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【旅行】仙台苫小牧ドンブラコ −13− ソ連の宇宙ステーション

「これ本番ですか?」
というフレーズを記憶している人はおそらく私と同世代の50代より上の人だろう。
史上初の宇宙飛行士となったソ連のガガーリン少佐は「地球は青かった」という名言を残していて、初めて月に人類の足跡を残したアメリカのアームストロング大佐は「この小さな一歩は人類の文明にとって大きな飛躍だ」という言葉を月からの第一声として送っている。
翻って日本の場合、初の宇宙飛行士は毛利衛氏だと思っている人が多いと思うのだが、実は宇宙飛行士ではなく同乗者として先に宇宙に行った人物がいる。
秋山豊寛氏というTBSのキャスターをやっていた人だ。
この秋山氏が、ソ連の宇宙ステーション「ミール」から送った日本人としての宇宙からの第一声が、冒頭の「これ本番ですか?」だった。
いかにも日本のテレビ局らしい一言だと思うが、莫大な予算を投じて送り込んだTBSの経営陣や株主はガックリきたのではないだろうか。

苫小牧市科学センターの展示より秋山豊寛氏

1990年のことだが当時私は高校生で、あの頃はまだテレビを見ていたのでこの出来事をよく覚えている。
TBSが宇宙特派員という触れ込みで社員をソ連の宇宙船に乗せて宇宙に送ったのだ。
当時のソ連はぼちぼち末期的な状態で、とにかく外貨が欲しかったのだろうが、どんな形であっても民間人がソユーズに乗れるというのは大きな時代の転換点だと思った。
ちょうどゴルバチョフ書記長がペレストロイカとグラスノスチ、という言葉は今の若い人には分からないかもしれない、つまり改革と情報公開を始めた時期で、それまでの鉄のカーテンがちょっとずつ開いてくる予感がする時代だった。
そういえばソ連の書記長にはハゲ・フサフサの法則というものがあって、ハゲとフサフサが何故か交代で書記長を務める不思議な序列があり、ハゲの書記長の時は政治がよくなりフサフサの時はロクでもない悪政になるというものだ。
レーニンの頃からどうやらその法則は当てはまるらしく、確かにフルシチョフの時には米ソが一時的に融和したりしたもので、ゴルバチョフという人物に西側も結構期待をかけていた雰囲気があの時代確かにあった。
その一環かどうか、外国人であっても金を積めばソユーズに乗せて宇宙に送り込めるということがこの時代あって、当時日本はバブル景気に沸いていたことからテレビ局は無敵の存在だったに違いない。

打ち上げはバイコヌール宇宙基地のガガーリン発射台から行われる。
その時の映像を見て高校生の私は大変にたまげた。
ソユーズ宇宙船を打ち上げるR−7ロケットの土手っ腹にデカデカと「ユニチャーム」というカタカナが踊っていたからだ。
他にも協賛各社のロゴが色々入っていたはずだが、あまりのインパクトに他は忘れてしまった。
今のロシアの話ではない、鉄のカーテンと言われたソビエト連邦の時代の話である。
国の威信そのものであるR−7ロケットに日本企業の広告が入る世の中が来るなんてことはとても予想していなかった。
社会主義もぼちぼちおしまいで冷戦はじきに終わるに違いないと感じるとともに、バブル景気という奴はこんなことまでできるのか、資本主義とは恐ろしいもんだと思ったものだ。

1990年12月の打ち上げ時の映像を見た私は大変たまげた

ロケットの打ち上げは成功、R−7ロケットから切り離されたソユーズモジュールは無事宇宙ステーション「ミール」にドッキングし、秋山氏はここで7日間を過ごすことになる。
さて秋山氏は宇宙飛行士ではなく単なる同乗者なので、特に何かの仕事をアサインされていたわけではないのだが、うちわやカエルを持ち込むなど色々な科学実験のネタを持って行った。
当時の私が強烈に覚えているのが、宇宙空間では水は本当に丸くなるということだ。
ということは宇宙の図鑑の写真などで知ってはいたが、日本のテレビから動く映像として流れてくるものは説得力が違う、おおやっぱり水は玉になるのかと感動したものだ。
人間が無重力の環境でフワフワ浮いているのもアメリカのスペースシャトルの映像で見知ってはいたのだけれど、その辺にいくらでもいそうな日本のおっさんがフワフワ浮いているとなると、これまた説得力が違う。
こういうことも、「日本のおっさん」が宇宙に行ったことで感じることができたリアリティではないかと思う。

その宇宙ステーション「ミール」だが、当時は世界で唯一の宇宙ステーションで、ソ連はこの分野においてアメリカが到底及ばない実績を持っていた。
アメリカ人が月に人を送り込むのに莫大な国費とマンパワーを注ぎ込んでいる間、ソ連は宇宙軌道に人間を滞在させることに力を傾けていた。
そういえば私が子供の頃は宇宙ステーションなんてものは夢の未来の産物で、そんなものができるのは夢の21世紀になってからだろうと思っていたのだが、高校生の頃気がついたらソ連が運用していた。
最初のモジュールは1986年に打ち上げられたもので、その後建て増しをするように少しずつモジュールが増えていき、最終的な形に仕上がるのは1996年のことだ。
ISS(国際宇宙ステーション)の建設が始まるのが1998年なので、それまで唯一の有人宇宙ステーションとして地球をグルグル回っていたのがミールというわけだ。

