「ペルソナを作らない」から始める「顧客理解」
はじめに
ペルソナを作る目的は、よく「顧客の理解」と表現されます。この言葉が間違っているとは思いませんが、抽象度が高い概念ゆえについビジネスの観点が抜けてしまう。その結果、ペルソナを作ることが目的になってしてしまう罠が潜んでいるかもしれません。
マーケティング業界では定期的に話題になるペルソナとは、名前や年齢・性別・居住地や嗜好性などを詳細に描くことで作り出す仮想の顧客像で、マーケティングやブランディング、そしてクリエイティブ制作などたくさんの現場で活用されます。
しかしペルソナを「どう作れば良いですか?」「どう使えばいいの」「どの粒度でつくればいいの?」「そもそも必要なの?」というご相談をいただく事があります。これらの相談者の背景には下記の様な要因が考えられます。
これらの要因は、「ペルソナを作る」が目的なってしまうことで生まれています。作ることが目的になると、作り方の正しさを求めてしまいます。この作り方で合ってるのか、他の人はどう作っているのかと。ゆえに「どう作ればいいですか?」という手法についての相談がうまれているのではないでしょうか。
ペルソナをつくる目的とは?
「成果につながる再現性あるアウトプットをうむ」こと
冒頭にも言いましたが、「顧客の理解」という表現の罠について、もう少し掘り下げてみます。顧客の理解とはなんでしょうか。
ビジネスの目的は成果です。成果とは望んだ結果であり、悪い結果を成果とはいいません。望んだ結果を生むには企業やプロダクト起点ではなく、顧客を起点に考えたプロダクト開発や販促企画、ブランディングやマーケティング、そしてクリエイティブを再現性を持って提供し続けなければいけません。そのための「顧客の理解」です。つまり顧客の理解=ビジネス成果と言い換えることができます。
成果がでない=理解したつもり
成果に結びつかないペルソナは「顧客を理解したつもり」という状態です。
例えばアンケートで「世の中の人が〇〇に困っている」という結果を元にペルソナを作りプロダクト開発したのに全く売れない。これは顧客の「課題」は理解したつもりですが、その人がプロダクトを解決策として受け入れるのかという「受容」と、本当にお金を払ってまで求めるのかという「需要」を理解できていなかった状態です。
ダッシュボードだけでは把握できないこと
顧客には言動に現れやすい「モノへの欲求」と、言動に現れにくい「コトやイミへの欲求」があります。ダッシュボードで把握しやすいのはモノへの欲求で、検索キーワードや統計データなどを用いて、誰がどんなプロダクトを求める傾向にあるのかという顧客行動の結果を理解できます。
しかし、コトやイミへの欲求はモノの欲求という顧客行動の背景で、ダッシュボードでは全てを把握しきれません。こういった潜在ニーズやインサイト、ジョブと呼ばれる人の本音を深く理解し、ビジネス成果を最大化するためのアウトプットを作ることがペルソナを作る目的です。
ターゲットとペルソナは違う概念
ターゲットは「資源投下を集中すべきセグメント層」
どうセグメント(細分化して区切る)すれば狙いやすくなるのか、の中にいるのがターゲットです。つまり狙いにくければそれはターゲットとして機能してません。STP(セグメンテーション/ターゲティング/ポジショニング)で考えると、自社が優位になるポジションを獲得するために、どのセグメント層に対して優先して経営資源を投下すべきかと設定するのがターゲットであり、ターゲットを単体で考えることはありません。
ペルソナは「データの共通項に与えた人物像」
一方ペルソナとは、設定したターゲットを具体的に表す人物です。しかしこの人物を妄想で作ってしまうと機能しません。イメージとしてはデータの共通項に与えた人物像です。
例えば顧客データやアンケート結果、口コミ、SNSなどから、文脈や生活様式や嗜好など、人格を表す多くの情報が散りばめられています。これらの中から代表的な要素を抽出し「そういう人いるよねー」という代表的な人格がペルソナです。
データをベースにすることで、思い込みや自社都合だけで作られた妄想のペルソナではなく、ターゲットと整合性がある存在する人物を作ることができます。
ペルソナの使いどころと使いかた
ペルソナが持つインサイトの最大公約数を捉えるのがコンセプトです。そのコンセプトに基づいて、プロダクト(商品やサービス)の開発やブランディング、広告クリエイティブという具体的なカタチや表現を用いてコミュニケーションを設計します。
しかし上記の様なペルソナにWeb広告を出稿するとします。「年齢:36歳」「性別:女性」「居住地:渋谷区」「興味関心:猫・カフェ」の全てを絞り込んで配信したり、広告クリエイティブに猫のイラストを用いたら、きっと恐ろしいほど反応がないでしょう。
とはいえ、ペルソナを作るのは難しい!
