日本の仲裁に関する10の質問
著者:パートナー弁護士 牛嶋龍之介(第二弁護士会所属)
日本には現代的な仲裁法があり、進歩的な規則と手続を有する国際仲裁機関があり、支援体制の整った裁判所があり、安価で国際商事仲裁及び調停の両方に対応するため東京及び大阪には専用の第一級の審理施設が存在する。これらの要因に加えて、最近の政府支援する仲裁の活性化に向けた官民挙げての人材育成と普及活動、安全な環境、素晴らしい食と観光資源は、日本がアジア太平洋地域の主要な国際紛争解決法域になるための基盤となっている。
以下は、日本の仲裁制度に関する簡単な概要である。
1. 仲裁において重要な法律は何か、主要な仲裁機関はどこか?
国際紛争(すなわちクロスボーダー関連の紛争)と国内紛争は、いずれもUNCITRAL(国際連合国際取引委員会)モデル法(以下「モデル法」という。)に基づく仲裁法(以下「仲裁法」という。)によって準拠されている。
日本を仲裁地とする仲裁事件を取り扱う主な国際仲裁機関は3つあり、①日本商事仲裁協会(JCAA)、②日本海運集会所の海事仲裁委員会(TOMAC)及び③国際商業会議所国際仲裁裁判所(ICC)である。
日本に拠点を置くその他の重要な機関としては、日本知的財産仲裁センター(JIPAC)、東京国際知的財産仲裁センター(IACT)、日本スポーツ仲裁機構(JSAA)及び東京、大阪、福岡等の各弁護士会に関連するADRセンターがある。また日本仲裁人協会(JAA)は、仲裁人や弁護士の育成に積極的に取り組んでいる。日本国際紛争解決センター(JIDRC)は、日本政府主導のプロジェクトを実行するための推進母体となる組織として2018年に設立された。東京及び大阪で仲裁施設を運営しており、機関を利用する場合及びアドホックな場合の国際仲裁・調停の審理の場として利用可能である。
2. 裁判所は仲裁を支持する体制になっているか?
日本の裁判所は、仲裁法に従って仲裁を強く支持する体制になっている。特に、仲裁法において、裁判所は仲裁に干渉しない(仲裁法で定める限定的な場合を除く)と明確に定めている(仲裁法第4条、モデル法第5条)。また仲裁合意が存在するにもかかわらず、訴えが提起された場合、一定の場合を除き、日本の裁判所は被告の申立てにより、訴えを却下しなければならない(仲裁法第14条1項、モデル法第8条1項)。
3. 守秘義務はあるか? 関連する裁判手続はあるか?
JCAAの商事仲裁規則第42条2項は、仲裁手続に関係する者に守秘義務を課している。これは、仲裁のために作成され、仲裁で使用された文書、仲裁で開示された文書、調書、証人による証拠及び仲裁判断のすべてに適用される。当事者間で守秘義務が合意されている場合(例えば、JCAAの規則を使用する場合)、日本の裁判所は民法第414条第1項に基づき、これらの義務の履行を強制する権限を有する。
仲裁関連の裁判所が行う手続については、当該手続の当事者の申請に基づき、手続を公開せず、非公開の閉ざされた裁判所の審理で行うことが可能である。実際には、ほとんどの仲裁関連の裁判所が行う手続がこの方法で審理されている。ただし、仲裁判断の取消しに関連して口頭弁論が行われる場合、又は仲裁判断に対する執行決定に関連して口頭弁論が行われる場合には、その手続は公開される必要がある。
4. 仲裁合意の要件はあるか?
仲裁法によれば、仲裁合意は書面によってされなければならず(法第13条2項ないし5項)、書面とは、仲裁合した当事者が交換した書簡又は電報、引用により契約の一部を構成する他の文書の仲裁条項及び仲裁合意の内容を記録した電磁的記録を含む。(仲裁合意の定義された方式を明確にする2006年に改正されたモデル法の第7条のオプションI又はオプションIIのいずれも日本は採用していないことに注意する必要がある。)
5. 仲裁廷は自己の仲裁権限について決定できるか、当事者は手続準則について柔軟性を有するか?
