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【旅行】仙台苫小牧ドンブラコ −15− ウポポイとゴールデンカムイ
ゴールデンカムイというものすごいマンガがある。
今年(2024年)に実写映画が公開されたことから知っている人も少なくないのではないか。
何だろう、いろんな意味で唯一無二のとんでもないマンガで、これに似たマンガもなければこれが影響を受けたと思しきマンガというものもどうやら思いつかない。
時代背景は日露戦争が終わった後の明治の末期で、アイヌの黄金を巡って悪漢が争う話なのだが、これだけでは多分この作品がどんなものであるかほとんど伝わらないだろう。
大変精緻に調べ上げられた時代背景や各種の考証もさることながらストーリー展開がとんでもなくよくできていて1巻から31巻までブレることがなく、もしかして作者の野田サトルは1話目を描き始める前から最終話までのストーリーを完成させていたのではないかと思えるほどだ。
個性を煮詰めたようなキャラクターの倒錯っぷりも凄まじいもので、間違ってもこの本が文部省推薦とやらで学校の図書館に並ぶことはあるまい。
グロテスクな描写にしてもそうだ。
パーツ単位で見るとかなり問題とされそうなとんでもないマンガでもあるのだが、そういうものを売りにしている様子は微塵もない。
やたらに出てくる動物を捕殺して解体するシーンなども動物愛護団体が青スジ立てて攻めて来そうなもので、小さな子供が読んだら色々トラウマになるかもしれないが、そういうことも含めて成立している作品だと言えるかもしれない。
とにかく作品としての完成度が異様に高いので、多少作者がフザけたところで圧倒的な説得力の前には取るに足らないことのように思える。
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そういう物凄いマンガなのだが、結構意外なところで賞賛されているのを何年かまえに見かけたことがある。
大阪にある国立民族学博物館でのことだが、ゴールデンカムイの原画展をやりますよという告知だったか、そういうポスターを見た。
そうかゴールデンカムイに時折問答無用で出てくるアイヌ文化の紹介はやたらに内容が濃いものだったが、あれは国立民族学博物館の人も認めるような内容だったのか。
そういえばゴールデンカムイの巻末には参考文献のリストがずらずらと書いてあるが、結構本格的な民俗学の専門書も入っていて、アイヌ語監修やその他でかなりしっかりしたバックがついていることも分かった。
マンガとしてはとんでもない作品で、間違っても母が娘に語って聞かせるようなことができる作品ではないのだけれど、どうやらアイヌに関する理解と描写は正確で、しかもちゃんとした筋からも称賛をもって迎えられている作品であるらしい。
見方によってはゴールデンカムイほどお下劣で残酷でバイオレンスな漫画もないのだが、アカデミックな方面からはかなり好意的に見られているというのが、人ごとながらうれしかった。
あれはコロナの時期が始まる前だったと思うのだが、国立民俗学博物館が興味深い旅行を主催して参加者の募集を行ったことがあった。
北海道の白老という町に新しく「ウポポイ」という施設ができたので、これに関わった民俗学の先生が現地でガイドを務めるというツアーだった。
ウポポイとはなんぞや、日本語で書かれたサブタイトルは民族共生象徴空間ということで、これは既存のアイヌ文化歴史博物館的なものに体験学習ができる施設を併設し、またアイヌ文化を後継している人が集うことで文化の継承を行おうという施設のようだ。
これに関わった先生のギャラリートークを聞きながら楽しめるというのは大変興味深かったのだが、残念ながらこのツアーはコロナ禍のためなくなってしまった。
それで、もし機会があったらこのウポポイを訪れてみたいものだと思っていたのだ。
今回の旅行ではたまたま仙台から福井に帰るのに苫小牧を経由するなんていう経路であるため、苫小牧では1日半の時間がある。
苫小牧を離れる日は夜10時の船まで時間があるので、朝からウポポイを楽しめる。
そういうわけで、苫小牧での2日目は朝からウポポイに行ってきた。
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何とも寂れた感があって、これ廃駅ですよと言われたらハイソウデスカと信用してしまいかねない
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朝ホテルをチェックアウトして駅に向かう。
この日はどうも朝から鉛色の空で、どうやら1日こんな感じの天気らしい。
ほぼひと気が感じられない苫小牧のメインストリートを歩き、駅まで向かうのだが、とにかく寂れっぷりがすごく、駅もまさか廃駅じゃあるまいなというような雰囲気を放っていて、本当に999号は来るんだろうかみたいな感があった。