先程の様に、何の役にも立たないペルソナをなぜ作ってしまうのでしょうか。それはペルソナを作るのが難しい!ゆえに作ることに固執してしまい、いつしか目的化してしまう…これが現場でよく起こってしまう現象です。
だったらペルソナを作ることを一度忘れてみませんか?というのが今回のテーマ。ペルソナを作ることに固執せず、改めて顧客理解に大切な観点をインプットすることで、ビジネス成果という目的に対してのアウトプットに向き合うヒントになれば嬉しいです。前振りが長くなりましたが、役に立つペルソナをつくるにはどんな観点があれば良いのかを網羅的に整理してみましょう。
①ぬるいコーヒーの観点
ホットコーヒーとアイスコーヒーを求めるニーズがいるとします。当然、それぞれのニーズに対して求められているホットコーヒーとアイスコーヒーを提供するのが自然でしょう。しかし、ついつい複雑に考え過ぎてしまった結果、恐ろしい考えに至ってしまうケースがあります。頑張って発見した顧客行動は注意です。例えば…
など、季節要因や生活スタイルによっては両方を飲む方がいることをリサーチして発見したとします。ちゃんと考えればよくある「当たり前」の話です。しかし、時間をかけたりお金を支払って調査した結果であれば、この調査事実を無視できなくなります。そしてできる限り幅広い層をカバーして売り上げを拡大できる方法はないかという思考に陥ってしまいます。
その結果「ぬるいコーヒー」という恐ろしい答えを出してしまうのです。すると…下記の様な奇妙で役に立たないなペルソナが爆誕してしまいます。
②規模の観点
たった1人のニーズ
例えば知人に、何をダイエットに求めるか?と聞いてみたら「楽なこと」という答えがかえってきたとします。直接聞いたので、たしかにそのニーズは存在しています。しかし上図のように、かなりニッチで少数派のニーズかもしれませんので、目指す事業規模やビジネスモデルと照らし合わせながら考えなければいけません。
規模が見込めるニーズ
とあるアンケート結果では上図のように、「1.結果がでること」「2.続けやすい」「3.楽しめる」「4.楽なこと」という順にニーズがある事がわかりました。もちろんプロダクトがこれらのニーズに応えられることは前提ですが、先ほどの様に「楽なこと」というニーズだけへのコミュニケーションよりもはるかに多くの人にリーチすることができます。
「文脈」に落とし込む
ダイエットに求めるニーズにはたくさんあることは分かりました。ではどんな文脈が、より多くのニーズに応えられるのでしょうか?そして、どのニーズに応える文脈が競合優位性になるのか?それを求めている人は誰か?という観点がうまれます。
例えば「楽して痩せられる訳がない!」と考えているいう人に「楽さ」だけを訴求した文脈だと信用されない可能性が高いですよね。
この様に、市場のニーズに対してどの領域までをカバーしたプロダクトやコミュニケーションを定めるのかは、こういったニーズ規模の最大公約数と提供価値とのバランスをみなければいけません。
③コンテクストの観点
欲求の「文脈」
上記は何かしらの課題や欲求を感じている生活者が、[どんな過去]で[どんな現状]だから[どんな未来]を望むのかというものを、プラス・マイナス・ゼロという位置から可視化したフレームワークです。黒い矢印が過去と現状で赤い矢印が求めている未来です。このフレームワークを用いて、「自分の体重や体型が気になる」という状況を紐解いてみましょう。
「体重が気になる」という大きなくくりとして表現していた悩みも、多様な悩み方があり、求める欲求も異なる事が分かります。これらを踏まえてプロダクトのコンセプトが狙いやすい領域と狙いにくい領域を予め抜け漏れなく網羅して仮説を立てる事が可能になります。