有する(仲裁法第23条2項)。ただし、仲裁廷が仲裁判断前の決定において自己が仲裁権限を有すると判断した場合又はいかなる段階でも自己が仲裁権限を有しないと判断した場合について、その判断の通知を受けた当事者が30日以内に日本の裁判所に申し立てをすることができる(仲裁法第23条5項)。また、仲裁権限に関する裁判所の決定についても即時抗告することができる(仲裁法第7条)。
仲裁法及びモデル法の強行法規に従うことを条件として、当事者は仲裁で従うべき手続準則について自由に合意することができる(仲裁法第 26 条1項)。手続準則に関し、合意がない場合には、仲裁廷は適当と認める方法によって仲裁を行うことができる。
6. 仲裁の併合又は当事者の参加に関する規定はあるか?
ある。主要な仲裁機関の規則では、仲裁の併合が認められている(JCAA商事仲裁規則(以下「JCAA規則」という。)第57条、ICC仲裁規則(以下「ICC規則」という。)第10条)。仲裁機関が考慮する要素としては、当事者全員が合意しているか、請求が同一の仲裁合意に基づいて生じているか、合意が異なる場合には、仲裁が同一の当事者間で行われているか、紛争が同一の法律関係から生じているか、請求から同一又は類似の事実又は法律の問題が生じているか、仲裁合意間に矛盾がないか、又は併合命令を出すことを助長する他の理由があるかが挙げられる。
また、主要な仲裁機関では、仲裁廷の成立の前後を問わず、追加当事者が参加を認めている。JCAAの商事仲裁規則では、追加当事者を含むすべての当事者が参加に合意している場合、又は各申立てが同一の仲裁合意に基づいて行われている場合には、追加当事者を参加させることができる(ただし、第三者が、仲裁廷の成立後に被申立人として参加させられる場合には、第三者の書面による同意を必要とする。)(JCAA規則第56条)。ICC規則では、仲裁廷が成立する前であれば、既存の当事者のいずれかが同意していない場合でも、追加当事者を参加させることができる。ただし、追加当事者に対する仲裁権限の一応の証明があることが最も重要な要件となる(ICC規則第7条及び第6条4項(i))。なお、仲裁人の確認又は選任後については、追加当事者を含むすべての当事者が参加に同意しない限り、追加当事者を参加させることはできない(ICC規則第7条1項及び第7条5項)。
7. どのような暫定措置又は救済があるか?
ほとんどの場合、状況に応じて、当事者は、仲裁機関に緊急仲裁人の選任を求める又は日本の裁判所若しくは仲裁廷に暫定措置命令を求めるのいずれかを行う必要がある。
仲裁合意があったとしても、当事者は日本の裁判所に対して保全処分を申し立てることができる(仲裁法第15条)。この規定は、仲裁地が日本国内にある場合、仲裁地が日本国外にある場合、及び仲裁地が定まっていない仲裁について適用される(仲裁法第3条2項)。保全処分とは、仲裁手続に関して、請求人に有利になるように被申立人の資産を仮差押え(すなわち差押え)及び/又は仮処分(すなわち差止命令)する命令である。仮差押命令は、金銭の支払いを命じる仲裁判断の強制執行が不可能又は著しく困難になるおそれがある場合に発せられる。また、仮差押えは、不動産、動産、債権に対して行うことができる。
