【旅行】ヴェトナム紀行 8 サイゴン日本食事情
驚くべきことにサイゴンにはかなりしっかりした日本人街がある。
といっても、朱印船貿易の時代に日本に帰れなくなった人たちが作った街ではなく(サイゴンではないがそういう街も実はある)、サイゴンで仕事をしている日本人に対し食事やその他服務を提供する店がずらりと並ぶ街である
その規模や水準がかなり特筆に価する内容なので驚いた。
私が今住んでいる広東省の深圳市は華南では在住日本人の人口では相当多く、長期出張者も含めたら数万人をくだらないと思われ、実際日本人向けの食い物屋にはまったく事欠かない状況なのだが、それでもサイゴンのように街の一角がはっきり日本人向けの街となっているわけではなく、各地に点在している状況であり、翻ってそれほど多くの日本人がいるとは思えないサイゴンに、れっきとしたLittle Japanが形成されているというのはなかなかすごいことだ。
ランチメニュー200円というのは本当に日本円だろうか?
200,000ドンなんですよと言われるほうが納得できるが、とにかくこの一角は日本料理屋がひしめいていて、ケ・サンやイア・ドラン渓谷なみの激戦区、ものすごい過当競争になっているに違いない。
これは寿司屋なんだが、アメリカ西海岸風の寿司屋だ。
日本食といっても日系とは限らない。
サンフランシスコの王将を見て中国人も同じことを思うに違いない。
表通りから内側にずいぶん入ったあたりにもこうして赤提灯が出ている。
ここは本当にベトナムかと錯覚させられる。
カラオケ
日本語で
若い女
安全
宜しく
なんのこっちゃ
さて、今回我々は大晦日ぐらいは日本式のものでも食ってやろうとたくらんでいて、ネットで調べたところYamadaという店(もともとアラビアンなカフェであった店を中途半端に改装した店らしい)がなかなか怪しくて面白そうだと思っていたのだが、もっとインパクトのありそうな店の存在を知ったのは、以下のような次第だ。
サイゴンの繁華街であるドンコイ通りあたりを歩いていたら、嫁がマッサージ屋の勧誘を受けた。
そのビラを見ると、「どらえもんかかさんの通りの角を曲がってすぐ」みたいなことが書いてある。
「どらえもんかか」とは一体ナニモノだ?
誤字脱字がほとんど見られない立派な日本語のビラであったので、印刷ミスや誤植その他うっかりミスの類ではあるまい。
直ちに調べたまえ(本当にこういう言い方をするのである)という嫁の指示に従い、宿に戻ってネットで調べてみたところ、どうもそれは日本料理屋であるらしいが、なんとも人を食った名前だ。
見てみると、サイゴンで店を開いてから今年で20年というから相当の老舗だ
なかなかパンチの効いたことが書いてあるので、一体どんなおやじがやっているのかと思い、ここを攻めてみることにした。
http://rocketnews24.com/2011/07/16/112008/
なお、ロケットニュースでも記事になっていた。
この記事を書いたクーロン黒澤という御仁はちと大げさに過ぎると思う。
というか、こんな軽薄な文章でカネがもらえるとは最近のライターはシアワセなもんだ。
店はすぐにわかった。
店内に入るなり大量のドラえもんで埋め尽くされているのにまずたまげる。
店の造作自体は深圳の日本料理屋とさほど変わるものではなく、お品書きの値段が深圳はせいぜい2桁であるのに対してベトナムドン立てなので数十万から数百万という値段がオドっているのにちと当惑を覚えるくらいの違いだが、それにしても本来酒瓶やらを並べる棚に無慮多数のドラえもんがでかい口を開けて並んでいるのはものすげえものだ。
入ってすぐの勘定場にはめがねをかけたおやじがいて、ハイいらっしゃいと挨拶される。
どうやらこの御仁が店主らしい。
