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【旅行】仙台苫小牧ドンブラコ -10- きたかみは苫小牧を目指す

仙台から乗り込んだ太平洋フェリーのきたかみ13694トンは太平洋を北上して一路苫小牧を目指す。
夜7:40に出港して外洋に出ると外は真っ暗なのでデッキに立っていても何も見えない。
それで、船の中をいろいろ見てまわろう。
ホテルもそうなのだけれど船はなんといっても船内を探検して回るのが楽しみだ。

船内案内図によれば、人間が乗るところが2フロアであるのに対して車両を格納する甲板が5フロアもあるので、差し詰め走る立体駐車場というような感じだ。
なお甲板と書くと普通は「カンパン」と読むのだと思っていて、事実この稿を書くに当たっても「カンパン」で普通に変換してくれているのだけれども、実際の船の上では「コウハン」と発音することがわかった。
船内アナウンスでは「ただいまより明日XX時まで車両コウハンは立ち入り禁止とさせていただきます」という具合に使われていて、世間で知られている教科書的な読み方と肝心の当事者がどう読んでいるかが違う例の一つらしい。
そういうことは世の中結構あって、例えば船の左右方向を表す右舷左舷も、ウゲンサゲンだと思っていたら、海上自衛隊ではミギゲンヒダリゲンらしく、また競売も世間ではキョウバイだが裁判所ではケイバイと発音するのだが、これらはどちらで入力してもちゃんと変換される。

きたかみのB寝台区域
ロビーのカウンター
船にはなくてはならないラーメンの自販機と給湯給茶器

きたかみに限ったことではないが、こういうフェリーでは個室の船室ではなくベッドだけが自分の城という乗船プランが多く、こういうプランは個室の船室よりも安価なので昔から船旅行のメリットだったりしたもんだ。
私が学生の頃はそういった寝台すらなく、12畳間くらいの部屋に8人ほどで毛布を敷いて雑魚寝するようなものもあり、ちょうど保育園の教室と刑務所の雑居房を足して割ったみたいな部屋で見知らぬ人と肩を並べて寝るなんていう旅行をよくやったもんだが、最近はあまり見られなくなったようだ。

ちょっと古い話をするが、こういう船での旅行はバックパッカー旅行全盛だった私が学生の頃は大変人気があって、特に下関-釜山を連絡する関釜フェリーは確か片道の雑魚寝料金が5800円、「最も安い日本脱出ルート」として知られていただけでなく、在留期間を更新するために外国人が一時出航するルートとしてもよく使われていたようだ。
とにかく安いことがメリットなので、乗り込む方もなるべくカネがかからないよう食料を大量に持ち込むことが多かったのだが、その中でもポピュラーなのがカップラーメンだった。
中でも1個300円くらいで買えたのだが、自分で買って持ち込む方が当然ながら安く、船会社もそれを知ってか、どの船にもちゃんと無料の給湯設備がついていた。
また2泊3日で大阪ー上海を連絡している鑑真号などは、船内の食事は学生には結構高いものだったが、乗客が飢え死にしないよう朝食だけはちゃんと無料でついていて、また後述するが船が大揺れになると大半の乗客は食欲をなくすもので、余っている食堂の朝食を一気に食い溜めするやつもいたという。

きたかみでは出航直前にうまい晩飯をたっぷり詰め込んでいたので、そんなことをする必要もなく、腹ごなしに船内をあちこち見て回った。
船室で個人に割り当てられたスペースが狭い分共用スペースが多く取られているようで、船のロビー周辺はゆったりとしたソファーやカウンターがたくさん設けられている。
船内はインターネットが使えないので携帯電話やタブレットを使っている人は存外少なく、何か本を読んだり家族で歓談したり、また自前で持ち込んだビールでひとり酒盛りをやっている人が結構いた。
風呂はなかなか快適なもので、大きな湯船には波が立っているのがいかにも船の風呂という感じがする。

さて、船というものは水に浮いているので、水が動けば当然船もこれに追従して揺れるのが当たり前だ。
特に小さなヨットのような船だと特に海が荒れていなくても波に合わせて木の葉のように揺れるもので、これは見ているだけで大変だ。
曲がりなりにも客船ということになると、質量があるのでそこまで木の葉のような揺れ方はしないのだけれども、その代わりに5秒間隔くらいで大きく上がったり下がったりするような揺れ方をする。

