フィリピン音楽と僕 9 - ボンボン・マルコス大統領就任式で歌われたフィリピン国歌
フィリピンでは国民の政治に対する関心は高く、国政選挙では常に80%前後の投票率となっている。テレビや映画で人気の芸能人も積極的に支持候補や自身の政治スタンスを明らかにしている。この点が日本とは大きく違うのだが、フィリピンでは人気商売の芸能人といえども政治に積極的にコミットすることがデフォルトになっている。特定の政治家や政党への支持を表明し、自身の政治的スタンスを明らかにすることは対立候補を支持するファンを逃すことに繋がるが、フィリピンではそれをリスクとして捉えるのではなく、派手なエンタメ界で活動する者であっても一人の国民として政治的な考えをしっかり述べられる方が一人前の人物として捉えられるようだ。
大衆文化と市民生活、政治がシームレスにつながっているフィリピンの様子をエンタメ面からみてみたい。
スターのSNSを見れば誰を支持しているのか丸わかり
TwitterやFacebookなどのアカウントにあるプロフィール写真やカバー写真を掲載するスペースにはみな自撮り画像などを使っているが、フィリピンではその画像に支持している候補の名前(略称)やイメージカラーを盛り込んでいる点が特徴だ。それは一般国民だけでなく、国民的人気のトップスターも同じ。
今回の大統領選でいうと、ボンボンマルコス - サラドゥテルテ支持者は赤と緑のツートンの背景やBBM - Sarahの文字が入れられ、レニ・ロブレド - キコ・パンギリナン支持者はピンクの背景やLeni-Kikoなどの文字を画像の中に入れている。
投稿内容も支持している候補の最新の選挙集会のニュース記事や画像をシェアしたりしているので大変わかりやすい。
投稿には当然ファンからのコメントがつく。マルコス支持者でありながらNadine LustreやLiza Soberanoらロブレド支持者のスターのファンでもある人たち(その反対も)からのコメントもあるが、辛辣なものよりも、
「BBM❤️💚に投票するけどNadineのことは大好き💗」
のような至って正直なコメントのほうが多いように見受けられる。
演説集会はメジャーコンサート並みのお祭り騒ぎ
日本のニュースでも報道されているが、フィリピンの大統領選挙候補者の演説集会はとにかく派手だ。
都市部での集会には支持を表明しているアーティストも集結。壇上に上がり歌や踊りで盛り上げる。地方に行けば、その土地出身のアーティストが候補者に同行し支持の取り付けに余念がない。
数万人を動員する地方集会も珍しくはない。知らずに出くわすと政治集会というよりも大規模な野外コンサートと思ってしまう。
もちろん、この演説集会を見にきているのは中高年層だけではない。若者も大勢参加している。若者たちにとっては同行したスターにも当然関心はあるのだろうが、自分が期待を寄せる候補の勇姿を一目見よう(そして盛り上がろう)というのが足を運ぶ大きな理由のようだ。
就任式でフィリピン国歌を歌ったトニ・ゴンザーガ(Toni Gonzaga)
ABS-CBN のタレントとして司会業でも人気だった女優・歌手のトニ・ゴンザーガが6月30日のボンボンマルコス大統領就任式でフィリピン国歌を歌った。
ABS-CBNといえば1972年にフェルディナンドマルコスの戒厳令布告とともに停波という強硬手段を打たれ1986年のエドサ革命まで沈黙を強いられたフィリピン最大手のテレビネットワークだ。最近もドゥテルテ政権により2020年以来再度の停波の憂き目に遭っている。
そんなABS-CBNにデビュー後間もなくから在籍していたトニが今回マルコス支持を表明し、国家まで歌うことに違和感を感じる方もいるだろう。
しかしこれは彼女自らの意向だけではなく、夫で映画監督のポール・ソリアーノ氏の存在が大きいと思われる。
ポールの父ジェリック・ソリアーノ氏はボンボン・マルコス大統領の妻リサ・アラネタ・マルコスの従兄弟だ。2015年、まだ駆け出しの若手映画監督だったポールとトニが結婚した際に結婚式を盛大に演出できたのもマルコス家の後ろ盾があればこそ。以来ポールはマルコスの息のかかった政治家やマルコス家に接近したドゥテルテの側近政治家のためにCMなどの映像作品を数多く制作している。
