【中国戦記】出張者をヒデエ目にあわす 2005/6/18
埃の侵入を防ぐため完全密封にて増設した検品室が立ち上がり、本社からもエライさんが出張に訪れてさっそく検品のため新設の検品室にこもりだした。
検品室には空調などと言った設備は一切なく、簡易空調の利いたフロアから完全に締め切ったため大変な暑さになるはずである。
ここで本社のエライさんを徹底的に(汗を)絞り上げヒデエ目にあわせることでクーラーを購入する切り口にしようとたくらんでいたのであるが、どういうわけか最近は雨が多く気温がなかなか上がってくれないのはどうしたわけだ。
今日などは遺憾なことにそのままでは汗もかかないくらい快適な気温で、件のエライさんはラクな顔で検品に没頭してしまっている。
出張期限は21日までとのことで、それまでこのような快適な気温が続いたのでは到底ヒデエ目に会わせることができず、クーラーも買えないではないか。
どういうわけで雨ばかり続くのであろうかと考えたが、察するにエライさんが到着した晩に、工場の晩飯でカエルの炒め物を食ったのが裏目に出たのではなかろうかとも邪推する。
さては営業のエライさんめ、なんとかしてヒデエ目にあわせて差し上げなければ常平駐屯部隊の沽券にかかわる。
という訳であらゆる手段を講じてみた。
まずはカメゼリーの刑である。
なんといっても当社常平駐屯部隊の内部服務規定第1条には「出張・駐在ノ如何ヲ問ハズ常平工場ニ立入リタル者ハ遅滞ナクカメゼリーヲ喫食セサルヘカラス」と明確に唄っている。
晩飯を終えて残業もないので「実は名物のゼリーがあるのですが食いに行きましょうか」と勧めてみると、ヨシぜひ行こうという訳で街に出かけた。
せっかくであるのでカメゼリーの専門店がよかろうと思い「海天堂」という小さいが老舗の店に入る。
入り口にはカメゼリーを作った後に残るカメさんの甲羅が山ほど積み上げてあり、一発でカメゼリーの店と見抜かれてしまった。
カメゼリーとはその名の通り掛け値なしにカメゼリーなのであり、その恐るべき製造工程はシロウトさんにはかなりショッキングであるだろう。
なにせ何の罪もないカメさんのアタマと手足をチョン切り、大ガメの中で漢方の薬草とともに30時間徹底的に煮込んでドロドロにしたものを固めたのがカメゼリーなのである。
一般的なゼリーよりもかなり弾力があり、それもそのはずでカメのコラーゲンやゼラチン質がそのまま固まっているので、カメさんのワキの下のプヨプヨがそのままゼリーの食感になっていると想像すれば間違いなかろう
。
毎月1週間出張に来る課長に以前これを提供したところ、「常平に行ったらカメゼリー食うまで帰してもらえんげや」と社内で評判になったくらいであるのでカメゼリーの懲罰的価値には一定の信頼を置けるものと確信していたのだ。
先先月などはカメゼリーにcondense milkをかけて「これは間違いなくコーヒーゼリーであり断じてカメゼリーなどというブッソウなものではない」と自分を欺いては完食したようだ。
実は食べるとなかなか結構なもので、蜜をかけて食べると「弾力に富んだ(福井の)水ようかん」と言ったところで、滋養も豊富であるので私などはどちらかというと好きなのであるが、やはり一般の日本人には「カメから作った」という点で抵抗をぬぐえないようだ。
が、一億二千万もの人間がいればその嗜好は実に多岐にわたるようで、かの営業のエライさんはまったく抵抗の様を呈せぬばかりか「おお、いいではないか」とのたまい給うのである。
ともかくもカメゼリーを注文するのだが専門店だけのことはあり恐ろしく高いのには驚いた。
普通の甘味屋ではせいぜい5元、スーパーでは3元で売っているものなのだがここでは30元もする。
末端価格が通常の5倍もする以上は生半可なシロモノではあるまいと期待していたのであるが、やはりカメゼリーはカメゼリーなのであってそれ以上でも以下でもない。
まったく私の意に反して「おお、うまいうまいよ」とエライさんはパクつく
カメゼリーはそのままでは苦いので通常は糖蜜をかけながら食べるのが一般的なのであるが、「糖蜜なんかかけないほうがうまいよ」とばかりにそのまま食べるのには恐れ入った。
結局カメゼリーは相当お気に召したと見えて「ウン、これいいねえ。お土産にぜひ買って帰りたいよ」という全くの想定外の顛末となってしまった。
そのままスーパーまでお供し、食品売り場のカメゼリーのコーナーで山のようになっているカメゼリーのパックを籠いっぱいに放り込んでいる。
