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【旅行】仙台苫小牧ドンブラコ −20− 千歳で晩飯難民になりかける

白老のウポポイを後にした頃には時刻はすっかり夜になっていた。
確か七時は過ぎていたのではないかと思う。
さすがに高緯度地域は日没が早いなと感心していたが、この後苫小牧東港まで移動して新日本海フェリーに乗るという予定になっていて、あまりモタモタしている余裕はない。
そういうわけで白老の街で手っ取り早く晩飯を食おうと思った次第。
ところがいざ駅前に出てみると、ほぼ完全なシャッター街になっていて、昼間はやっていたのか、それとも元々廃業しているのかわからないが、見渡す限りめしを食わせてくれそうな店は一つもないではないか。
うむ仕方がない、ともかくもまずは白老を離れて千歳まで移動してしまおうということになった。

白老から北海道を後にするルート

さて、帰りのフェリーは苫小牧東港から出るのだが、なぜ千歳に移動するのかということに疑問なひとも多いのではないかと思う。
苫小牧に来た時は太平洋フェリーが苫小牧西港に入港したのだが、これは苫小牧の市街地からほど近いところにある。
ここで要注意なのだが、新日本海フェリーが使っている港は苫小牧の西港ではなく東港なのだ。
ならば苫小牧まで戻ってからバスかタクシーで東港とやらに行けばいいだけの話ではないか。
そうタカを括っていたのだが、とんでもない話だとすぐに気がついた。

先に、苫小牧西港は市街地からほど近いと書いたが、苫小牧東港は市街地から程遠いどころではなくまるで違う場所にあって、それもとんでもない原野みたいな場所であるらしい。
直近の駅といえば日高本線の浜厚真というのがあるが、当然ながら無人駅で、しかも駅前もほぼ無人、1970年代の空中写真を見るといくらかはひとが住んでいたようではあるが現在は原野に戻っていて、何かの事業所の小屋のようなものがいくらか見られるくらいで夜間はほぼ完全に無人、多分キタキツネやエゾタヌキの天国になっているのではないかというような場所だ。
当然路線バスなどない。
この駅から苫小牧東港までは2キロ弱の距離だが、スーツケースを引きずって歩くにしても街の2キロ弱とは訳が違う。
まず灯火の類は皆無であろうし、生きた人間が歩くことなど考えていない道路なので、無人の荒野を爆走する自動車はまさか人間が歩いていることなど想像もしていないに違いない。
さすがにクマは出ないだろうが野生動物が跳梁することは容易に想像でき、要するに命が惜しければ歩いて行くなんてことは考えてはいけない、少なくともネットにはそう書いてあった。

苫小牧東港周辺

それで日本海フェリーは遥か遠くの南千歳駅から船の運行時刻に合わせて1便バスを用意しているのだが、これが唯一の東港へのアプローチ手段となる。
苫小牧からタクシーで行ってもいいのではないかと考えるのは浅はかで、苫小牧東港といいつつもそもそもが苫小牧市ではなく隣の厚真町にあって、苫小牧からはタクシーだと恐ろしいカネがかかるのだそうだ。
長距離な上に帰りは確実に空荷になるので無理もない。

それで、フェリーの乗客は千歳南駅で拾うことになっているのだが、千歳市内ではなく空港にほぼ埋め込まれているような千歳南駅ということは、多分飛行機を使う乗客の利便を考えた上でのことだろう。
そんなわけで、白老から特急のナントカ何号というのに乗って南千歳へと向かう。

白老駅のホームにはアイヌ語の表記がある
他に誰も人がいない白老駅

そんなわけで南千歳駅に到着したのだが、これが実質的にものすごいド僻地で驚いた。
空中写真で見る限りは千歳空港に隣接、というか敷地内だが、遥か遠くにある空港のターミナルビルに行くには連絡通路や無料シャトルバスなんてものはなく、切符を買って列車に一駅乗らなければならない始末、外にある施設といえば空中写真にはちょっと歩いたところにアウトレットモールがあるようだが、夜はどうやら営業していないようだ。
では駅前の街で何か食えばいいかと思ってはいけない。
そもそもこの辺り一体は帝国陸軍千歳飛行場だった時代に航空機の掩体や高射砲陣地が置かれていた土地が近年までそのまま原野に還っていたような場所で、人間が住むような場所ではない。
したがって、めしを食うということになると駅の待合室にある売店だけが唯一の手段だったようだが、どうやらこれも廃業してしまったらしく、ここにいる限り口に入れられるものといったら自販機の飲料しかないというわけだ。
これだけ人工物に囲まれていて交通の結節点であるにもかかわらず、福井県大野市上大納の廃鉱山集落と同じくらい不便をするとは思わなかった。
なんだろう、南極は地球上最大の砂漠であると言われるような感じだな。

