「トマトの隙間」
友人から聞いた話。
彼の母方の実家では、家庭菜園として様々な野菜を作っていて、夏休みの一定期間の滞在中、彼は野菜の収穫を手伝って楽しく過ごしていた。
海が近い土地柄故か、特にトマトは大きく甘く実った。彼の顔と同じくらいのそれを畑から採ってすぐ、少し塩を付けてかじる。それが彼の何よりの楽しみだったそうである。
ある夜、纏まった雨が降った。収穫直前に水を吸いすぎたトマトは弾け、深い傷を作ってしまう。中に小さなムカデが入ることがあるので、雨が上がった翌朝、祖父とともに畑へ向かった。
ハサミを手に茎から切り取るのは彼の仕事である。祖父が抱えている籠に、そのトマトを優しく並べていく。
最終的に裂け目のあるトマトは10個ほどになった。
台所の盥に井戸水を張り、その中にトマトを浸けた。こうすると、苦しがったムカデが出てくるのである。この日浮かべたトマトには幸いムカデはいないようである。安心していると、銀色の水底に沈んだトマトの一つが、奇妙に動いているのに気がついた。
ちょうど生卵を回したときのように、不規則なゆっくりとした回転をしている。
なんだろう、と思い、そのトマトを拾い上げた。何ということはない、瑞々しい美味そうなトマトである。ただそのヘタから側面にかけて、縦に大きな亀裂が入っていた。まるで傷のようで痛々しい。
おや、と思った。中が黒いのである。黒く細い無数の艶めいた線のようなものが詰まっているのが、傷口から見えた。
「髪の毛だ」
彼は思った。瞬間、その髪の毛の塊がぎゅるんと動いた。手のトマト越しに、その振動を感じた。その感覚は二度と忘れないという。
髪が動き、その亀裂の真ん中に、ひとつの目が現れた。二重瞼の、長いまつ毛。大きな瞳だった。今思えば、あれは女のものだったという。
目は彼をじっと見据えた。まばたきをひとつすると、消えた。
はっとすると、手の中のトマトの切れ目には髪の毛も目玉もなかった。赤く澄んだ組織と種が覗くばかりであった。
彼はその足で仏壇にそれを供えた。何となく祖父には伝えていないという。
よくわからない話。
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