがいて。まだ無名なんですけど、それがオルタナの入り口になって、そこから𝐄𝐚𝐬𝐭𝐚𝐬𝐢𝐚とカーシーフとGlansのイベントを観に行って衝撃を受け取るみたいな。
佐々木:Glansが前身のStrawberry Colorful Glans名義だった頃です。あと、山塚リキマルさんがやってるヤングラヴってバンドとかもそのイベントにいた。
金城:で、𝐄𝐚𝐬𝐭𝐚𝐬𝐢𝐚が先輩としてサークルいて、そこの新歓に衝撃を受けて軽音に入るっていう。
佐藤さんはビビりませんでした? 新潟から出てきて、そんなバンドと場所と出会ったら。
佐藤:いや、めっちゃビビったっす(笑)。
新潟にいる時はバンドやってたんですか?
佐藤:有志でたまに集まって演奏するくらいで、そんなに本格的にはやってなかったですね。
最初はどんなのをコピーしてたんですか?
金城:ceroが好きだったんだよね?
佐藤:まぁワンオクとかも演奏したけどね。米津玄師とか、あとは(東京)事変とか。そんなに音楽が好きではなかったんですけど、中学時代の友達が色々教えてくれたんです。それでD.A.N.をオススメしてくれて〈BAYON〉に所属してるアーティストとかにハマっていったんです。オルタナにハマったのは大学でサークルに入ってからですね。
すごいですね、新潟でD.A.N.聞いてた人と初めて出会いました。新潟ってSuchmosで限界だと思ってたんです。
全員:アッハッハ!!!
金城:まぁ確かに、中学生でSuchmosとか聞いてたらすごいかも(笑)。
僕は周りに音楽好きがいなくて。それで高校に入って、高2でApple Musicに加入してからキング・クルールとかと出会って周りとは本格的に話が合わなくなっていきましたね。冗談抜きで、新潟市で一番センスあると思ってました。
佐藤:いやまぁ、僕も高校でD.A.N.の話を友達とかとした記憶はないです。
“乙女絵画”結成へ
乙女絵画は最初から“乙女絵画”だったんですか?
佐々木:いや、違ったんですよ。(吉田)嵩飛が入ってくるまでは4人で活動してたんですけど、名前が決められなくて。とりあえず「“佐々木優人バンド”にしよう」ってなって、そのまま2年くらい活動したんです。そしたら友達のお父さんが「曲はかっこいいのにバンド名が大学生みたいでダサい」って言ってきて。
佐藤:あれはありがたかったね(笑)。
佐々木:それで名前を変えたくらいで嵩飛が入ってきてね。
吉田嵩:サークルに入って、新歓を観にいったらバンドが演奏してたんですよ。
金城:乙女絵画に改名して初めてくらいのライブだね。
吉田嵩:その一年後に加入したんですよね。ただ、新歓の時から、他に出てたバンドより遥かにカッコ良かったです。
佐々木:8~9バンドくらい出てたんですけど、結局その代は嵩飛しかサークルに残ってないですね。
めっちゃ新歓失敗してるじゃないすか(笑)。ちょっと前の話に戻りますけど、どういう経緯で乙女絵画って名前になったんですか?
佐々木:当時の彼女と一緒に、日本語で漢字4文字のバンド名を考えてたんです。あと、エゴサしやすい名前。それでお互いに出し合ったらその彼女が「“乙女絵画”って良いんじゃない?」って言ってくれたので、もうそれにしました。ただのノリですね。
金城:漢字4文字が好きだったんですよ。安全地帯とか東京事変とか。あと札幌に天国旅行っていうメンバー皆大好きなバンドがいて、それで「漢字4文字しかねぇ」みたいな。
佐藤:でも、もう一個バンド名の案あったよね?
金城:“熱視線”だった気がする。安全地帯の曲からとったやつ。
佐々木:あぁ、全然良くないね(笑)。
それで(吉田)嵩飛さんが北大の軽音サークルに入って、その一年後にバンドに加入してきたと。
佐々木:そうです。『川』のレコーディングの1ヶ月前に「練習してきてください」って言ったのを覚えてます。
佐藤:前からキーボードが欲しかったんですけど、録るタイミングで本格的にメンバーを入れたくなったんですよね。それで未経験なのに練習してもらって(笑)。
佐々木:『川』を録ろうとした時は休学していて、精神的にもおかしくて。坊主にもしてて、もう最悪な感じだったんですよ。
坊主の人を目の前にして……(笑)。
佐々木:いやいや、嵩飛とは別のベクトルの坊主なので(笑)。ちょうど戦争が始まった時で「頭がおかしくなるーーー!」って混乱してて。とにかく半年休んで、当時の彼女とずっと遊んでて、その間に曲をたくさん書いたんですよ。それが『川』になったって感じですね。
休学の半年間を経て、早速アルバムのレコーディング期間に入ったんですね。
金城:最初からシングルじゃなくてアルバムを出したかったんですよ。「アルバムは名刺になるからね」って色んな人から言われてたしね。
佐々木:シングルは寂しいっていうか。アルバムだったら何をしたいのかダイレクトに伝わる気がしてて。踊ってばかりの国とかbetcover!!とか、当時好きだったバンドもアルバムをボンって出す感じだったので。
基本的には佐々木さんが曲を作ってバンドに持っていくスタイルなんですね?