JR南千歳駅周辺

そんなわけで南千歳駅で空腹を抱えたままバスの時間を待つのはなんだか残念だ。
思えば北海道に着いてから、まだラーメンを一度も食ってはいないではないか。
話は遡るが、今から25年前に初めて北海道を訪れた際に、札幌出身の大学の先輩に街を案内してもらったということがあった。
北大や時計台といった有名なものを観れるのかと期待していたところ、予想に反して地下街ばかりをやたらに歩き回るのには大変閉口し、どうも高校時代の思い入れでもあるのかものすごい盛りのヤキソバを食わす店に連れて行くのだといって派手に道を間違い、へとへとになった挙句にその店は潰れていて、仕方がないので適当なその辺のものを食ったという苦い経験をした。
どうやら旅行で訪れる人が期待するものと、地元の人間が勧めるものはどうやら違うというのがその時学んだことで、そういえば私も福井でうまいソースカツ丼を食わす店は何軒も知っているが、うまいズワイガニはどこへいけば食えるかなんてことはまるでわからないのと同じだ。
ともかくも北海道でうまいラーメンが食えなかったというのがこの25年来ずっと北海道に対する遺恨になっていて、腹が減っていたのと白老から南千歳まで食い物屋が皆無であったことから精神状態が穏やかでなくなり、ラーメンが食えないとは一体俺は北海道まで何をしに来たのだという倒錯状態になってしまった。
調べてみると苫小牧東港行きのバスの時間まで1時間ちょっとある。
時刻表を調べてみたら、なんとかギリギリで隣の千歳駅まで行って帰れることがわかり、千歳駅前で三十分くらいの時間が取れることが判明した。
もしバスに乗り遅れたらとんでもないことになるのでややためらったが、千歳駅まで電車に乗ってめしを食いに行くことにした。

千歳駅の駅前
南千歳駅と違って人間が住んでいる気配がする
駅前にあったラーメン屋に直行
想像していた札幌ラーメンとはどうも違うようだが贅沢を言ってはいけない
ギョウジャニンニクたっぷり!という魅惑的なワードが踊っている
出てきたラーメン
ギョウジャニンニクはどれだ?

千歳駅にはほんの数分で到着、万が一にも帰りの電車に乗り遅れてはならないので帰りの切符を先に買っておく。
さすが俺は逆境状態でも冷静な判断ができるもんだと悦に入っていたが、それならば南千歳で初めから往復の切符を買っておけばよかっただけの話で、やはり私は色々抜けているのかもしれない。
駅から出たところにあらかじめ調べておいたラーメン屋の明かりが煌々としていたのですぐに入店、メニューを見る。
なるほど北海道の経済の半分はインバウンド需要で成り立っているらしく、個人経営のラーメン屋であってもメニューがちゃんと二カ国後表記になっている。
ラーメンは特に本土でも食えそうなありきたりのように見えたが、メニューの中央に「ギョウジャニンニクたっぷり!」というフレーズがあるのを目に留め、うむ俺の判断はやはり間違っていなかったなと再び悦に入る。
そうして待つこと15分、大して混んでいる店内でもなかったがなかなかラーメンが出てこないので大変焦りを感じる。
何せ千歳駅前に滞在できる時間は30分しかないのだ。
仕方がないのでカネだけ払って店を出ようと決意した瞬間にラーメンが出てきた。
こうなると時間との勝負で味など二の次、こういう時に猫舌の私は大変困る思いをするのだが、出てきた以上は食わなければ勝ち負けで言えば負けだ。
うまかったのかどうかまるで覚えておらず、ラーメンを食ったという記憶だけを土産に再び千歳駅に駆け込んで電車に乗り込むのだが、はてそういえば俺はギョウジャニンニクを食ったのか?
後口にはネギ以外の香りを感じなかったので改めて撮った画像を見てみたが、どうみてもネギしか入っていないように思える。
思えばウポポイのヒンナヒンナキッチンで食ったギョウジャニンニク入りと謳った山菜そばにもほぼそれは入ってないも同然だったのだが、これは勝ち負けでいったらどっちなんだろう。
最近はさすがにそういう考え方をしないように努めていたのだが、どうやら北海道で私はギョウジャニンニクに2敗を喫することになってしまったようだ。

南千歳駅に無事帰りつき、外のバス乗り場に出る。
8月の後半ではあったがさすがに北海道だけあって結構肌寒い風が吹いていた。
周囲を見渡すにほぼ真っ暗で何もなく、何もない荒野にバス乗り場があってJR南千歳駅があって、その向こうには千歳空港の飛行機の尾翼がヒーンというエンジン音と共に存在を主張しているという実にシュールな光景だった。

南千歳駅構内の案内板
バス停に並ぶ新日本海フェリーの乗客

定刻になると果たしてバスはやってきて、その場で切符を売り、乗客が全員乗り込むと徐に出発する。
しばらくは空港の灯りが周囲を薄ぼんやりと照らしていたが、程なくして窓の外は漆黒の闇になる。
そのまま原野と思しき道をエンジン音を蹴立ててバスは走り、なんだか廃墟のような構造物をいくつか車窓の外に認めたが、そのうち完全に郊外に出たようでほぼまっすぐの道をわけもわからず(少なくとも乗客にとっては)爆進、こんなところで放り出されたら2秒持たないなというような景色の中、突然目の前が明るくなって苫小牧東港に到着した。
目の前には狐に化かされたかのように小さなターミナルビルとフネが照明に照らされていた。

苫小牧東港に接舷している新日本海フェリー「すいせん」

つづく

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