昔中国の天津から韓国の仁川まで乗った船は七千トンくらいの客船としては中型のものだったのだが、「煙も見えず雲もなく風も起こらず波立たず、鏡の如き黄海は」で知られる黄海が意外にも荒れて、結構とんでもない有様になったのを覚えている。
1994年の夏のことだったが、船には韓国に向かう集団就職の中国人がたくさん乗っていたのだけれども、どうも人種的に中国人は乗り物に弱いのか、街の路線バスにもゲロバッグがたくさん吊ってあるほどだった。
船が外洋に出て揺れ出すとそれまで賑やかだった中国語の声がやがてひっそりとしてくる。
船の揺れにはローリング(横揺れ)とピッチング(縦揺れ)のふた通りがあるのだけれども、このピッチングが凄まじくて、ちょうどエレベーターでいうと4フロア分くらいの高低差を5秒おきに上がったり下がったりしているようなものだ。
上がる時はエレベータの2倍くらいの速度感でググーっと持ち上がる感じがし、胃がグッと下がる感じがする。
そうして登りきった頂点のところで2秒ほど完全に停止する瞬間があり、その後エレベータの3倍くらいの速度感で一気に下がる。
この時は胃の中が無重力になったような感じになり、弱い人は大体このタイミングでやられるようだ。
そんな状態が続くようになると、船室は阿鼻叫喚の地獄絵図のようになり、中国人があちこちでマグロのように横たわってピクリとも動かない。
廊下などでもうずくまる人が多く、また便所の前で力尽きてゲロゲロ吐いたままポンペイの石膏像みたいに固まっている人もいる。
私は体質的に船酔いには強いようで、そこまでのダメージは受けなかったことから、揺れている船というものを楽しんで回ったものだ。

なんといっても階段の登り下りが面白い。
ピッチングで上っている時は重力加速度が増して体重が何割か増しになっているので、そのまま階段を登るときつい。
なのでピッチングが上がりきるまでじっと立って待つ。
やがて下り始めると体重が一気に軽くなるので、一気に階段を駆け上がる。
本当に体が軽いので嘘のように階段が楽になるのが面白かった。

また揺れている船内でやる卓球も面白いもので、昔の船はキャンバー角といって甲板が中央に向かって膨らんでいるので、端に置かれた卓球台は向こうとこっちですでに高低差がある。
高い方はどんなに丁寧に打ち返してもホームランになるし、低い方は力任せに引っ叩くだけで凄まじいスマッシュが決まるのだけれど、そこに船の揺れが加わるとさらに面白い。
横揺れのピッチングも加わってくると勝手に回転レシーブが出たりして、あれは良かったなと思う。

ではもっと大きな船ならそんな苦労はないのかというと、そうでもない。
今年(2024年)の2月にMSCのクルーズ船ベリッシマというとんでもなく大きな船に乗ったのだが、なかなか意外な体験をしたものだ。
ベリッシマは総トン数が17万トンもあるとんでもなく大きな船、というかすでに船と認識できる限界を超えるほど巨大なものなのだが、最新の船だけあって揺れない工夫がたくさん施してある。
最近の船だと揺れを相殺できるように船内に水のタンクが左右にあって、波の揺れと逆方向のタンクに水を送ることで水平を保てるようになっていて、また横揺れに対しても、船体の左右に小さな翼のようなものがあって、飛行機の動翼のように操作することで左右の平行を保てるというわけだ。
それならなんの心配もないじゃないかと思っていたら、どうやらそうではないことに気がつく。
船の上を歩いていると、どうもまっすぐに歩けないことがある。
どうも体が右や左に引っ張られるようで、まさか神の見えざる手というやつではあるまいが、どうやら船が揺れているらしいということはわかる。
ただし船体が傾くようなことはないので、どうも揺れとは違う気もする。
船室の寝台でひっくり返っていると、その仕組みがよくわかってきた。
水平に寝ている体が前後左右に傾く感じはないので船そのものは揺れているわけではないのだが、前後左右に引っ張られる感覚があって、ちょうどいろんな方向に進むエレベータに乗っているようなものだ。
つまり、船はスラスターやフィンなどで船を水平に、つまり傾かないようにはできているのだけれど、船自体が前後左右に横滑りする現象を防ぐものではないので、従来上下に感じていたモーメントが水平方向に変わっただけの話、なので17万トンの船だろうが気分が悪くなる人は結構いるようだ。

寄港地の基隆に係留されているベリッシマ号

今回我々が乗ったきたかみ13694トンはそこまで揺れることもなく、ドンブラコと北海道を目指す。
私も疲れが溜まっていたので船室の寝台に潜り込み、ひんやり冷えたアルミトランクを抱き抱えるようにして寝てしまうのであった。
どうも私は生来狭いところにいる方が落ち着くようで、寝付きは良かったように思う。

きたかみでの私の寝床


つづく

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