欲求の「背景」
「モノ」への欲求
体重が増加したという悩みの解決策として、下記例の様にその人が想起して求める「モノへの欲求」があります。
「コト」への欲求
モノへの欲求の背景にはその人自身のありたい姿があり、下記例の様に現実とのギャップを埋めたい「コトへの欲求」があります。
「状況」が生む欲求
モノの欲求がコトの欲求の間にはその欲求を生む状況があります。
自身の体重や体型を気にされる方は多いでしょう。しかし常にケアができているかというとそうではありません。そんな中、モノへの欲求が顕在化するのは上記の様な状況です。状況が欲求を作り出し、その背景にはその人のコトへの欲求があります。
こういった背景や文脈があることで、単なる「体重が気になる」だけではない具体的に存在する人物像が生まれ、施策やクリエイティブの着想に活かすたり、ワークショップやデスクリサーチにおける仮説の洗い出しがスムーズになります。
④市場とN1の観点
市場
市場とは共通の課題を抱える生活者群というかたまりと捉えてみましょう。体重が増えて気になっている人全員です。その中には、中年男性もいれば、女子中学生もいます。学生もいれば主婦もいれば経営者もいますし事務職もエンジニアも営業の人もいます。つまりバラバラです。この人たち全員にリーチするのはあまりに非効率です。だから狙いを定めなくてはいけません。
セグメントとターゲット
広大な市場を細分化して狙いを定めますが、この目的は自社優位性を確立するポジションを作るためです。媒体やメディアにおいてのデジタル広告なやPRを実施する際は、このセグメントが選定基準になったり、配信設計でも重要になります。
ST・PP
例のターゲットの様に30代〜50代 の「体重を気にしている」女性を戦略的ターゲット(strategic target)にしたとします。ただこれだけだと、ちょっと広すぎて欲張った状態です。この中で最もプロダクト価値を理解してくれるたった1人をPP(プライムプロスペクト)として定めます。例えば「子供の入学式や行事で他人の目線が気になるママ」の様に落とし込めるとかなり具体的です。
実在する人物
データとパワーポイントで作った顧客像だけではイメージできないこともあります。いわゆる空気感はそれに当たるかと思います。ダッシュボードでは認識できないそういった血の通った情報をデプスインタビューなどから探るのも有効な手法の一つです。
これらを踏まえて「本当に実在する人」と「規模が見込める群」という観点を行ったり来たりすることでバランスをとります。
⑤「丸くて白い皿」の観点
こんな話を聞いた事があります。(どこで聞いたか覚えておらずすみません)
このエピソードは、みんなが丸くて白い皿を求めているという話ではなく、たくさんの示唆が含まれている。
課題と受容と需要
オシャレなお皿が欲しいですか?と聞かれたら「はい」と答える人はたくさんいるでしょう。ただ「お金を出してまで欲しいかとなれば話は別だ」という人も同時にたくさんいます。
阻害するコスト
お金を出さない理由は「お金」だけではありません。自宅の食器棚に入らない、使い道がない、持って帰るのが大変、一枚だけあっても意味がないなど、生活文脈においての必需性をコストが上回ると、欲しいの壁は超えても購入の壁は越える事ができません。
充足と満足
品質ということばから、見た目や材質などが優れているイメージがあるかとおもいます。しかし私たちの生活で購入するモノすべてが、そういった評価軸だけで購入判断しているわけではありません。
