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【木工屋】私どもが作る「製品」について

奇妙なようですが、私は「商品」という言葉にあまり良いイメージを持っておりません。
それはこういう理由です。

「商品」の一般的な定義では、売買を目的とした財貨とされています。
つまり、販売することによって利益を得るためのシナモノということです。
その場合「よい商品」とはどんなものを指すのでしょうか?
それは販売者にとって売りやすく利益を出しやすいということです。
売りやすいということは、仕入れにかかる納期が短くて原価が安く、カタログスペックが豪華で他社製品と比較して見かけ上の長所が多いということです。
また利益を出しやすいということは、原価に対して高い利益率が設定でき、仕入れ先への支払いサイトが長く売り上げの回収が早く容易であるということが言えると思います。
普段身の回りで販売されている商品は、ほぼこのような目的を達成するために製造され、販売されています。

ところが、「よい商品」が実際に購入した人にとって「よいもの」であるとは限らないのです。
以下は私の経験です。

中国の電子メーカーで勤務していたころの私

サラリーマン時代私は中国の電子メーカーで日本市場向け営業兼開発マネージャーという仕事をしていたことがあります。
そこではICレコーダを作っていたのですが、一番売り上げを上げているモデルの仕様は実におかしなものでした。
通常こういった実用品の液晶パネルはモノクロが普通なのですが、このモデルでは販売サイドの要求としてカラーTFT液晶を搭載していました。
一見iPodのようでかっこいいものに見えるかもしれませんが、これは道具として考えた場合大変愚かな仕様です。
カラー液晶というものはバックライトがなければ見えないので、これだけでバッテリーライフが半分くらいに減ってしまいます。
長時間録音する途中で電池切れを起こしてはたまりません。
なのでパワーセーブのために一定時間操作がなければバックライトをオフにするという機能が必要になるのですが、そうなると録音中にメモリ残量やその他の情報を見ようとする場合、何らかのキー操作をしなければ画面は真っ暗のままです。
もし外部マイクを使わず内蔵マイクで録音しているときに本体をさわるなんてことをやれば、当然録音の音声にキー操作のノイズが入ります。
ICレコーダーにカラー液晶を積むことは、録音機器として使う上では百害あって一利もありません。
このモデルはほかにも努力して使いにくくしたような仕様がたっぷりと詰め込まれたものでした。

実用上は何の意味もないが売れるためには意味があるカラー液晶

ところが、売りやすさということになると話は全く異なります。
まず他社製品にない(他社はそんなバカなことはしない)アピールポイントとして唄え、これが大きな差別化を実現します。
また他社のモノクロのディスプレイが並ぶ中で1点だけカラーのものがあると、どうしてもそちらに目が行くのも自然な話です。
実際この機種は一番の売れ筋として社員を食わせてくれたのですが、道具としては極めて使い勝手が悪く、個人ではとても使いたくもない「商品」でした。
よい商品は結局エンドユーザーの方を向いていないということを実感させられ、自分では使いたくもないようなものを開発させられるのはなかなかつらい仕事だったように覚えています。

ICレコーダーの最終梱包ライン

「商品」の呪いはほかにも様々な方面にかけられています。
日本市場を担当していると嫌というほど痛感させられるのですが、他の欧米市場向けのものと比較すると開発スパンが短く、仕様決定が異様に遅く、開発が進行する過程でそれはしばしば変更され、かといってデッドラインは岩のように不変、とにかく欧米向け案件と比較すると業務量の桁が違いました。
そこまで手間をかけて開発する商品も、何回か生産しただけで次のモデルに移行というわけで、商品寿命も短いのが特徴でした。
電器店で「ノートパソコン春向けモデル」というようなポップを見るたびに、この国のモノづくりは正気なんだろうかと思うのですが、なぜ次から次へとわんこソバのように新型をリリースしなければならないか、それは「売るため」です。
競合他社と比較負けしないよう常にセールスポイントを強化するのは結構なことですが、それは必ずしもエンドユーザーのためではありません。
実際に使うかどうかわからないような機能が次郎ラーメンのようにマシマシで盛られているのも「売るための努力」に過ぎないのかもしれません。

開発スパンが短いので開発はいつも過負荷状態

また「商品」である以上、流通も重要な要素です。
たいていの場合メーカーは中間業者に販売し、そこから小売業者に卸されるものですが、中間で関わる人間が挟まることで「過剰品質」という問題にしばしば出くわすことになります。
例えば商品の疵といった官能基準で判断される品質項目がありますが、日本市場向けの商品は大変に厳しい「検品」を経て次の業者に持ち込まれます。
この検品という作業も悩ましいもので、初めはよく見えなかった傷も次第に目が慣れていくにしたがって、どんどん細かいものまで見えてきます。
そうやって山のような「不良品」がどんどんはねられていくのですが、こういうものは往々にして検査員が翌日改めて見てみると「どこが悪いのかよくわからない」という冗談みたいなことすら起きるものです。
そもそも品質基準はコストと実情をよく鑑みた上で設定すべきなのですが、実際には「間違い探しゲーム」のようにやみくもにアラ探しをする作業になってしまいがちです。

