「木片」
ヤマさんから聞いた話。
ヤマさんは中部地方某県で測量の仕事をしていた。
ある河川の、荒れた河川敷でのことである。 その日は先輩社員と2人での訪問であった。仕事の下見に来ていたという。
季節は秋にかけてのことで、刈られたばかりのススキが川沿いの段丘の斜面に立てかけられていて、蒸されたような独特の甘苦い匂いを発していたそうである。
ヤマさんは当時まだ若手で、先輩社員の後を追って歩いていた。
ふと、足元に何かが当たったという。カランと軽い音を立てた割に、長靴には重い感覚がして彼は頭を下げた。
それは小さな木の板だった。拾い上げてみると、灰色に汚れた掌大の、おそらく針葉樹で作られた、蒲鉾板のようなものだった。湿り気を含んでいる。
これを蹴ったのかと眺めてみると、うっすらと文字が書かれているようにも見える。あまり気に留めず、その場に放り投げ、先を行く先輩を追った。
滞りなく業務を終え、車に戻ると、エンジンは掛かるものの、何故か前進しない。1速に入れても2速に入れても、車を河川敷から出すことができなくなっ た。
故障かと先輩とあちこちを見て回るが、結局は原因が分からず、レッカーを待つことになってしまった。
車内でヤマさんはその日の工程を思い出していた。 そういえば木片を蹴ったな。あれは何だったんだろうか。故障に関係があるとは思わないが、薄らと違和感があった。拾い上げたとき、何かあったような・・・・・・
彼は車を出た。先輩は近くの商店に電話を借りに行っている。辺りは暗くなりかけていて、川向かいの山際に夕陽が重なっていた。頭上の橋を通る車に明かりが灯りはじめた。
懐中電灯を片手に辺りをしばらく歩くと、先ほどの木片が見つかった。光軸の中ではいっそう褪せた木目が不気味に見え、その上に薄らと見える墨書きが、この長閑な河川敷には明らかに異質に思えたという。
拾い上げて初めて、彼はその違和感に気づいた。裏面がぐっしょりと濡れ、何かごつごつと手に障る。
裏返して、彼は戦慄した。その裏面にはぎっしりと、フジツボが付着していたのである。
咄嗟にそれを放り投げ、車に戻り先輩の戻りを待った。何か明らかに良くないものに触れた気がした。最も近い海岸まで50キロ以上あるこの場所で、フジツボが付着する木片が見つかるだろうか。フジツボは殻だけではなく生きた中身があるように見えた。何より、何故最初に拾い上 げた際にその違和に気づかなかったのか・・・
その後車はレッカーされた。故障の原因までは記憶していないという。
その先輩と行動を共にするときは、度々不思議なことがあったそうである。
ヤマさんから聞いた話。
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