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真剣勝負の果実

木原伸浩
理学部 理学科・有機化学、生物有機化学、高分子化学

大学に入学して「友だちができるだろうか」と不安に思っている人もいるかもしれません。安心してください。これまでよりも多くの友だちが、それも、一生付き合うことになる友だちができるでしょう。

「一年生になったら、友だち100人できるかな」という歌がありました。小学生になる時はもちろん、大学に入学した時でもそのような期待を胸に新しい世界に入ってきたものです。しかし、どんな場合でも、100人の知り合いはできましたが、100人の友だちはついぞできませんでした。それは当然のことです。友だちなどそんな簡単にできるものではありません。にもかかわらず、大学ではこれまでよりも多くの友だちができるというのはどういうことでしょう。

大学というのは高校までとは全く違います。一番の大きな違いは、皆さんに与えられた自由とそれに伴う責任です。何を勉強するも自由、勉強しないのも自由です。クラブはもちろんのこと、あらゆる活動は皆さんの自主性の下に運営されます。そして、責任は自由の代償です。勉強しないのは自由ですが、その代償は落第です。クラブの運営に責任を持たなければ、そのクラブは消滅します。このような責任を一人で負うことはできません。どうあっても仲間の助けが必要です。

私は大学ではオーケストラに入部し、それに打ち込みました。そのせいだけでもありませんが、成績がふるわず留年をせざるを得ませんでした。しかし、私はそのことを全く後悔していません。オーケストラにつぎ込んだ時間と労力は膨大なものでしたがそれも惜しいとは思いません。私は、自分の技能を向上させ、また、仲間と共に組織を維持し発展させるために全力を尽くしました。そこで得た技能は今でも私の生活を豊かにし、そこで得た仲間は私の心の支えとなっています。オーケストラの仲間は私にとっては「戦友」です。私は彼らを完全に信用することができます。

私が自由を行使したことの代償は留年であり、その果実はオーケストラの発展でした。留年したことは、その後必死で勉強して取り返しました。それが責任ということです。そして、仲間たちと共に果実を分かち合うことができたからこそ、そこに信頼が生まれたのです。

オーケストラを引退した後には、研究室に所属し、化学の研究を始めました。そして、私はここでも新しい仲間を得ることになります。それは、研究に没頭したからこそであったと思います。研究のために研究室に泊まり込むことは普通のことでした。大学は家から通うことも可能でしたが、終電で帰ることがあまりにできなかったので途中から下宿をすることにしました。にもかかわらず、下宿に帰ることすらまれでした。研究室に寝泊まりをしていたのです。

研究というのは先が見えないものです。打ち込んだからといって成果が出るというものでもありません。それでも、私にとって、時間を惜しんで研究をしたという経験がその後の私の全生活を支えていると言っても過言ではありません。あの時、全ての時間を実験に捧げたという経験があるからこそ、どのような状況にあっても実験によって解決できるという自信を生んでいるのです。

もちろん、全ての時間を研究に捧げたことには代償が伴います。私の場合で言えば、通常の意味での青春と言えるような、例えば恋人のような、経験ができなかったことです。しかし、私は後に結婚して、十分に取り戻すことができたと思います。むしろ、そのように研究に打ち込むことによって私はやはり大事な仲間を得ました。彼らは代償なのです。その頃、研究室で同じように研究に打ち込んでいた仲間は、やはり私の「戦友」です。彼らの中には、私と近い領域で仕事をしているものもいれば、ほとんど関係が無くなったものもいます。それでも、どのような場合でも、彼らは私を信用してくれますし、私は彼らを信用します。彼らは「戦友」だからです。

高校でも私はクラブに打ち込んできていました。しかし、大学では同じ「打ち込む」でもその深さが全く異なりました。それは、大学では活動には常に自由が保証されていたからだろうと思います。自分が動かなければ何も進まないのです。クラブでも研究(勉強)でもです。だからこそ信頼できる仲間を得ることができたのです。

私の経験はもちろん非常に個人的なものです。普遍的な真実が含まれているなどと言うつもりは全くありません。それでもなお、大学に入った皆さんに私が言っておきたいのは、常に全力で取り組んでほしいということです。何もかもできるとは思いませんが、その時に最も大事なことに真剣に取り組み、悔いを残さないでほしいということです。大学の時の失敗などはいくらでも取り返すことができます。私も数限りない失敗をしてきました。
しかし、失敗はして良かったのです。失敗を何とかリカバーしようという過程で、私は多くのものを、友も、得ることができました。むしろ、取り返すことができないのは、無駄に過ごした時間です。一生懸命やらずに何となく過ごしてしまった時間です。そういう時間は本当に無駄なものです。

最初の問いに戻りましょう。大学に入ってどれだけ友だちができるかは、あなたがどれだけ真剣に時間を過ごすかによります。あなたが全力で取り組めば、共に戦ってくれる「戦友」を得ることができるでしょう。

大学での友だちと高校までの友だちとの違いは、卒業をした後の近さです。大学での友だちは、まず間違いなく近い業界にいることになります。大学での友だちは、一生仕事の関係で近い関係にあるでしょう。社会に出て頼ることができるのは、人間関係です。もちろん、それには自分がそれなりの実力を持っていることが前提ですが、信頼できる人間関係を持っていれば仕事をする上で大きなアドバンテージを得ることができます。あなたがこれからの四年間で作る友だちは、あなたが豊かな人生を送るための要となるものなのです。

木原伸浩
理学部 理学科・有機化学、生物有機化学、高分子化学

『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。

この文章は2007年度版『学問への誘い—大学で何を学ぶか―』の冊子にて掲載したものをNOTE版にて再掲載したものです。