仲裁廷は、暫定措置及び保全措置に関して広範な命令を下す権限を有しており、当該措置に関連して申請者に相当な担保の提供を求めることができる(仲裁法第 24 条)。両措置は、モデル法第17条に規定されている暫定措置に相当するものと考えられる。しかし、日本の裁判所が行う命令とは異なり、仲裁廷が行う暫定措置及び保全措置は、日本において執行力を有しないため、実効性を得るためには、被申立人が手続を遵守する意思があるかどうかに依存する(すなわち、遵守しない場合の本案手続における地位への影響についてのおそれ)。実際には、仲裁手続に積極的に参加している当事者は、一般的に、仲裁廷が下した命令に自発的に従う傾向があるが、そうでない場合には、そのような救済を得るために裁判所の支援を求めることが必要となることがある。なお、日本は2006 年に改正されたモデル法の第 17 条 A ないし J を採用しておらず、これらの条文には仲裁廷によって与えられる暫定的な救済の範囲と効力を明確に規定している。
緊急を要する事案では、仲裁廷の成立前に、JCAA規則とICC規則は、当事者が緊急の暫定的救済を求めることができるよう、緊急仲裁人手続を規定している(JCAA規則第75条ないし第77条、ICC規則第29条)。両機関とも、緊急仲裁人を迅速に選任し、緊急仲裁人が命令を下すまでの期間を短く設定している。しかし、仲裁廷が命じた暫定的救済と同様に、緊急仲裁人が命じた措置には執行力がなく、代わりに被申立人が自発的に従う意思があるかどうかに依存する。緊急仲裁人を含む暫定的救済措置の要請は、すべて相手方に通知して行わなければならない。
8. 当事者が仲裁判断に不服を申し立てる方法や仲裁判断を取り消したい場合の方法はあるか?
日本では、仲裁判断を不服として訴える権利はない。しかし、当事者は、仲裁判断書の受領から3ヶ月以内に、以下のような限定された事由で仲裁判断の取消しを申立てをすることができる(仲裁法第44条1項及びモデル法第34条2項)。(i) 仲裁合意の当事者が行為能力を欠いていた、又は仲裁合意が有効でなかった場合、(ii) 当事者が仲裁人の選任手続又は仲裁手続について適切な通知を受けていなかった、又は防御することが不可能であった場合、(iii) 仲裁合意又は仲裁手続における申立ての範囲を超える事項に関する判断を含むものであった場合、又は(iv) 仲裁廷の構成又は仲裁手続が仲裁合意の条件に従っていなかった場合である。
また、裁判所が以下のように判断した場合には、仲裁判断を取り消すことができる。(i)仲裁手続における申立てが、日本の法令によれば、仲裁合意の対象とすることができない紛争に関するものであること場合、又は(ii)仲裁判断が日本の公序良俗に反する場合である。
9. どのような場合に仲裁判断を執行することはできるか?
日本で行われた仲裁判断は、「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(以下「ニューヨーク条約」という。)により、海外でも執行可能である。つまり、168の締約国の仲裁判断は日本で執行可能であり、その逆も同様である。
仲裁判断は、日本国内で行われたものであれ、国外で行われたものであれ、日本の裁判所の判決と同様に、日本の裁判所の執行決定に基づいてのみ執行可能である(仲裁法第46条、モデル法第35条)。当事者が外国の仲裁判断の執行を拒絶できる事由は、当事者が仲裁判断を取り消すための事由と同じである(すなわち、標準であるニューヨーク条約の事由)(仲裁法第45条、モデル法第36条)。
10. 第三者の資金提供はあるか?
日本が仲裁地となる仲裁、それに関連する裁判、日本で行われる調停に第三者が資金を提供することは禁止されていない。日本はコモンローの国ではないので、Maintenance(訴訟幇助)及びChamperty(利益配分約束付きの訴訟肩替り)も禁止されていない。しかしながら、資金調達スキームにより、例えば、請求の管理及び/又は実施に対する資金提供者側の関与の程度(もしあれば)に応じて、第三者による資金調達の取り決めが日本の弁護士法及び弁護士職務基本規程に違反する可能性がある。
なお、我々の知る限り、日本が仲裁地となった仲裁において第三者が資金を提供した事例はない。