犯罪統計データで見る治安の良し悪し -治安はどういった環境で良い?-
神奈川大学 経済学部
浦沢聡士研究室
前嶋謙佑・上倉美月
青木陸斗・浦沢聡士
横浜市に関する様々なデータを用い、市で起こっていることの見える化をしてみよう。今回は、犯罪統計データのうち刑法犯の認知件数を使って、治安と生活環境の関係性を見る。
刑法犯認知件数とは、刑法に規定する罪について警察が発生を認知した事件の数を表すものであり、「犯罪統計資料」(神奈川県警察)よりダウンロードすることができる。この「犯罪統計資料」の中では、認知件数が凶悪犯、粗暴犯、窃盗犯などの罪種別、市内の各区別、さらには時間帯別に報告されるとともに、検挙件数や認知に対する検挙の割合を示す検挙率等について、毎月のデータが、その月が終わってから一か月のうちに公表されている。こうしたデータを利用することで、市内のどこで、いつ、どういった犯罪が発生しているかを知ることができ、治安の良し悪しを捉えるデータと言える。
横浜市は全国の市区町村の中でも最大規模の人口を有するが、刑法犯認知件数データで見る大都市横浜の治安はどのような姿であろうか。また、治安はどういった生活環境で良いと言えるのだろうか?
まず、横浜市全体の治安の状況を確認するため、図1で、刑法犯認知件数を人口で除した市民一人当たりの刑法犯認知件数(これを犯罪率と呼ぶ)を見ると、ここ10年では低下傾向にあり、この間、治安は改善傾向であったことが確認できる[1] 。次に、図2で、2024年8月時点(1~8月の刑法犯認知件数をもとにした値)における市内の各区別の状況を見ると、犯罪率が最も高い区は西区(0.9)、低い区は栄区(0.2)となっている(参考までに、東京23区で治安が良い区と言われる文京区を見ると0.3)。なお、2010年代初と比較すると、現在の犯罪率はいずれの区でも低下しており、また、その低下の程度は、もともと犯罪率が高かった地区で大きくなっていた。
その一方、犯罪率の違い、つまり、犯罪率の高い区と低い区が存在するという状況は変わらない。横浜市で言えば、10年前も今も、犯罪率の高い区としては西区、中区が挙げられ、逆に、犯罪率の低い区としては栄区、青葉区などが挙げられる。犯罪率の違いは、犯罪に関係するその区の特徴を反映しており、一般には、例えば、繁華街で高くなるなどのイメージが持たれるが、横浜市の場合、治安の良し悪しについて、どういった環境との関係性が見出せるのだろうか。犯罪の多寡に関係する特徴については様々考えられるが、本コラムでは、データの利用可能性も踏まえ、①商業力と、②4人以上世帯数といった2つに着目し、犯罪率との関係性を見る。
まず、ここで言う商業力とは、各区の一人当たりで見た小売商品販売額(小売商品販売額のデータについては「横浜市統計書(第6章 経済センサス-活動調査結果)」よりダウンロードできる)の大きさを市全体と比較して示すものであり[2] 、市全体と比較してより販売額が大きい区では1を上回って大きくなり、市内でも商業が盛んな繁華街としての特徴を捉えるものと考える。実際に、この商業力を見ると、最も大きい区は横浜駅周辺やみなとみらい21などを含む西区(5.1)であり、次いで中区(2.1)となっている。逆に最も小さい地区は栄区(0.4)であった。図3では、こうした商業力と犯罪率の関係性を見ているが、商業力の高い区、すなわち繁華街といった特徴を持つエリアで犯罪率が高いという傾向が確認できる。
次に、4人以上世帯については、横浜市に住む全ての世帯のうち4人以上からなる世帯(世帯データについては「横浜市統計書(第2章 世帯の行政区別状況)」よりダウンロードできる)を意味しているが、こうした多人数の世帯が多い区では、いわゆるファミリー層がより多く住んでいるとも考えられ、そうであれば、住宅街といった特徴の一端を映し出しているかもしれない。実際、図4で、4人以上世帯数と犯罪率の関係性を見ると、4人以上世帯数の多い区、すなわちファミリー層が多く住宅街といった特徴を持つエリアで犯罪率が低いといった傾向が見られる。
こうした結果は、いずれもある程度予想され、驚きは少ないが、改めてデータで見ることにより、横浜市の場合、繁華街と言えるような環境での犯罪率が高い一方、住宅街といった特徴を有すると考えられる環境での犯罪率が低いという関係性が見えた。もちろん、犯罪が引き起こされる背景には、失業に代表される経済的な要因、また、そもそも観察されることのない人々の内面的な要因も含め様々な要因が影響していると考えられ、1つ、2つの要因で強い関係性を導くことは難しいであろう。同時に、治安は人々が住む場所を決める上での1つの重要な要素となっており、市内の治安状況の特徴や、そうした状況がどういった環境と結びついているかなどを実際に見て、考えることは行政の視点とともに、市に住む者の視点からも重要ではないだろうか。
[1]刑法犯認知件数を人口で除す理由は人口規模の違いを考慮して市内各区の比較を行うためである。
[2]具体的には、「各区の小売業年間商品販売額÷各区の人口」を「横浜市の小売業年間商品販売額÷横浜市の人口」で割った値を各区の商業力としている。