いやー、XXが戦力外通告を受けて解雇されたんですがね、惜しいですねーといきなり話しかけられる。
なんのことかさっぱり判らなかったが、どうも店内のインターネットテレビで見ている日本の番組で、巨人の新人選手がクビになって再就職先を探しているというようなものをやっているらしい。
もともと早稲田のXXなんですが、いやー惜しい。
私は野球はさっぱりわからないので適当に相槌を打ち、メニューを見て盛りそばを頼む。
加藤茶を自転車の空気入れで膨らませたようなおやじは、私のほか客がいないので延々野球の話を続ける。
やがて、ちょっとすんませんといって話が止まったので、やれやれこれでソバが食えるわいと思ったら、「ハイもしもし」といってコードがついたドラえもんの人形をつかんで耳にあてる。
ソバが鼻から噴出しそうになるのを必死でこらえるが、どうやらそれはUSB式電話の受話器らしい。
まるでドリフのコントみたいなもんだ。
やがておやじが夢中になっていた番組がようやく終わったので、やっと取材、もとい世間話ができる。
かれいからあげ 147,000也。
数字がめちゃめちゃでかいので、明朗会計のぼったくり寿司屋みたいな印象を受けるが、これはベトナムドンなのでこういうことになる。
まぐろは毎日入荷(かどうか知らん)。
階段も大量のドラえもんと漫画で埋まっている。
なお、海外在住だとこうして日本の漫画が読める店というのは実に貴重だ。
なんでもこのひとはもともと歯科技工士をやっていたのだが、20年前にふらりとサイゴンを訪れ、ここは面白そうだと思って店を開いたとのこと、当時は日本といってもベトナム人にはあまりなじみがなく、ちょうど味の素がドラえもんを宣伝に使って大いに売り出していたので、じゃあ店もドラえもんでいいやと思ったらしい。
その後ドイモイ政策の成功に伴って日本からの出張者が多くやってくるようになり、やがて駐在するようになり、また現地で日系企業に就職する現地採用者も多くを占めるようになってきたのだそうだ。
もっとも現地採用の条件は厳しく、月給が1000ドル程度からというのが普通で、まあ生活するにはよいが蓄えはほとんどできないであろうから、現地採用の相場が安いといわれる上海などの中国華東地区よりも厳しい話だ。
もっとも、雇用者側の気分次第ですぐにでもクビをハネられるタイでの現地採用条件に比べればまだましだとのことだが、それにしてもベトナム語が話せてベトナムでビジネスができる特殊技能を持つ人材を月1000ドルで使い捨てるとは、世知辛いものだ。
私も労働基準法や会社半額負担の厚生年金の恩恵を受けない現地採用組だが、日本企業の雇用条件の悪さは昨今のブラック企業の問題も含め、どうにかならんものかと思う。
ついでにベトナムでは中国はどういう位置づけなのかと聞いてみると、ああ完全に仮想敵国ですよとの返事、ベトナムにやってくる日系さんもかなりが中国からの転進組だそうだ。
ベトナムは勤勉な民族性なので加工貿易ならよいが、国内のインフラや材料調達がまだまだ難しく、政府の腐敗もあることから、すぐに中国に取って代わるものとはならないであろう。
深圳もそうだが、世界中いたるところで仕事をする日本人はみなご苦労様なことで、たまにこういう店でゆっくりくつろいではおやじのバカ話を聞いたりマンガを読んだりしていることであろう。
最後に店名どらえもんかかの「かか」ってなんだと聞くと、いやー特に意味はないですとのことだ。
このくらいアバウトでないと海外では務まらないとつくづく思う。
裏が地図になっていて、観光ガイドブックの類を一切持たずにgoogle mapのみの情報で行動していた我々にはちと新鮮だ。
とはいえこれがなかなかの怪作で、実に見ていて飽きない。
サイゴンでここまでびびらんでもと思うのは、私がそれよりはるかにたちが悪い中国に住んでいるからだろうか。