今年2月、トニが16年間努めた人気リアリティ番組Pinoy Big Brotherの総合司会を降板し、ボンボンマルコス支持を表明したことはフィリピンのメディアも驚きを持って報道したが、実はトニは2021年11月にボンボンマルコスとサラ・ドゥテルテの政治団体「Uniteam」の旗揚げ集会でもホストを務めており、その集会でUniteamが支援を表明した団体にドゥテルテ大統領誕生の鍵を握ったとされるプロテスタント系の宗教団体イグレシア・ニ・クリスト(Iglecia Ni Christ)がある。イグレシア・ニ・クリストにはABS-CBNの放送免許更新を強硬に反対し停波に追い込んだ政治家の一人ロダンテ・マルコレータ(Rodante Marcoleta)氏もメンバーとして名を連ねているのだ。
このような経緯を辿ってみると、トニが今年までABS-CBNに在籍し、長年看板番組の司会者を務めていたことの方が驚きと言えるのかもしれない。
大統領就任式で国歌を歌ったのはフィリピンを代表する実力派シンガーばかり
就任式での国歌に話を戻すと、これまで大統領の就任式で国歌を歌ったアーティストといえば、ノラ・オノール(98年 ジョゼフ・エストラーダ) 、サラ・ヘロニモ(04年 グロリア・アロヨ)、ジェイク・ザイラス(シャリース)(10年 ノイノイ・アキノ)などフィリピンを代表するトップスターばかりだ。(上の動画は2010年、Jake Zyrusが女性シンガーChariceとして活躍していた頃、ノイノイアキノの就任式でフィリピン国歌を歌う様子)
全国的な知名度で、俳優に歌手、司会もこなすマルチタレントといえば聞こえはいいが、トニも歌手として数枚のアルバムをリリースしそこそこのヒット作を残しているものの、世界的に評価の高いシンガーが数多く存在するフィリピンにおいて彼女が大統領就任式典という大舞台で国歌を独唱するにふさわしい実力を持っているかというと疑問だ。
さらに俳優業、司会業をみても、いずれの分野も本業として秀でているとは言いづらい。
どっちつかずの存在だったトニが歴史的な式典で大役を仰せつかるのはやはり異例としか言いようがない。
外野から見ていると父フェルディナンドから受け継ぐ身内贔屓の人選がここにも現れているように感じてしまう。
熱しやすく冷めやすい国民性は政権にとって諸刃の刃
毎回国政選挙で8割の投票率を誇るフィリピンでは6年後にやってくる「国民の審判」はフィリピンの政治家にとって重大な関心時の一つだろう。
ボンボンはどんな政策を打ち立てるのか。
経済面などでは手堅い組閣ぶりを見せ、サプライズ人事はそれほど聞かないボンボンだが、副大統領のサラを教育相に任命するなど、その意図を測りかねる部分もある。
また、良くも悪くもカリスマ性のあった父親フェルディナンドや前任のドゥれるてとは対照的に地味な印象のボンボン、彼を影で操る黒幕の存在も取り沙汰されている。
熱しやすいが冷めやすいと言われるフィリピン国民。
今回の選挙ではその熱しやすさをうまく味方につけて当選したが、冷めきった時の国民の恐ろしさも父親の時に十分見ているボンボン。
潜在能力が高いと国際的にも評価されているフィリピン(国民)をどのように舵取りするのか。。。
こぼれ話 - 36年前は反マルコス派が掲げた「Unity - 統一・団結」
ボンボンマルコス(Uniteam)はUnity、Magkaisaをキャッチフレーズに選挙を勝ち抜いたが、意外なことに36年前、父フェルディナンドが退陣に追い込まれた時もこの言葉が使われた。
使っていたのは皮肉にもコラソン・アキノを支持した層だ。
今、エドサ革命のテーマソングとしてはApo Hiking SocietyのHandog Ng Pilipino Sa Mundo、フレディ・アギラがリメイクした古いプロテストソングBayan KoとともにMagkaisa (Unity, 統一・団結)というタイトルの曲(上記添付動画)が知られている。作曲したのは1970年代に人気を博したディスコバンドVST & Companyの創設メンバーで現在政治家(前上院議委員)として活動するTito Sottoだ。
国民のMagkaisaによって倒された独裁者の息子がMagkaisaをキャッチフレーズに大統領に就任したのはなんだか皮肉なことに感じる。
国としての体制を確立させる前に大国に占領、翻弄された歴史を持つフィリピンが統一という言葉に思いを馳せる気持ちは十分に理解できる。
しかし、多様化が進み、LGBTなどマイノリティの権利を正当に評価しようとするのが世界の潮流となっている現在、多くの人を一色に塗りつぶしてしまおうとする意味も含むUnityよりも、それぞれの立場の尊厳を認めつつ各々の考えを持ち寄って前へ進もうとするSolidarity=連携・連帯が今後はフィリピンでも重要なキーワードとなっていくような気がしている。
今月は日本でも参議院選挙がある。
フィリピンのような盛り上がりは期待できないかもしれないが、フィリピン人が見せたあの熱気を胸に投票に向かいたい。