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歌詞における一人称代名詞の話

Intro

今日は「歌詞における一人称代名詞」について書きたい。
一人称代名詞というのは、例えば『私』とか『俺』とか『アチキ』とかの、話し手自身を指す代名詞のことである。

Verse

一人称代名詞が一切登場しない歌詞というのはあまり多くない。
例によって時間がないので超適当な調査だが、取り急ぎUta-Netの歴代ランキングトップ10をざっと見てみたところ、すべての歌詞に一人称代名詞は登場していた。

日本語において、一人称代名詞というのは結構重要な役割を担っている、と思う。

例えば、大半の男性は、小学生の頃に「僕」から「俺」への移行を経験する。「僕」と「俺」の違いを明確に述べることはできないが、少なくともそれが大人の男への移行を示すというニュアンスを、ほとんどの日本語話者は理解してくれるのではないかと思う。

また、日本語の場合、一人称代名詞がジェンダーを示すという特徴もある。近年、特にインターネット上で自らの一人称代名詞として「僕」や「俺」を使う女性が増えているが、これは「わたし」や「あたし」が内包する女性ジェンダーへの違和感が端緒なのだろうと思う。

このように、日本語における一人称代名詞は、文字としてはわずかな違いだが、意味としては大きな違いをもたらすという特徴がある。

そしてこれは、作詞における一人称代名詞の重要性に直結する。
歌詞というのはメロディの制約を受ける上に、文字数の上限も限られるという性質があるので、少ない文字数で多くの情報を詰め込むことが作詞家にとっては重要なのだ。

優秀な作詞家は皆、代名詞(一人称に限らない)に強いこだわりを持っていると思う。

Chorus――ブルーハーツとスピッツ

作詞における一人称代名詞の重要性を伝えるのに、ブルーハーツとスピッツほど適した例はないと思う。

ブルーハーツはパンクバンドで、フロントマンの甲本ヒロトは丸坊主で、最低でも上半身裸、場合によってはフルチンだったりするような男である。歌い方も粗野で、逆にそれがストレートにリスナーの心をつかむ。

一方でスピッツは、ジャパーニーズオルタナティブロックバンド(合ってるかな?)で、実際にはかなり幅広い音楽性を持っているが世間によく知られている楽曲の多くは「優しい」曲調のものが多い。
フロントマンの草野マサムネは、端的に言えば「優男」で、ボーカルとしてもかなり高いスキルを持っており、特にそのハイトーンボイスは多くのリスナーを魅了する。

さて、これらを基に推測したときに、一人称代名詞「俺」が似合うのはどちらで、逆に「僕」が似合うのはどちらだろう。

素直に考えれば間違いなくブルーハーツが「俺」で、スピッツが「僕」という結論になるのではないだろうか。

だが、実際に彼らがよく使う一人称代名詞は真逆――すなわちブルーハーツが「僕」で、スピッツが「俺」なのである。

なぜ彼らは"その"一人称を使うのか

これはなぜか?
推測でしかないが僕の見解は以下の通りだ。

ブルーハーツは「強そうに見えて弱い」を志向し、
スピッツは「弱いが強がっている」を志向しているから。

すなわち、ブルーハーツは見た目には強そうに(粗野に)見えるが、その実非常に繊細な歌詞を書いている。詳しくは別稿に譲るが、そんな彼らの繊細さを表現するために、一人称代名詞は「僕」が最適である。

逆にスピッツは、(それこそスピッツ犬のように)弱いが強がっている姿を表現し続けてきたバンドだと思う。"1987→"という曲は、彼らのデビューから今までを表現した曲だと思うが、以下のように歌われている。

らしくない自分になりたい 不思議な歌を作りたい
似たような犬が狼ぶって鳴らし始めた音

スピッツ"1987→

この歌は、先述の通り"デビューから今までを表現した歌"なので、かなり率直に弱いが強がっているということを明かしているのだが、彼らの歌には(これほど明確ではないものの)常にこの要素が含まれている。

彼らは別々のアプローチを採っているものの、以下の要素については完全に一致している。

  • 自分たちは弱いということ

  • アンビバレントな要素を一つの主体で受け持つということ

このうち『アンビバレントな要素を一つの主体で受け持つということ』について、一人称代名詞は極めて重要な役割を負っている。そのアンビバレンスはすなわち、自分自身が持つ雰囲気(外的印象)と、一人称代名詞が持つ雰囲気(内的印象)の差異だからだ。

作品作りにおいて、アンビバレンスを内包するというのは結構重要だと思っていて、それは(バカみたいな表現だが)作品の深みを増す効果を持つ。

まして彼らはともに「弱さ」に依拠したアンビバレンスを持つので、『人間はみんな弱い』という前提に立つならば、外的要因に惹かれた人も、内的要因に惹かれた人も、最終的にはその弱さに共感して彼らの楽曲を愛すに至るということは考えうる。これが、彼らが時代を超えて愛される理由の一つなんだろうと思う。

Outro

作詞をしてみようと思う君たちへ

上に書いたように、代名詞(一人称に限らない)は日本語にとって非常に重要な要素だ。
初心者が書いた歌詞には、メロディに文字数を合わせるために、ある時は「君」、ある時は「あなた」が使われているようなケースがまま見られるが、ハッキリ言って論外なのでちゃんとそこらへんの平仄は取るように。

例外的にいろんな代名詞が使われている曲もある。
これも詳しくは別稿に譲りたいが、例えば、くるり"琥珀色の街、上海蟹の朝"には『君』、『お前』、『あなた』と三つの二人称代名詞が登場する。
それがもたらす意味について考えてみるのもいいかもしれない。

一人称代名詞が一切登場しない歌詞というのはほんとに多いの?

ブルーハーツの歌詞をアレコレ見てたら、一人称代名詞が登場しない歌詞が結構あった。例えば、"情熱の薔薇"とか。

時間があったらサーベイ的に調べてみたいな~と思いつつ、そもそも歌詞をサーベイ的に調べる方法があんまり思いつかない。

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普段はクジラサウンズという名義で楽曲を配信しています。
歌詞が大好きで、歌詞にこだわりをもって曲を作っています。
本稿で興味を持っていただいた方はぜひ聴いてみてください!

新曲「猫のはかまいり」 mv

「レメディ」 mv

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以上

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