私はいろいろな日本人を見てきたが、出張に来て1日目の夜に土産用のカメゼリーを2ダースも買い込む出張者というものにお目にかかるのは初めてである。
とはいえアテが外れっぱなしでは気がすまないので「なんでしたらハコで買いましょうか?」とイヤミを言うと、「ウン、それもいいけどハコだとかさばるしカバンの空いているとこに突っ込めないからバラでいいや」と仰る。
あてごととフンドシは向こうから外れるという格言があるがまさにその通りで大いにダンドリが狂ってしまった。
しかたがないので相棒(同僚の駐在員)に「おい、なんかもっとキアイの入ったモンねえンけや?」と問うと「ではゲンゴロウなどいかがでしょう?」と実に気の利いた返答が帰ってくるのであるが、あにはからんや「ゴキブリはちょっとイヤだけどゲンゴロウはぜひ試してみたいねえ」などとおっしゃるではないか。
おかげで来週の21日にエライさんが帰国するまで「ところでゲンゴロウなんだけど今晩残業もないからどう?」と持ちかけられる危機感に小心翼翼となる羽目となったのである。
【追記とあとがき】
駐在していると根性が曲がるのか、どうも本社からやってきた出張者をいろんな形で「ヒデエ目に遭わす」ことが駐在の楽しみであり崇高な義務であるかのように思っていたものだ。
つまりは、せっかく中国に出張してきたからには普段本社のエアコンの効いたオフィスではとてもうかがい知れないような、発注した先の中国とはどんな環境なのかということを身をもって知っていただくことが必要で、「不良品なんか1個もいらない」なんて夢のようなことを言っている営業さんに「ここは日本じゃないんだ」ということを理解してもらうことの一助になると考えていたのだ。
現地にどっぷり浸かっている駐在員ならではのもてなしで、短い出張期間中に精一杯異ディープな文化との接触を経験することで、頭の中に中国用のモノサシを持ってもらうことが目的だった。
まあ「闇ツアーガイド」みたいなもんか。
そういうこと全般を「ヒデエ目に合わす」と称して、我々(当初は1人前任者の相棒がいた)常平駐屯部隊のオキテに定め、嬉々として実施していたのである。
「ヒデエ目に遭わす」にしても、それぞれ甘口からプロ向けハードコースまでいろいろ取り揃えていて、今回のカメゼリーの刑などはまあ甘口なのだが、他に「バイクタクシーに乗る」とか「工場街の屋台めしを食わす」といったことに始まり、グレードが上がるに従って「夜街灯もないようなXXX街に行く」とか「XXXがたくさん営業しているXX地帯を一人で歩かせる」というような詳細を明記できないようなハードコースまでいろいろあった。
当時本社にしてみれば受け入れ検品で不良が出たら駐在の責任、お稲荷さんの鳥居が赤いのもサルの尻が赤いのもみな駐在のせいということになっていたようだが、これら「ヒデエ目に遭わす」行為は現地に出張に来なければわからないようなことを本社の皆さんに感覚的に知っていただくための我々駐在員のもてなしであって、断じて普段の意趣返しではない。
似ているが違う。
本稿で登場する部長さんはなかなかチャレンジャーな方で、カメゼリーをしこたまスーツケースに詰め込んで帰っただけでなく、常平に出張中は食事を台湾人専用幹部食堂で食べるのだけれど、ワーカーめしが食べたいといって、別棟の一般職員用食堂からステンレスのプレートに乗ったワーカーめしをとりよせて食べるということがあった。
こういうことをやりたがる客人は皆無だったようで、台湾人の幹部のみなさんはとても喜んでいたのを覚えている。
なおカメゼリーは大変おいしいもので、寒天やゼラチンで固めたゼリーとは食感も異なり、私は大好きだった。
見た目はコーヒーゼリーのようだが、やや漢方薬の香りがするが(店によってははっきりと漢方薬の味)中国の薬膳式健康食に慣れた人だと返って体が条件反射で喜ぶに違いない。
糖蜜をかけることもあればかけないこともあり、冷やして食べる場合もあれば暖かいままのこともある。
カメから作ったということと独特の漢方薬の香りから、日本から初めて中国に来た人は結構敬遠される方が多かったが、こいつはコラーゲンの塊なので薬膳効果と相まって美容に果てしなく良いということを言うと女性の方はとたんに目の色を変えてパクついていたのが印象的だった。
どうせなら広東デザートでももっとハードルが高くてもっと美容効果が高いとされる「雪蛤(カエルの卵巣に繋がっている輸卵管を干したもの)」も試してみたかったが、これは高価なものなので経済的にこちらがヒデエ目に遭ってしまうため実施を躊躇していたのは惜しいことだったと思う。