固焼き卵(Pさん)

 後ろからスッと刃物でも刺すように囁かれた。
「クスリ、やらない?」
 果たして男の手元には、葉書のような一枚の安めの大葉と、大葉に包まれた何物かが端然と自粛でもするように忍ばされていたのだった。赤ちゃんが大人になり、また胎児に戻るようにグーパーを繰り返し、仕上げに溶き卵を悠然と掛けることによって、徐々に成長しているように見えなくもなかった。「私は」と、初めての発語とは思えない流暢さを予感させながら、溶き卵は話し始めた。
「妄想の類とは思えないある経験をしたのだった。床に寝ていたら白熱するアスファルトを掛けられた、というのに近いかもしれない。ゆっくりと近付く液体のようなアスファルトは、その端々から青い炎さえ発していたように、私には見えた。身体をくねらせて青虫みたいに進む類の人を、デパ地下で見掛けたことはないだろうか。太陽が二つに分かれ、私を見下ろした蒼白な顔貌には、そんな趣があったように思われる」
 粉チーズの一つ一つが、徐々に溶けて合わさるように、私達の面目も串刺しになったアロハシャツのように鉛色に変色し、そのうちユニクロとかで安売りされるようになるのだろうか。
 ユニクロは、そんな売り場ではなかった。

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