真っ黒なお皿はきっとオシャレでしょう。しかし、丸くて白いお皿を選んだ女性たちの生活文脈においてそのオシャレさは、なくても構わないがあると嬉しい「魅力的品質」であり、日常生活において使い勝手の良さが「当たり前品質」を感じなかったのかもしれません。つまり、充足できなければ満足もできないので、当たり前品質がなければ購入前のエントリーにすら入れないということです。
しかし、「ママ友が家に来た時に見栄を張るお皿」や「自宅で結婚記念日を祝いたくなるお皿」など、オシャレさが欲求に対して充足を得られる文脈があると、品質の意味合いが変わります。この場合、「見栄を張りたい」や「コロナ禍だから外食でお祝いできない寂しさ」というコトへの欲求を持つ人がターゲットとなります。
⑥収益性の観点
獲得できている顧客への観点
獲得したい(収益性が高い)顧客=獲得できている顧客であれば何も問題ないかと思いまいます。しかし多くの現場で聞くのが「新規獲得が増えたが、でLTVが下がった」という話はよく聞きます。CPAの安さだけを重要なKPIにした結果、インセンティブを高め、購入ハードルを下げ、間口を広げたのであれば当然でしょう。これは獲得したくない顧客が大量に流れ込んだ状態です。新しい顧客に対してLTVを高めるCRMを設計を作ることも重要ですが、必ずしも獲りやすい顧客と獲得したい顧客がイコールではないことも頭に入れておかなければいけません。
獲得できていない顧客への観点
「未顧客理解」という書籍がとても勉強になるので一度皆さん読んでみてください。
そもそもの市場の再解釈が必要です。例えばフィットネスジムを「フィットネスジムカテゴリー内での獲得できていない顧客」だけではなく「フィットネスジムカテゴリー外の獲得できていない顧客」という観点が必要です。
もしかすると「友達や仲間を作る場所」や「リラックスやストレス解消をする場所」という用途から見直したり、「痩せる」ではなく「モテる」や「自信をつける」「本当だったらこんな自分だったはずな自分を取り戻す」など便益から見直すなどの観点から、新しい市場の可能性を探ることで、まだ獲得できていない顧客への可能性を探ることができます。
⑦競合優位性の観点
相手によって競合は変わる
当然ですが「フィットネスジム」にとって他社フィットネスジムは競合です。しかしそれはフィットネスジムというカテゴリー内での比較検討層にとっての競合です。しかし体を動かして健康になりたいというニーズを持つ人にとっては「皇居ラン」が競合になるかもしれません。
競合によって自社の強みも変わる
ランニングマシーンの数が多く待ち時間がないというフィットネスジムが打ち出す優位性も、皇居ランを競合とした場合は優位性にはなりません。景色を見ながら走ったり、仕事帰りでも走れる交通アクセスの利便性、イベントを通じた交流などが皇居ランの便益だとすると、フィットネスジムとして優位性を出すにはそういった観点で優位性と独自性を伝えなければいけません。この様にPOPやPOD、そしてPOFは「誰にとって」「何と比較して」という対象によって自社の強みや弱みは変わっていきます。
まとめ
私たちはあまりにも顧客を知らなさすぎますし、自分の消費行動の背景(インサイト)すら気づいていないことも多いのではないでしょうか。だからこそ自分以上に顧客への理解を深めなければいけません。それがビジネス成果をうむ再現性ある仕組みの根源になるからと僕は考えています。その中で作られる一つの要素がペルソナであり多くの仮説の一つです。
ぜひペルソナを作ることにとらわれず、いろんな観点から顧客の理解を始めてみましょう。
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