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正欲
読了:2025_01_22
満足度:★★☆☆☆
正しい欲、と書いて「正欲」。そして正しい「セイヨク(性欲)」とは何か…という話かな、と。
︎多様性の境界線
一体どこまでの多様性が許容されるのか、を考える機会になった。多様性が大事、はその通りなのだが、とこまでやるの?という疑問は、声には出さずとも皆が感じているテーマなのではないかと思う。
アメリカでは、多様性の看板をおろす企業も出てきているらしい。少しずつまた転換期に入っているのではないかと感じる。(25年1月時点)
本著では「性の対象」にどこまで規制をかけるのか、が論じられている。が、書かれている内容が特殊で、今一つ自分事化しにくい。多様性を論点にするならば、別の題材もあったのではないかと思う。なぜ、「性欲」で、「水への興奮」を選んだのか…。
まあそれは置いといて。
登場人物の大也の発言が、多様性に対する筆者の主張なのかな、と。
「自分が想像できる”多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな」
「お前らが大好きな”多様性”って、使えばそれっぽくなる魔法の言葉じゃねえんだよ」
「自分にはわからない、想像もできないようなことがこの世界にはいっぱいある。そう思い知らされる言葉のはずだろ」
「多様性って言いながら一つの方向に俺らを導こうとするなよ。…(中略)…」
「自分はあくまで理解する側だって思ってる奴らが一番嫌いだ」
理解する側と理解される側
なんとなく、今まで「理解をしなきゃ」と感じていたが、当然、理解される側がいて、その側としての意見があることに気づかされた。
多様性の段階
恐らく、段階があるんだろうな、と感じる。
⓪価値観固定の時代
①多様性黎明期
色んな価値観があっていいんじゃない?と気づく
②多様性発展期
あれもあるぞ、これもあるぞ…と、どんどん増える
③多様性成熟期
え?これどこまでやるの?…と、立ち止まる
④不明(衰退?)
現実的な向き合い方を模索していく
今は②から③に移行している段階なのではないかと感じる。ここで記載されているように、全ての多様性なんて理解できないし、中には「それも多様性って言っていいの?認めていいの?」と線引きが難しいものも。下記のように、言葉の多様性とか。
早晩、多様性を認めることにも疲れてくるんじゃないかな、と感じる。
個人的には、「否定はしないけど、特別賛成もしない」くらいのスタンスの方が楽。
※以下、ネタバレを含む
最後のエピソードは必要だったのだろうか…。
世間での認知のされ方、理解されないことに対する諦念、というものは伝わったが、後味が悪いな、とも。結局、世間では小児性愛者として認知されてしまい、それを覆そうとすらしない、という終わり方。
そして、装丁の落ちていく鴨は何を意味しているのか…
(でも、みんなが色々考察をしているな。)
と言うわけで、今回読んだ本はこちらでした。
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正欲
著:朝井リョウ
新潮文庫
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