商品がエンドユーザーの手に渡って実際に使われだすと、あっという間に使用感が出て傷でも何でもつくものですが、日本人は特に潔癖症なのか、一点のくもりもない新品状態のきれいさがなければ気が済まないようです。
こうして大量の不良品が中間過程で廃棄もしくはメーカー返品となってしまうのですが、こういう無駄なコストや環境負荷が生まれるのも、「商品」の宿命であるようです。

成型品の受入検査では時に結構な数の不良をはねる
但し実際の機能に影響を及ぼすものではない

私はそういった経験を山ほど積んできたのですが、2016年に工房黒坂製作所を立ち上げた時は、すくなくともそういうモノづくりはやるまいと決めました。
モノを作る以上は買ってくれた人にとって役に立つものでなければならない、そしてできるだけ長持ちするよう堅牢なものに仕上げ、買って10年たった後も「これ買ってよかった」と思っていただけるものを作ろうと考えました。
役に立つとはどういうことか、それは世の中の人が困っていることを解決できることだ、その製品があることで物事が楽に早く済ませることができ、そうして生まれる余剰の時間で世の中の人のくらしを豊かにすることだと考えています。
売るための小手先のセールスポイントは一切不要、自分自身が代価を払ってその使い勝手に納得できるかどうかが設計や仕様を決める原則です。

品質について、私は品質マンとしての勤務経験が長かったのですが、意味のある品質にこだわろうと考えています。
まず人にけがをさせてしまうようなものは絶対にいけません。
木製品はどうしても天然素材の木材を加工する以上ささくれやその他が出るものですが、人間が手を触れる可能性のある個所はすべて丸面取りを入れて鋭利な部分や角ばった部分を一切なくすことをあらゆる製品の基本仕様としました。
私どもの製品の角が皆丸く落とされて独特の柔らかいイメージを持っているのはそのためです。

人の手が当たる箇所は角を丸く落としています。
角ばったところがないのがデザイン上の特徴です

次に、できるだけ長く愛用していただくためには製品が頑丈でなければなりません。
それで、経年変化に負けないよう素材は基本的にムクの素材を使用しており、ごく一部の部位を除いて合板は使用していません。
そのため素材自体が強い剛性を持っており、そう簡単に壊れないものになっています。
また長く使うにしたがって愛着を持っていただくために、表面処理は塗装ではなくオイルフィニッシュを基本仕様に決めました。
塗装は長く使うとハゲチョロになってみすぼらしくなりますが、オイルフィニッシュは木の組織を染めるのではげることはありません。
また長年人の手に触れられることで磨かれ、独特の使い込んだ風合いが出るのもオイルフィニッシュの魅力です。

使用する素材は基本的に無垢の木材
角を丸く落として研磨しオイルフィニッシュで仕上げた積み木

このように、長く愛用していただくことを前提にモノづくりをしておりますので、新品状態の一点のくもりもないような状態にはあまり関心を払っておりません。
といいながらも基本的に研磨はしっかり行い、常識的な範囲内でおかしなものは当然ながら作らないようにしておりますが、木製品は人の手が触れた時点で傷やスレが付くのは不可避です。
使い始めて1週間もすればさまざまな擦り傷や当たり傷ができるもので、それが1か月して使用感が出る頃になると、逆にそういうものがほぼ気にならなくなります。
私どもの製品は、使って2年くらいで次第に出てくる使い込んだ質感を帯びた状態が「最終仕上げ」だと考えております。
新品状態のきれいさはあくまで研磨などの工程で実現するものであって、一般の商品のように完成後の検品選別で行うものだとは考えておりません。
それで、中には節(ただし抜け落ちないこと)やその他外見上ちょっと目立つ何かがあることもありますが、使用上障害とならないのであれば、不良とは見なしておりません。
お客様の中にはまれにそういう点を気にされる方もおられますが、そのまま2か月使ってみてください、その上でまだ気になるようであれば返品でも返金でも何でも応じさせていただきますと説明しております。

長年使い込んで手で磨かれた状態のカメラ用木製ストック

工房黒坂製作所はこのような考えで製品を製作しています。
本当に人に役に立つものを作り、環境にも負荷をかけないモノづくりを実現すべく、今はまだ主流でなくとも今にそういうことが普通になる時代がやってくるであろうと考えている次第です。






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