ここから白老までは十数分の距離、電車が動き出すとすぐ目に入ってきたのは王子製紙の巨大な工場の施設群だ。
それもびっくりするくらい大掛かりで巨大なもので、ペラペラの紙のくせにこんな馬鹿でかいものが必要なのかと思うくらいのものだ。
工場が途切れると次はさらに巨大な貯木場が広がり、さらに同じ形をしたマッチ箱のような家が整然と並ぶ旧社宅と思しきものが見えてくる。
なるほど王子製紙が苫小牧の街を作ったと言われるわけだ。
そのまま室蘭本線を海岸に沿って列車は走る。
天気がよくないのでここから見える海も何だか最果て感が強い。
所々人工物が一切ないというような風景も見えて、さすがに北海道だなと感じ入っていると、唐突にラーメン屋が1軒目に入ってきて、こんな何もない土地でキタキツネ相手にやってるんじゃないかと思う。
そうこうしているうちに、電車は白老に到着、ホームに降り立った。
まずは駅舎のコインロッカーにスーツケースを預けて身軽になる。
それから跨線橋を渡って駅の反対側に向かうのだが、ちゃんとエレベーターがついていたのがよかった。
旅行の荷物を持って階段を登るのは大変なことなので、観光立国とはこういうことだと思う。
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さて、ウポポイという施設は民族共生ということをテーマにアイヌ文化を紹介している施設だが、元は国立アイヌ民族博物館というものがその前身として存在していて、さらに大昔はここにアイヌの村があったとされる。
白老はアイヌ系の人々が結構多いようで、コミュニティ単位でそういう文化が今も継承されているらしい。
白老の町の北の外れにはポロト湖という湖があり、ここにコタン(アイヌの村)があったのだが、その場所に今ウポポイがある。
白老駅で降りてから跨線橋を渡り、線路沿いにちょっと歩いたあたりからそれらしい雰囲気になってくる。
やがて大きな駐車場が見えて、どうやらここがウポポイらしい。
らしい、というのは、どうも明確にここがウポポイだと示す看板がないからで、駐車場から敷地らしい一角を歩いてもまだそういう表記が見えない。
やがてレストランやビジターセンターらしいものが集まる一角に達したのだが、その壁に小さく書かれたものが初めて見るウポポイの看板だった。
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何でも北海道という名称を考えたのもこの人とのことだ
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アイヌ文化継承のためにぜひ頻繁に来てほしいということか
私はアイヌ民族は差別された可哀想な人たちというイメージを学校では植え付けられたのだが、どうも私が学校で習った歴史というのは加害者と被害者という視点で見たイメージが強く、80年代から90年代の日本人にとってはそういうものを自虐的に反省することが「いいひと」の条件であるような風潮があった。
こういう風潮に私は結構昔から違和感を感じていて、不幸な歴史は不幸な歴史として認識しつつも、和人はひどい連中というわけでわけが分からんままとにかく反省するという姿勢、当時はこれが「良識」とされていたように思うが、そういうことにずっと疑問を感じていた。
脱線するが、反戦教育についても全く同様で、学校は戦争を嫌いにすることばかり熱心になっているが、そんなことは当たり前すぎてわざわざ強調するまでもないことだ。
そんなことよりも、どういう背景があってどのような意図が働いた結果どういう行動につながり、結果としてどういう状況になったのかという論理的な因果関係の方がよほど重要なはずなのだが、そういうことはほぼ触れることがない。
そんなことは知らなくていい、とにかく嫌いになりなさいというわけのわからない教育を受けてきたので、却って私はそういうものに接する時はなるべく感情を排除して具体的な事実の因果関係を知りたいと思うようになった。
またその後12年の海外生活を通して、世間で言われていることとその土地での実際は必ずしも一致しないこと、ニュースではこう言っているが結局のところフタを開けて見てみないと何ともわからないということを知るようになった。
新疆ウイグル自治区でもウイグル語を話してウイグル人と仲がいい漢人だっているし、中国で仕事をすることで日本的美徳とされるもののバカさ加減に嫌気がさしてくる日本人だっている。
歴史を知る上での一次資料ではないが、妙なバイアスがかかっていない生の事象に触れたいというのがウポポイを訪れる時に個人的に期待していたことだ。
XXは悪い奴でYYは可哀想な人々だ、などというのは、畢竟なんの関係もない部外者が作り上げたイメージで、仲良くすることを妨げる理由にはならないし、喧嘩したい奴は勝手にやるがいい。
