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引っ越し

近所の治安が悪かった。
偏見であるが、近所に金髪で襟足だけ異様に長いガキンチョがいたりしていた。
お隣さんの反抗期の息子は、夜中に警察がきてどこかへ連れて行かれ、帰ってこない。
道端に若者がたむろし、「喧嘩してぇ」と通行人が通るたびに言っていた。
※最近のヤンキーは、プリウスを改造して乗っている。SDGsの波もここまで来たのだっ!

そう、近所の治安が悪かったので、私は引っ越しをする事にした。
引っ越し先は、駅から徒歩12分だ。
築年数も新しく、スーパーや本屋、文房具屋も歩いて8分ほどの距離にある。最高ではないか。

そう思いながら私は散歩をしていた。
散歩しているとハイキングコース?みたいなものが看板に書かれていたので、そっちに進んでみる事にした。
てっぺんを目指していざ。
進んでいくと、高さが1.5mほどのデッカい檻があった。
罠であろうか。入り口は開いており、中に入った瞬間に扉が落ちてきそうな勢いだ。
粉みたいなものが周りにまかれている。
もちろん、私はこんな罠にかかったりしない。
賢い。
流石にハイキングコースに罠が仕掛けられているのはおかしいと思ったが、そのまま進んでみた。
「Google mapもこの道を示しているし問題ないだろう」

これが、そもそもの間違いであった。

蜘蛛の巣を拾った枝で払いのけ、倒れた木を踏み台に登った。

頂上までもう少しであろうに、明らかに道がなかった。
しかし、人の声が上からする。
私は、ほぼ四つ足の状態で斜面にしがみつき、木の根っこに捕まりよじ登った。
私の木登り経験が活きている。
私は、なんとか頂上にたどり着いた。
頂上の人々は、猿でも出たのかというような雰囲気で私を見ていた。
とても恥ずかしかった。
頂上に登って気がついたのだが、私は道を外れていたみたいだ。
正規の道を見てみると、ちゃんと舗装されており、道沿いに柵も設けられている。
めっちゃ恥ずかしかった。

しかし、道の途中でステキなものを発見したので見ていただきたい。
それは、この記事に載せている写真だ。

私は、この風景を見た時、写真に写っている黄色の部分が綺麗な花に見えた。
琥珀色の花が咲き誇っている!(当時の私は疲れて頭がおかしい)
写真を撮ろうとスマホをかざし、ボタンを押した。
次の瞬間、目の前の黄色の花はなくなっていた。
黄色いの花は、私の見間違いだったのだ。
写真を見返すと納得できる。
植物の葉を照らした太陽光が、反射して輝いていただけだった。
それだけの事なのだが、あの場所が光ってみえたのは、あの一瞬だけだった。
陽はかげり、斜陽となる。
夕方の一瞬の出来事だ。
私が道を間違えて、あのタイミングでないと見ることができない景色であった。
農家さんの着ている作業着が、夕日で輝くのをみたことがある。私がみたのは、そんな琥珀色の花であった。

私はとても嬉しくなった。
舗装された道を帰路につく。

ふと、家の近所の看板に目が留まった。
「猟銃禁止」 〇〇県
ここで銃を撃っちゃいけないよ!と看板が立っているのだ。
しかも、ここは通学路だぞ。
引っ越してもなお、治安が悪い。なんだこの街は...。

この街に来る前、私は田舎ですくすくと育った。都会にも住んでみたが、なんだかんだ緑のある場所に住んでいる。
近所の公園で木登りをするような子どもだったし、環境であった。
だからこそ、今回のように斜面にしがみついてでも頂上を目指してしまう人間になったのかも知れない。

私は学童であった頃、近所でよく木登りをした〝あの木″が大好きだった。
ちょうど幹の分かれ目に腰をかけ、背を任せてくつろげるスペースがあり、私は気に入っていた。よく駄菓子をそこで食べたものだ。
大人になって、帰ってみると、いつしかその木は切り倒されなくなっていた。

小さい頃、木の名前なんか知らなかった。
友達とも「あの公園の木に行こう」
と言えば通じていたし、今でも友達とは通じると思っている。

大人になって、ふと
「あの木はなんて名前だったんだろう?」
そう思う時があった。
覚えている限りの記憶をひっぱりだした。
葉の大きさ、幹の感触、樹高、緑の葉は一年中あった事。
図鑑やネットを探すと一つの名前が出てきた。
“  ホルトノキ ”
と書かれていた。
ホルトとはオランダ語で、「雑木」という意味らしい。
私の記憶に一つの名前がついた。

私は、その事を知った時、誇りが芽生えた。
私が好きなものは、変哲もない名前なのだ。
どこにでもあって、誰も見向きもしないかもしれない。
だけれども、私には1番大切なものだし、それを知っているのは私だけなのだ。
だから、猟銃でもなんでもかかってこい。
かかってこい。人生


渡り鳥のような生活を送っている私は、これまで何度も引っ越しをしてきた。
威勢の良い日もあれば、落胆する日もある。

そんな私に、こんな連絡がきた。
父からだった。
「この鳥の名前わかる?」
犬を散歩している時に、家の庭で見つけたみたいだ。
犬が近づいても逃げなく、飛ばずに堂々としているとのこと。

確かに堂々としている


至近距離で撮影したであろう写真をみていると、じわじわと惹きつけられるものがある。
Googleの画像検索をかけてみたが、私のスマホでは「フクロウ」と表示された。
どう考えてもフクロウではない。
そこで鳥に詳しい後輩に聞いてみた。
たしか後輩は、大学で鳥を研究していたはずだ。

後輩は、「ミゾゴイ」(Gorsachius goisagi)と教えてくれた。
写真の羽の色から、まだ幼鳥とのこと。
夏は日本の南部で過ごし、冬はさらに南へ行きフィリピンなどの南方で越冬をする。研究者は「近づかないで、写真を撮らないで」と警告している。
なぜなら、営巣地に近づくことで繁殖を妨げる可能性があるからだ。
つまり、父よアウトだ。

ミゾゴイは最近、絶滅危惧種に指定されている。
その原因として、繁殖地である日本や越冬地で森林が減少していることが挙げられている。
とはいえ、これはあくまで推測に過ぎない。
ミゾゴイには謎が多く、まだ解明されていないことが多い。

ミゾゴイと調べるとこんな記述と画像がでてきた。

捕食者等が巣に近づくと、警戒行動をとる。警戒行動は、首を伸 ばして警戒対象を注視する。

「ミゾゴイ保護のすすめ方」環境省 自然環境局 野生生物課
プンプンっぽい

画像は、父が撮ったものと完全に一致している。
間違いないだろう。
しかも、このポーズは威嚇らしい。その「敵意全開」の可愛いポーズが、逆にミゾゴイを絶滅に追いやった要因の一つのような気がする。

それにしても、この鳥たちの長距離飛行は大変だろう。
嵐に遭うかもしれないのに、飛んでいく鳥たちを想像すると、身がすくむ思いがする。

私に翼が生えて、どこまででも飛んでいける能力があったとしたらー。
それでも、私は飛行機に乗りそうだからだ。

引っ越しをしても、人生に負けんと勇んでも
結局は、どこか怖がりなのだ。
次、引っ越す時は文明の利器を使わずとも、散歩ができる気の知れた場所にしたいと願った。


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kuzumiman
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