佐々木:はい。僕がCubaseで作って、演ってほしい箇所だけ決めて後は自由にしてもらいます。
じんわり広がる1stアルバム
『川』の感想をSNSで見てると、betcover!!からの影響を語る人が多い印象です。柳瀬二郎はインタビューで“和エロ”的なものに言及していますけど、それに通じる情念が封じ込められているというか。
佐々木:和を入れることには意識的でしたね。もともと歌謡曲が大好きなので。荒井由美とかも好きです、最初にバンドでやったのもユーミンだよね?
金城:うん、というかそれで集まったバンドで。
佐藤:いまだにバンドのLINEグループの名前は「7/17 企画ライブ」だもんね。
良い話ですねぇ。明確にその日が始まりの日なんですね。
佐々木:2021年だっけ? 3年前か……。
金城:人生で初めて他人とスタジオ入ったのがその練習だった気がする。
いざ『川』をリリースして、反響はいかがでしたか?
吉田嵩:なんかゆっくり、じんわりじんわり……って感じでしたね(笑)。
佐々木:なんかさ、誰かがTwitterで「めっちゃ良いよね」みたいに言ってくれたんだよね。betcover!!の文脈で聞かれるようになったというか。
それ、僕かもしれないです(笑)。betcover!!の名前を挙げた気がします。『川』を聞いてバンドについて調べてみたんですよね。
(TURNの個人ベストにも選んでいました)
吉田嵩:気になって調べたら北大のあのHPが出てくるっていう(笑)。
佐々木:『川』は録ってから出すまで時間が空いたんですよね。ミックスをやってくれた人の都合で、半年くらい放置されて。
佐藤:その間にやりたいことも変わってて、ライブは次のEPの『境界』に近づいてましたね。
ライブは『境界』のサウンドを反映させたものになってますよね。昨日の渋谷クアトロでのライブを観たんですけど、各々フリーな演奏をする時間がちゃんと設けられていて。“夜が明けない”の間奏とか。
佐藤:あそこは最後にドラムが合図するまでで、それ以外は何も決めてないですね。
佐々木:同じことをやり続けちゃうのも飽きちゃうというか。高校時代のバンドメンバーにも「飽きちゃうから変えてよ」って言って混乱させちゃったりして。でも結局は……『川』に時に話し合いをしたんだよね?
吉田嵩:サカンの一階で喋ったのをめっちゃ覚えてるわ。
サカン?
吉田嵩:あぁ、“サークル会館”の略です(笑)。
佐々木:そこに練習室があって、そこの一階で真面目な話をしましたね。「どういう音楽やります?」みたいな。
金城:「音作りとかの方針が定まってないかも?」みたいなことをエンジニアの方に言われて。ただ、僕らは定まったジャンルをやりたいわけじゃなく、バンドとして良いと思ったものをやろうとしてたんです。だから『川』は一つのコンセプトじゃなく、“良いと思うものを集めました全集”って感じで。リバーブとかもどれだけかければ良いかわかんないから「こんなもんか?」と思ってかけたら結構ちゃんとかかっちゃったりもして(笑)。逆に『境界』はコンセプチュアルにしましたね。
佐々木:とにかく、『川』はこれまで僕がやりたいと思ってたことを詰め込んだんです。冒頭の“Fluss”でアシッドフォークから始まり、当時聞いてたシューゲイザーの要素を“無限遠泳”に入れて。後は坂本龍一の“andata”をずっと聞いてた時に“冬子”を作ったり、“あなたに”はゴリゴリの歌謡曲にしたり。そういうのをどんどん入れていって、アルバムにまとめて、「次、どこに行きましょう?」みたいなのをやりたかった記憶があります。
佐藤:あと、“軛”も色々入れたよね?
佐々木:あれは当時サッカー・マミーを聞いてて、その影響かも。
金城:その頃はフィービー・ブリジャーズとかワイ・ボニーとか、インディーロックをみんなで聞いてたんです。
佐々木:そういうまとまりを自分のルーツの歌謡曲に合わせたのが『川』です。
バンド結成から『川』リリースまでを聞いた前編。後編は最新作『境界』の制作から札幌の現在のシーン、そして乙女絵画の現在の志向を聞きます。
後編はこちら
LIVE INFORMATION
10/4 @ 下北沢近道 「Jinsei ni Namida ari」
10/5 @ 下北沢SPREAD 「ROAD」
10/6 @ 下北沢LIVEHAUS 「Your Blank vol.2」