中学生向けの教科書にも載っているのにハッシュタグでどうにかできると思い込んで叫んでいるひとが多い可能性のほうが恐ろしい
もう40も半ばになるので今ひとつ曖昧だ。何せ30年は遡る記憶である。
が、たぶん中学生で間違いないように思う。
「日本史」と「世界史」に「地理」そして「公民」だ。
社会の授業科目である。
公民の授業で、少なくとも目にしている。
年代によっては枕草子の冒頭よろしく丸暗記させられたかもしれない。
かく言う私もその口である。
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」と、はじまる。
もちろん発信には意味がある。
検察庁法改正案に抗議する! と、声を上げるのはいい。
議論は、どんどん広めればいい。
ただ、議論の結果は次の選挙である。
「#なんちゃら」で左右される国会のほうがイカレている。
466億円で布マスク2枚を配ることにしたのも、紆余曲折で給付金が10万円になったのも、財務省の決裁文書改ざんさせたのも我々が投じた一票だ。
大切なことは、感じたことを忘れずに次の選挙へ行くことだ。
考えに考え、国会における代表者を正当な選挙で選ぶことだ。
「#検察庁法改正案に抗議します」は、議論されるべきという表明であって署名ですらない。うねりは起こすかもしれないが、それだけのものだ。
だから「#検察庁法改正案に抗議しますを訴えた反日くんたち」などとして著名人のリストをばら撒く行為も愚かなだけで、そもそもリスト化するほどヒマがあるのに、その程度のことしかできない相手に付きあうこともない。ましてリストを拡散するなど、ケツの1メートル上にのせているものを帽子の台くらいにしか使わない連中だろう。
ハッシュタグだけでは、単なる表明だ。
「それ今じゃない」は議論の本質ではない。
時期を話しても意味がない。
それによって起こるメリットとデメリットこそ語られるべきで、SNSは本来そのためのもので、ハッシュタグを広めるためのものではない。