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「真桑瓜」

 ヤマさんから聞いた話。
彼が幼少の頃はまだ家も貧しく、駄賃ももらえなかったので、よく学校帰りの薮でウリを取って食べていたそうである。
 ある夏休みの登校日のこと、数人で帰路を歩いていると、友人の1人が美味い瓜のある場所を知っているから寄って行かんかと言った。

 当時、マクワウリというメロンの原産種のようなウリがどこそこに生えていて、瑞々しい自然な甘みは貴重なお菓子として小学生たちに人気だった。通学路の山道になるものは皆で食べ尽くしており、皆満場一致でその友人に着いて行くことにした。
 
 ここやここや、と友人が案内したのは、町のはずれにある神社の境内の裏手の薮だった。ススキやシダ植物に紛れ、よく見ると細いツタが這っていて、両掌ほどの大きさの黄色い実がどこそこで芳香を立てていた。
 
 ものの数分で、両手いっぱいによく熟れた瓜ばかりを皆取って、神社の石段へ腰を下ろしていた。小刀で割ると、多分に水気を含んだ甘いウリが現れた。早速めいめい食べ始めた。
 

 すると突然、ひとりがわっと暴れ出したという。

 見ると、人一倍大きなウリを抱えた友人が、半身のウリに顔を突っ込んだまま足をばたつかせている。初めはふざけているのかと思ったが、もがくように隣の友人の袖を掴んだので、皆本気だと分かった。
 友人はどうやらウリから顔が外れなくなったらしい。大慌てで友人の手を引っ張ったりウリを上下から引っ張ったりしているうち、とうの本人が渾身の力で両手で引き剥がした。

 一瞬皆が見たのは、ウリの中から彼の鼻へ伸びる腕であった。赤黒く毛むくじゃらで、筋骨隆々の手が、男の子の鼻をつまんで離さないのである。
 男の子が空へ突き上げるようにしてウリを引き剥がしたのと同時、その腕は鼻から手を離して、ウリの中へ消えた。石段の中腹まで瓜は転がり、こちらに断面を向けて静止した。

 ヤマさん含めて皆が一斉に逃げ出した。神社から随分遠くに来たところで、皆息を切らして立ち止まった。件の男の子の鼻は真っ赤になっており、あれは鬼みたいな手やった、すごい力やったと泣いた。



 それから数十年経ち、件の神社は現存するが宅地開発が進んで、鎮守の森も例の薮も無くなってしまった。薮から庚申塔やお不動さんでも見つかれば面白いが、そういう物があったとも聞かない、とのことである。

 悪友たちとは今も付き合いがあるそうで、数年に一度の集まりがあると決まってこの話になる。 

 件の友人は、俺の鼻が高いのはあの鬼のおかげなんだよと嘯くのだという。ハンサムでいけすかない男だ、とヤマさんは笑っていた。

 
 ヤマさんから聞いた話。



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