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【木工屋】全てはここから始まった⑩ 〜掃除機用スタンド〜
工房黒坂製作所を起業して年が明けた2017年は、ダイソン掃除機スタンドが百花繚乱の年でした。
Amazonではさまざまな業者からいろいろなスタイルのダイソン掃除機用スタンドがリリースされるようになり、同業他社というものを意識するようになります。
業界最大手から電話がくる
夏の暑い日だったように覚えていますが、テーブルソーを使って頭から粉だらけになっていた時に、携帯電話に着信がありました。
出ると、女性の声で「シアターハウスと申します。実は社長の吉村が黒坂さんとお話がしたいということで電話させていただいたのですが、構いませんでしょうか」とのことです。
シアターハウス社というのは実は私も知っていました。
Amazonで同じくダイソン掃除機用のスタンドを販売している会社で、主力の製品はまた別にあるようですが、評価の件数から見るに販売数ではこの「業界」ではトップの会社で、私にとっての同業他社のひとつです。
調べてみると同じ福井県にあるということで、世の中奇遇なものだなと思っていたのですが、まさかダイソン掃除機スタンド界の最大手から連絡が来るとは思ってもおりませんでした。
「あのォおー、いっぺん話してえンやけど、今日これから会われんか?」
電話口に出てきた吉村氏はのんびりした福井弁でそのように言いました。
どういう要件なのかはよくわからないながら、ともかく会って話を聞かない事には物語は始まりません。
わかりました、それでは昼過ぎにお伺いしますということで、一旦電話を切り、どう対応したものか考えます。
さあ大変だ
なまいきにもAmazonで市場がバッティングしたことがまずかったのだろうか、もしかすると先方は掃除機スタンドの製品に実用新案を取得していて私の製品がコピー商品とみなされているのだろうか、色々なことを考えます。
私は起業して以来「悪い予感には従う」というモットーを持っていて、ちょっとでも不安があれば作業をやり直したり、やってきた道を引き返すことを躊躇なくやるようにしているのですが、ともかくも常に一大事に備えるのが私のモットーなので、即座に作業をやめ粉だらけの全身をまずコンプレッサーの圧縮エアで吹き飛ばしながら必要な準備と段取りを考えます。
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まずシアターハウス社の掃除機スタンドを改めて確認するためにホームページの商品ページを確認します。
構造的に似ているとすれば台座に対して背板を90度立てて、ここに充電ブラケットをねじ止めするという点なのですが、これはスタンドとして使う以上不可避な構造です。
細部に関しては、オプションヘッド収納については平台の上に穴を開け、ヘッドのパイプを差し込む構造になっていて、ピンを立ててパイプ内に突っ込むうちの製品とは真逆のスタイルです。
材質は25ミリの化粧メラミン加工の合板またはMDFボードのようで、これも実木製オイルフィニッシュのうちの製品とは異なります。
以上のことから、類似点は90度に立ち上げた背板に充電器を取り付けて使うという基本コンセプトだけで、うちの製品は独自設計であることを改めて確信します。
なにせ作った本人が何も参考にせずに作ったものなので模倣があるはずもなく、似ている部分があるとすれば「車輪の再発明」的にできた結果なのですが、まずは自信を持つことが肝心です。
次に、起業して以来よそ様の会社を訪問するのは初めてなので、失礼があってはいけません。
エアブローで一応は粉だらけをなんとかしたのですが、やはり自宅に一度寄って風呂で洗い流すほうが確実なようです。
それから持っていくものとして名刺が必要なのですが、基本的に販売はネット販売で人と会わない仕事なので名刺がありません。
そこで自宅のPCで大急ぎで名刺を作ってプリンタで印刷し、それなりに格好がつくような数を準備します。
それから持参するものですが、ここはスタンドの現物があったほうが間違いがありません。
仕事場で作っている製品と同じものを自宅で掃除機を取り付けて使っていたのでこれの埃を払って車に積み、ついでに当時試作開発を進めていた「足の裏復活器」のプロトサンプルも1台手土産がわりに積んで、シアターハウス社へと向かいます。
福井市の閑静な住宅地の外れにあるシアターハウス社は、元々は昔から織物製造を行っていた福井ではよくある機屋さんでしたが、2001年よりプロジェクタースクリーンの製造販売を開始、吉村明高社長のユニークな経営方針によって独自の製品開発と販路を展開、特にネット販売に強そうで、ホームシアター関連商品以外にも独自に製品開発を行い、ダイソン掃除機用スタンドもその一環として鋭意製造販売を行っているという会社です。
ここまでホームページなどで事前に調べた上で、いざ訪問となりました。
同業他社を訪問
持参した一切合切を抱えて会社の玄関で緊張しながら呼び鈴を押し、インターフォンで来意を告げるとスタッフの女性が出てきて、招き入れてくれます。
ソファーに腰掛けて、奥でガリガリとコーヒー豆をひくうまそうな匂いを感じながら待つと、社長の吉村氏がやってきました。
挨拶を交わして名刺を交換させていただき、こちらから闇雲に話を展開するのではなくまずは先方のお話を伺います。