海洋堂の食玩「王立科学博物館」シリーズより
最終時のミール

さて、苫小牧の旅行記なのになぜソ連の宇宙ステーションの話をしているかといえば、これを苫小牧で見てきたからだ。
ウソではない本当だ。
おおかた旅先で疲れが溜まりすぎて、北海道がソ連に占領されてソビエト連邦エゾ共和国になった夢でも見たのではないか、それでトマコマイ自治区を旅行した気になっているのではないかと思うかもしれないが、そうではない、それも本物のミールを見てきたのだ。

ミール展示館
施設内にはかつて室蘭本線を走っていたC11機関車も保存されていた
行政的にはこういう施設らしい
本物のミールが圧倒的存在感を放つ館内

苫小牧市役所から南に歩いたあたりに苫小牧市科学センターという施設があり、ここにミール展示館というものがある。
ここにミールの本物があるのだが、あまりに唐突すぎて話にリアリティがないので詳しく書こう。

ことの発端は1989年に名古屋で開催された世界デザイン博覧会というものだ。
これにソ連がミールの予備機を出展したのだが、博覧会が終わった後に、できれば外貨に変えてこいというモスクワの指示があったのか、展示されたミールはそのまま日本で売却されることとなった。
さてこの予備機というものは、打ち上げ失敗に備えて持っていたミールのスペアのことで、訓練用モックアップではなくもしかすると宇宙を回っていたかもしれない機体だ。
これを購入したのが苫小牧の建設会社で、しばらく保有していた後にこれを苫小牧市に寄贈することになった。
それで苫小牧市科学センターにミール館を増築することで展示されることになったという次第だ。
現地で売ってこいというのもすごい話だが、買い手がついたというのもさすがは平成元禄のバブル経済の時代だと思う。
ここに展示されているのは最初に打ち上げられたミールのコアモジュールと、クヴァントという観測モジュールだ。

海洋堂の模型より苫小牧で展示されている部分
(赤線で示した範囲)

海洋堂の模型で見るとシャープペンシルに内蔵されている消しゴムくらいの大きさだが、実物は大変に大きい。
それもしっかりと金属で作られているガッチリしたもので、こんなビクともしない重そうなものを宇宙に持って行けたなんてことがにわかには信じ難いほどだ。
以前海洋堂の食玩のミールを自分で塗り直した時は、細かい箇所の色指定がよく分からなかったものだが、ここにくればどこがどういう素材でどういう色に見えるかが手に取るように分かる。
本物なのだから当然だ。
実際に宇宙を飛んでいたミールはその後運用を終えた後2001年に南太平洋に突入させることでその生涯を終えたが、ここにはその双子のもう一方が残っていると思えば、大変貴重なものだ。
私は趣味で模型をやっており、こういった宇宙機も好物で時折作ったり海洋堂の食玩をリペイントしたりしているのだけれども、本物が見れるということは何よりありがたいことで、どんなに多くの資料を集めても一つの本物には当然ながら敵わない。
模型では頭に「???」が浮かんだままなんとなく塗り分けしていた部分も、実物を見たらそれがなんの目的のものかがわかり、また素材がわかればどのような表現をすればいいかもわかる。
そんなわけで、まずはミールの外観をしっかり目に焼き付けるように眺めて回る。
苫小牧のミール館のいいところは実物が手に届くところにあることで、また内部にも入れることから常識的な範囲で手で触れることもできる。
こんなありがたいことはない。

手前がクヴァントと呼ばれる観測モジュールで奥が生活/操縦を行うコアモジュール
コアモジュールとクヴァントの接続部
本物ならではの説得力がたまらない
コアモジュールには入ることもできる
手前の蝿の頭みたいに見える部分がコアモジュールのドッキングポートで、ここから上下左右にモジュールが増築されていく
懐かしい鎌トンカチのマークにキリル文字で書かれた「ミール/ソビエト連邦」の表記
各部の説明
模型をやる人間にとってこれはとてもありがたい
コアモジュールのドッキングポートは上下左右あらゆる方向に接続できる
折り畳まれた太陽電池板
太陽電池板を展開する構造は結構骨太だ
ドリルのようなものは高利得アンテナ
同じものがルノホート1号にもついていた
太陽電池板はガラス製
コアモジュールのドッキングポート
ここに展示してあるモジュールの説明
ドッキングポートの下には位置ずれ確認用の照準器がある
クヴァントモジュールのドッキングポート
宇宙ステーションはこういう仕掛けでいくらでもモジュールを連結できる

続いて内部やその他の展示をゆっくりと見て回ろう。

つづく

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