医師は労働者? ①
医師の世界では,医師は労働者ではないといった考えが根強く残っているようです。医師の先生方からも「労働者と言われるのは違和感がある」といったお話しをいただくことがあります。他方,ご承知のとおり,医師の働き方改革においては勤務医に労働基準法が適用されることを前提に議論がされています。今回,医師は「労働者」かについて法律的な観点から考えてみたいと思います。
1 「労働者」とは?
医師が,「労働者」と言われることに違和感をもつのは,「労働者」について,どこか指示されたとおりに機械的に仕事をする人というイメージがあるからではないでしょうか。
そもそも「労働者」とはどのような人を指すのか自体,実は難しい法律問題です。
例えば一般に会社の役員は労働者ではないとされていますし,ウーバーイーツの配達員は「Uber Eats」の表示を大きく掲げていますがウーバーイーツで雇用されているわけではなくそれぞれが個人事業主とされています。現代では様々な働き方がありますが,どのような人が法律的にみて「労働者」といえるのかは難しい問題です。
労働基準法ではどのように規定されているかというと以下のとおりです。
労働基準法 第9条
この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
さらに内容を明確にするために,昭和60年の労働基準法研究報告において労働者であるかを判断するための基準が示されています。
非常に簡単に言うと,①仕事を断れない,②仕事のやり方について指示や監督を受ける,③仕事の時間や場所が決まっている,④自分で働く必要があり,アウトソースできない,⑤成果ではなく稼働した時間に対してお金が支払われている,といった要素を充たす場合には労働者であると判断されやすくなります。
さらに判断が難しい場合,⑥仕事に必要な備品や費用を事業者が負担している,⑦他の事業者の仕事が自由にできない,⑧税金などの源泉徴収をされている,といった事情も考慮するとされています。
労働基準監督署や裁判所において「労働者」が問題となった場合,これら①から⑧の要素から判断されることになります。
ちなみに労働基準法の「労働者」は労働安全衛生法や労災保険法,雇用保険法,男女雇用機会均等法等などの「労働者」でもあり,労働契約法の「労働者」も同じ意味と考えられています。他方,労働組合法の「労働者」は異なる意味と考えられていますので,ご注意下さい。
2 勤務医は労働者か?
具体的には典型的な病院勤務医で当てはめてみましょう。
① 基本的には外来業務や病棟業務など病院に指定された業務を担当しなければならない。
② 患者の診療における医学的判断は個々の医師に委ねられているが,医療機関の定める業務上のルールには従わなければならない。
③ 勤務時間は厳格に管理されていないことが多いが一応決まっている。勤務場所は決まっている。
④ 担当している診療業務について,勝手に院外の医師に依頼することはできない(あまりにも当たり前ですが)。
⑤ 決まった報酬が支払われ,診療のアウトカムによって決まるわけではない(手術が成功しなければ給料なし,といったことはありません。)。
⑥ 診療において使用する医療機器や検査機器は当然病院のもの(白衣や聴診器などは自前のようですが。)。
⑦ 他業種と比べ広く兼業や副業が許容され,実際に行われている。
⑧ 給料から税金や社会保険料などが源泉徴収される。
このように見ると,典型的な勤務医の場合,①から⑧の要素を概ね充たしているといえます。医師の職業的な特殊性として,個々の患者への診療については,高度な専門性に基づいて独自の裁量で行っていることが挙げられます。病院側から勤務医に対して,「この患者の治療はこのようにしろ」とか「この患者にはこの検査は行ってはならない」などといった逐一の指示は出されません(病院管理者から医師への助言としてはあり得ると思いますが)。また,医師の勤務時間が厳格に管理されていないことが多いことや,勤務医が主たる勤務先以外の医療機関で兼業・副業が許容されており,実際に多くの勤務医がアルバイトをしていることも特徴と言えると思います。
ただ,このような事情だけで,その他の事情を覆して「労働者」ではないとまではいえないでしょう。特に労働時間管理は,医師の長時間労働の温床になっていると言われており,今後は是正が強く求められているところです。
3 医師を請負契約や業務委託契約で稼働させることは可能か?
勤務医が一般に労働基準法のいう「労働者」に該当するということは,勤務医と医療機関との関係は労働契約ということになります。
医療機関側において,労働者ではない形で医師に診療を行ってもらうことは可能でしょうか?
仕事をする契約形態として,例えば,自動車の修理のように成果を目的とした請負契約や,他人のために業務を行う委任契約(業務委託契約)がありますが,そのような形態で医師に診療に従事してもらうことが可能かという問題があります。
実態としてこれまでの勤務医と同じであるにも関わらず,契約書のタイトルを「請負契約」とか「業務委託契約」にしてはどうかというと,これはダメです。実態が労働者である以上,契約書のタイトルを変えても労働者であることに変わりはありません。業務委託や請負といった契約をするのであれば,既存の勤務医の働き方とは全く異なるものにしなければなりません。
ところで,医療法には医療機関に管理者を置かなければならないと定めており,管理者の責務について以下の規定が置かれています。
・医療法15条1項
病院又は診療所の管理者は、この法律に定める管理者の責務を果たせるよう、当該病院又は診療所に勤務する医師、歯科医師、薬剤師その他の従業者を監督し、その他当該病院又は診療所の管理及び運営につき、必要な注意をしなければならない。
「勤務する医師」との文言だけから見ると業務委託や請負を完全に排除しているとまでは読めませんが,医療法が医療の質を担保するために管理者に重大な責任を課していることからすると,管理者が診療に従事する医師に対してガバナンスを及ぼすことが要請されているようにも思われます。
医師が,医療機関と独立した請負や業務委託の形態で診療に従事することは,管理者のガバナンスからも独立して診療を行うことを意味します。そうすると,医療法の建前上,医療機関において請負や業務委託として医師を診療に従事させることはできないのではないかとも考えられます(私見です)。
少なくとも,現在の医療提供体制を前提とする限り,個人事業主的な形態は難しいでしょう。ただし,今後遠隔診療などが発達することで,医師の働き方はより多様性を増すと思われます。時間,場所にとらわれない業務形態は可能となるかも知れません。