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【第一ノ怪】知らないあの子のハナシ

あれは、私が中学に入学して間もない頃の出来事です。
まだ部活動も始まっていない時期で、小学生時代から仲の良かった友人と
クラスが分かれてしまった私は、ホームルームが終わった後、友人のいるクラスに向かいました。

教室を覗くと、先生がなにかの説明をしていて、もう少し時間がかかりそうだと思ったので、待っている間に周辺をうろつくことにしました。

校舎から柔道部や剣道部が使う道場へ続く渡り廊下があって、その横には中庭があります。
そこに植えられている満開の桜が春のあたたかな風と共に花びらを舞い上がらせていました。

渡り廊下から桜を眺めていた私は、いい天気だなぁなんてぼんやりとして過ごしていました。

ですがふと、視線を感じました。
振り向くと、道場の出入口のすりガラスに体操着姿の男子生徒が一人でぼーっと立っていました。

当時通っていた中学は、学年ごとに体操着についている名札の色が分かれていて、一年は黄色、二年は青、三年は緑でした。

見たところ、彼の体操着についているのは黄色の名札。
私と同じ学年です。
けれど、私は彼に見覚えがありませんでした。

一瞬、別の小学校出身の子かな?とも思いました。
なにせこの中学は、市内の近隣小学校三校分の生徒が入学してくるのです。
私も入学して間もないし、知らないことがいても不思議ではありません。
けれど、どうも妙に気になってしまうのです。

すりガラスのせいもあるでしょうが、名札にあるはずの名前が読めない…。濃く太い字で書いてあるものだし、その男子生徒はすりガラスにかなり近い位置に立っていましたから、ぼやけていても名前は読めるはずなのです。

それに、顔も分かりませんでした。顔の特徴というか、目鼻立ちというか、鼻筋はわかるけど、目や口のパーツがないように見えるというか…
そう、まるでマネキンのような顔みたいで、ちょっと気持ち悪いなって…
そんなことを思っていたら

「まりかちゃん?」

声をかけてきたのは、同じクラスの友人でした。
小さい段ボールを抱えて立っています。
しかし、その手に握られていたのは”道場”と書かれたキーホルダーがついた鍵。

訊ねると、友人は先生から頼まれて段ボールを道場に置きに行くところだと言います。

――それじゃあさっき見た彼は鍵もなしにどうやって道場に…?

そう思ってもう一度道場を振り返りましたが、あの男子生徒は姿を消していました。

私は血の気が引いて、友人に今見た事を話して道場の中をくまなく見て回りましたが、誰一人そこにはいませんでした。

その後も彼が同じ学年にいるかどうかも調べましたが見つからず、友人にはぼーっとして白昼夢でも見たんじゃないかと言われる始末。

でもきっと、彼は幽霊だったんじゃないかと思うんです。
だって、そうでなければ説明がつきませんもの。
まぁ…私の見間違いだ、気のせいだと言われてしまえばそれまでですけれど。

当時はそこまで怖いとは思いませんでしたが、よくよく考えるとやっぱりこれって怖い話なのかもしれませんね。
だって、彼が本当に幽霊なら生きている人と区別がつかなかったってことでしょう?

それって普段から気付かないうちにあの世の存在を目にしている可能性がある、ってことになりませんか――?


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