肝心なのは、自分がどう思うかだろう。
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さて、ウポポイでは日本語とアイヌ語が公用語ということになっていて、あらゆるものに日本語とアイヌ語の表記がされている。
ここではアイヌ文化が「生きた文化」として位置付けられていて、なるほど民族共生象徴空間と謳っているだけのことはある。
アイヌ語はもともと文字がないので、表記はカタカナで行うのだが、中には日本語にはない表現などもあり、「ト」に軟濁音の「◯」がついたものなどもあるが、法則を知れば対して難しいものではなく、日本語のカタカナ読みで結構それっぽく聞こえるものだ。
今ではアイヌ語は実用的な言葉としては使われる機会が少ないが、民族のアイデンティティを示すために近年学習者が増えているという。
少なくともこういう場所で生きた言語として使われているのはいいことだ。
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博物館はさすがに大したもので、国立博物館だけにものすごく巨大で立派なものだ。
ウポポイには色々な体験プログラムがあって、博物館以外でもいろいろ見所があるのだが、まずはタイムスケジュールを確認しよう。
10時半から最初のプログラムがあるので、それまでにまずは博物館を訪れてみる。
時間が中途半端なので、1時間程度で全て見て回ることはできないのだが、見れない分はまた違う時間に来たらいい、それも見切れない分は、また来たらいいのだ。
慌ててスタンプラリー風に「見ました」的なアリバイを残すような見方は消化不良になるし、何より博物館に失礼だ。
こういうものはちゃんと咀嚼してしっかり消化できるペースで見るのがいい。
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他にも立派な劇場があってそちらでもいろんなものが見れる
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鉋屑のように綺麗に削ってピッタリ止めるのは木工屋的に大変興味深い技だ
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特に太い帯で刀をタスキ状に吊るというのが面白い
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鏃(やじり)に毒のポケットがある
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アイヌの木彫文化はかなりすごいことを後で知ることになる
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簡単な文法も学べるので面白かった
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博物館の展示はいろいろで、一部は大阪の国立民族学博物館でも見たことがあるが、やはりここで見るのでは説得力が違う。
特にアイヌ語に関する展示では、簡単な語順を学べるコーナーやユカリというアイヌの叙事詩を映像で見られるコーナーがあって、こういう異文化に関する部分、特に言語に関する部分は我々の大好物だ。
アイヌ語というものは日本語と同じ膠着語なのかと思っていたがどうやらそうではないらしく、否定を示す語が最後に来たりするのは日本語に似てなくもないが、語順が根本的に日本語と異なったりして、要するにたまたま日本語に似ている別の言語ということらしい。
発音は促音が独特であるものの基本的には母音と子音の組み合わせで、カタカナ読みで大体それらしい発音になる。
もともと文字がないので表記はカタカナだ。
ゴールデンカムイを読んでいると「チタタプ」とか「オソマ」といったアイヌ語の単語を強制的に記憶させられてしまうのだけれど、改めて博物館で同じ単語を見かけると、あのアイヌ語は作者のインチキではなくちゃんとアイヌ語だったんだなと思う。
民具に関する展示もゴールデンカムイではお馴染みのもので、初めて見るものでもあああれだなと見当がつくのが面白い。
アイヌ民族は結構器用な人たちだったようで、特に木彫ではのちに素晴らしい技術を発揮することになるのだけれども、ちょっと昔の明治の頃までは日本とは全く異なる文明がここにあったのだということが大変興味深い。
さて、10時半のプログラムの時間が近くなってきたので博物館はまだ1/3くらいしか見ていないのだけれども、まずは移動しよう。
つづく
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