短編小説 法律を勉強する男
男は63歳。ついこの間還暦を迎えたと思ったら早くも3年が経過している。なんと月日が経つのは早いのだろう。この先の人生もあっという間に過ぎ去っていくのだろうか。男は仕事をしている。仕事をしなければ生活ができないからである。仕事はシニアに適したよくある軽作業に属する。スマホでシニア 仕事と検索すれば出てくる、どこにでもある、誰でも出来る、そんな仕事である。これといった特徴の無い男であるが還暦を迎える前から法律の勉強を続けている。正確に言えば還暦を迎える前に始めた勉強は1回挫折し、還暦を境に軽作業に就いてから再開した勉強が3年経った今も続いている。何かを3年間続けたことは男にとって実に珍しいことである。例えば中学のバスケの部活は1年の1学期の途中で退部している。高校時代は帰宅部。大学で入ったアウトドアのサークルも5月の新人合宿後辞めている。2年生の時入ったヨツトサークルも新人合宿とその後の飲み会に1回出たきりで退部。2年生の後半、再履修した英語のクラスで知り合った子に誘われて入った野球サークルは1回試合に出て納会に参加したものの辞めている。また大学を卒業して社会人になってからも還暦までに3回転職している。いろいろなものを辞めてきた人生だった。辞めるのが当たり前な人生だった。辞めることに何の罪悪感も感じない人生だった。そんな負け組の人生に僅かに爪痕を残しつつあるのが法律の勉強だったのである。実は20代の後半に大枚を叩いて司法書士の予備校に入ったことがあった。しかし1、2回授業を聞いてすぐ挫折した。講師が不動産登記の雛形を説明しているのだがそもそも民法の知識もなかったので何を言っているのかさっぱり分からなかった。30代、40代は結婚、海外転勤、リストラ、転職、子供の不登校問題など色々な出来事に忙殺されたため法律のことはすっかり忘れていた。55歳を過ぎて色々なことが落ち着き、もう仕事の終着点も見えてしまった時また法律を学んでみたいという気持ちが湧いてきた。何なんだろう、この感情は。だがお金がないので無料で何か出来ないか試行錯誤していた時「サルの法律奮戦記」なるサイトに出会った。読んでみたら面白かった。面白過ぎて夢中で読んだ。この勢いでいけるんじゃないかと60歳になる数年前にスタデイングの司法書士に大枚をつぎ込んだ。スキマ時間を使ってスマホで手軽に勉強できるのが売りで当時通勤にバスを使っていたので続けられると思ったのだ。結果は1年近く通勤時間を使って続けたところで挫折した。確かにスマホでどこでも学習できることはお手軽でその点がメリットには違いないのだが講義のスタイルが法律用語を条文に沿って始めから順々に説明していく羅列型説明だ。オーソドックスなものといっていい。しかしこれではダメなのだ。一つ一つの説明は丁寧なのだがそれでは理解できない。常に何かモヤがかかっている状態なのだ。法律の勉強を始めるといつもこのモヤにぶち当たる。そして退散する。この繰り返しである。バカなのか。これは何だろうといつも思っていた。