油断即死

「油断すると死ぬぞ」

とある舞台の顔合わせの際、主宰(兼演出)の方が言った言葉だ。舞台には危険がつきものだ。大道具が倒れてくるかもしれない。殺陣の最中に相手を怪我させてしまうかもしれない。舞台から落ちてしまうかもしれない……等々。そういうリスクは常について回る、だから気を抜いてはいけないと。そういう意味だった。

連日のニュースで誰もが知っているが、現在はそこに更に別のリスクが加わっている。体調不良者が一人でも出ればその舞台が中止になってしまうというリスク。これは正直座組全体、そしてお客さんにとっても大きなストレスになるだろう。

そんな厳しい状況の演劇界だが、私の周りではちらほらと公演を打つ団体が見受けられる。しかも非常に興味深い点がいくつかある。

一つは、役者が積極的に宣伝しているということ。よく「良い舞台か見極めるには稽古風景を役者がTwitterなどにアップしているかどうかを見ると良い」なんて聞くけれど、まさにそれだ。きちんとマスクをし、距離を保った上で写真を撮るのは大変かもしれないけれど、結構そういったツイートを見かける。私自身、スタッフで参加していても素晴らしいと思った作品は、本番初日前後で積極的に宣伝するようにしている。(現在は控えめではあるが、安全性を十分考慮した上で信頼できるところは必ずツイートしている)

二つ目は、「この回は満席になりました」という表記がちらほら見られるところだ。席数を減らしているとはいえ、満席になるもんなんだなあと思った。いま、役者が客を集めるのはかなり難しい状況だ。だからそれは、安全面の対策はもちろんのこと、今までその「団体」が作ってきた作品に対する信頼のおかげだろう。(だから初回公演のところには大変な打撃だと思います。それは本当に心中お察しします)こういう状況下では今まで演劇界でよくあった「付き合いで観に行く」みたいなものが出来なくなってくる。特に同じ業界にいる人ほどそれが顕著だ。自分も舞台を控えていたり、事務所からそもそもそういう場所に行くのを控えるよう言われている場合もある。だからどんなに自分と親しい役者が出ていても、それだけのリスクを犯して観に行こうと思うのはなかなか難しい。だからこそ、その団体や脚本、演出などのファンが強いとこういうときにも作品自体は売れていく。

三つ目は、「お客さんに委ねている」ということ。「配信もあるから不安な人はそっちに」とか、選択肢を作ることによって余裕ができ、向き合いやすくなっている。正直、これはこういう状況になる以前から少し考えていたことではある。特に疑問に思っていたのが「団体や役者個人の事情を含めた宣伝」だ。確かに収支がどうとか、ノルマがどうとか大変な事情があるのは勿論わかっている。(自分も制作をしたことがあるので)だけど、それをあまり表面に出して欲しくないなあ、というのが一人の客としての感想である。「予約数が少なすぎて困っている」とか「ノルマ分売らないと主宰に怒られる」とか、たとえ自虐的な表現であったとしても、言われてしまうと作品に対する期待より団体や役者に対する同情が先行してしまうのだ……気持ちは分かるけれども。舞台に限らずエンタメは夢を見せる場所だから、あまりそういう事情は知りたくない、というのが私個人としての願いだ。「こういうのが好きな人は絶対はまる」とか「見どころはここ!」というのがしっかり伝わると、刺さる人には刺さるのではないかと思っている。ある意味これが「ターゲットを絞ったマーケティング」なんじゃないか。アイドルの選考などで聞いたことがあるが「100人になんとなく好かれるより、1人から熱狂的に推される人は強い」というのは演劇においても言えるんじゃないかと思う。客として自分を「特別だ」と言ってもらうのは大変嬉しいことだ。だから「他でもないあなたに観て欲しい」というのは最強の殺し文句と言っても過言ではなかろう。その対極が、「ノルマのため」とか「動員が少ないから助けて」というものなんだと考えている。

多分、上記に挙げた点はこういった状況云々よりも前から存在していたものだ。だけど、今回の騒ぎで浮き彫りになってきたなあと思う。共通のガイドラインが存在しても、安全対策のレベルや認識も団体によって様々だ。お客さんの安全を考慮して公演自体を取りやめる。安全のために配信のみを行う。安全に配慮して消毒、換気を徹底させて少人数で行う。どれが正解だとか不正解だとかは私にも分からないし、それを言う権利はない。だけどその現場から団体が「どれだけ参加する役者、スタッフ、お客さんのことを考えているか」を推し量ることはできる。そういう考え方は一朝一夕に変えられるものでもないことは確かだ。

今年3月以降、1つの団体に役者として参加し、2つの舞台作品を観劇し、3つの団体のオペを担当した。そこで見てきたもの、感じたことや考えたことは多分この騒ぎが収まっても非常に役に立つと思っている。

ここまで長々と書いておいてアレだが、シンプルに言うと結局は「人」だ。どれだけ参加者や客のことを考えているか。自分自身も肝に銘じておこうと思う。



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