医療法人の内紛

 医療法人は、医療機関の運営者として医療制度上重要な役割を担っています。法人化することで,税務上のメリットに加え,事業の永続性確保(創業者が亡くなっても事業を継続できる)や,分院を開設できるといったメリットがあります。
 他方,医療法人特有の法的リスクとして,内紛の問題があります。大塚家具の親子対立は記憶に新しいところですが,内紛は上場企業よりも中小企業に多い問題で,医療法人も例外ではありません。
 内紛にも様々なものがありますが,典型的には,経営者間での対立,事業承継の失敗,乗っ取りなどがあります。


経営者間での対立

 医療法人を共同経営している場合に,経営方針が対立して分裂するような場合です。対等なパートナーシップを組んでいる場合,創業者がいるが力が弱く,他の経営者が積極的に経営上の意見を述べる関係にある場合など,対立は起こりやすいといえます。

 創業者以外の社員や役員が結束して,代表者を交替させる,俗にクーデターと呼ばれるケースもあります。株式会社では古くは三越の事件が有名ですが医療法人においても分院院長が結束して創業者理事長を降ろしてしまうことがあります。

 対立の結果として誰かが辞めることになった場合でも,金銭清算や退職後の取り決め等でトラブルになります。例えば,退社による持分払戻や,残任期の役員報酬,役員退職金などの問題が残ります。

事業承継の失敗

 医療法人創業者の高齢化が進んでおり、事業承継の問題が重要な経営課題と言われていますが、失敗して深刻な対立を生むことがあります。

 例えば,創業者が息子に承継させて引退したにも関わらず,経営に口を出して対立するという場合です。あるいは,創業者が亡くなりその相続人が承継したものの,相続問題のトラブルから兄弟間で対立が起こる場合もあります。親族間承継の場合、親族間特有の感情や人間関係が背景にありますので一度対立が起こると解消は容易ではありません。

 対立が深刻になった場合、旧理事長派,新理事長派などにわかれて社員総会、理事会での闘争になり、さらには社員総会や理事会の無効確認訴訟や、代表権確認訴訟などの法廷闘争に発展することもあります。医療機関としての役割や、法人経営の安定からすると決して望ましい事態ではありません。

乗っ取り

 特殊な内紛として,支配権を持っていたはずの創業者が,意に反して法律上支配権を失う場合があります。

 例えば、経営が苦しい医療法人が素性の怪しい第三者から援助を受け、からめとられてしまい、実質的な支配権を奪われるケース、個人の診療所が法人化する際に法人化のコンサルタントと称する人間が社員として加入しており、社員総会の多数を押さえていて排除できないというケースなどです。医療法上、社員は配当を受けることができませんが(医療法54条)、コンサルタント料名目等で金銭を受け取ります。創業者は当該第三者と対立が起きたときにはじめて支配権を失っていることに気付くことになります。

 弁護士として、医療者の無知に乗じて医療を食い物にする輩を許せないと思う反面、経営者が気づいて相談に来ても法律的に対応が困難な状態となっていることが多く、もう少し早く相談に来てくれていたら、と悔しい思いをすることもあります。

内紛の防止と対策

 医療法人に限りませんが、結局のところ事業を動かしているのが人である以上、内紛を絶対的に防止することはできません。
 もっとも、医療法人の場合、そもそも経営者自身が,法律的に医療法人の支配権確保を意識していないケースがみられます。
 例えば,社団医療法人の理事長は,医療法人の代表者ですが、必ずしも医療法人の支配権を確立しているとは限りません。理事長の地位は理事会の決議によって奪われる可能性がありますし,理事の地位は社員総会の決議によって奪われる可能性があります。そうすると社団医療法人の法律的な支配権を握っているのは理事長個人ではなく、社員総会という会議体ということになります。
 しかし、現実に医療法人の創業者理事長が、このような法的な支配権のルールを知っているとは限りません。私自身、社団医療法人の理事長に「社員構成はどうなっていますか?」と尋ねたところ、「社員?」といった反応をされた経験が何度もあります。医療法人を設立しているものの、その支配構造については知らない創業者理事長が多いことが内紛の根本的原因であると思われることは少なくありません。
 社団医療法人で創業者において一応の支配権を確立するために、社員を創業者とその親族とするなど社員総会において創業者の意向が反映されるような社員構成をとるのが一般的ですが、それでも親族内の紛争により一枚岩ではなくなることがありえます。さらに対策をとるとすれば、社員同士で法人の意思決定の核心的部分について創業者の意思決定に従うこととする契約(社員間契約といいます)を締結しておくことが考えられます(この契約によって、内紛が100%防止できるわけではありませんが、造反行為が契約違反となることで抑止効果は高いと考えられます)。


 

 


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