相手の出方を何通りもイメージし予想会敵地点に照準を合わせて待つのは戦術の基本で、どこから攻撃を受けても即座に撃ち返せるだけの準備はしてきました。
どんな展開になるかわからないままやってきて、即時即応の心境で身構えていたのですが、その緊張はあっという間に不要になりました。
吉村社長は終始福井弁でにこやかに語るのですが、まず感じたのはこの人もモノづくりの人なのだなということでした。
とにかく色々なアイディアが湧いてきて、それを形にしなければ気が済まないタイプという点で私も同類で、無論ビジネスでやっているので売って収益を得ることが目的ではあるのですが、まずはいいものが出来上がったらそれがうれしくてたまらないという人物です。
シアターハウス社製の掃除機スタンドも拝見し、それに関する様々な経緯なども伺うことができました。
主にAmazonと楽天で販売されているのですが、そのうち工房黒坂製作所というメーカーが木製スタンドをリリースするようになってきて、販売者情報を見るとどうもすぐ近所だということで興味を持たれたということだそうです。
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自社開発の眼鏡が曇らないマスクを披露中
私も持参したスタンドを見ていただきながら、こちらの話をさせていただきます。
起業したばかりの木工所で、商品企画から開発設計、製造販売、廃材のゴミ出しに至るまで全部一人でやっていること、月産は200-300台くらいで現状ではキャパが足りず悩んでいるが、掃除機スタンドだけに頼るのではなく今後安定して長く販売できる独自製品を目下研究開発中であることを述べました。
まず全て一人でやっているという点に驚かれたようですが、こちらにしてみれば泣こうがわめこうが働く人間は私一人なので、至らないところを山ほど抱えながらやるべきことをやれる範囲でやっているだけです。
掃除機スタンド開発のきっかけは自分がユーザーとしてダイソン掃除機を使って感じた不満を解消することが始まりで、そのため世の中でこれが売れているということを知らないまま、何も参考にせずに独自設計で作ったという点にも触れてみます。
すると吉村氏も同様であったようで、「こんなもんスタンドかなんかなかったらどもならんざ」ということがきっかけだったようです。
私の製品を見て、構造も素材も全く異なるので、少なくとも模倣ではないということはわかっていただけたようです。
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販売のことも考えよう
その後色々な話を伺ったのですが、ひとつ大事なことを教わりました。
「なんでダイソンの掃除機スタンドが売れるのか?」
すぐに出てくる理由は、スタンドがないと不便だからということなのですが、それだけではありません。
スタンドの単価は約7000円くらいなのですが、単なる7000円の製品がこれほど売れるわけではなく、「高価な掃除機」に使うということが実はかなり重要なのだということです。
当時ダイソンの掃除機は60000円くらいだったと記憶しておりますが、もしこれが14800円だとすると、7000円のスタンドは随分高いものに感じることでしょう。
60000円に対する7000円ならば割安感が出るのであって、「何かの付属品」的な商品を開発するのであれば、その対象は高額であるほど有利だということです。
今まで開発製造側の立場で販売を行ってきましたが、改めて販売ということを考えさせられる良いきっかけになりました。
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後に私も自社チャンネルを立ち上げるきっかけになった
油断できない同業他社もある
ある程度打ち解けて話ができるようになると、吉村氏はやや困った顔で別の話を切り出してきます。
どうやら同業他社から実用新案か何かを侵害したとかいうことで訴えを起こされているとのこと、話を伺えば単なるイチャモンのようなもので隙あらば商売敵の足を引っ張ってやろうくらいのようですが、「実はこんなこと言ってきてるんやって」と見せていただいた書面には法律をカサに来た恫喝のような文章が踊っていて、どうも一笑に附すような話でもなさそうです。
Amazonの市場は社会の縮図のようなものだと以前の話で書きましたが、どうやら販売している側にも同じことが言えるようで、中には「他人を足で蹴落としてでも売り上げを上げる」ことを現実に行う業者も存在するようです。
のちに私も同じような目に遭うのですが、そうか同業他社というものはそういうことも起きるのかと改めて考えさせられました。
今回シアターハウスさんから声がかかった背景には、そういう事情があったのかも知れません。
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その後吉村氏はじめシアターハウス社の皆様には何かと懇意にしていただき、公私共によいお付き合いをさせていただいています。
同業他社と一口に言っても、互いに引きずり下ろそうとする関係もあれば、モノづくり仲間のように切磋琢磨できる関係もあり、良い出会いは大事にしたいものです。
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賃貸でもこのようにすればスクリーンの取り付けができる
つづく
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