ひとりごと
「独り言」は、ふと呟いた言葉。
「1人言」は、1人で言っている言葉。
「あーもう!」
台所で妻が大きな1人言を言っている。毎晩、仕事から帰ってから晩御飯を作ってくれる。頭が上がらない。
仕事の疲れと空腹で苛立ちが募っているのだろう。毎日、大きな一人言を言いながら料理を作っている。
仕事を家庭に持ち込まない、と決めた。腹の立つことがあっても玄関の前で深呼吸をして、笑顔で妻に「ただいま」と伝えていた。苛立ちながら晩御飯の準備をしていて、俺の「ただいま」が一人言になることもしばしば。特に気にしていなかった。
結婚して3年が経ったが、相変わらず台所で大きな1人言を言いながら料理を作っている。ここのところ部署移動もあり、仕事のストレスも溜まっていた。仕事を家庭に持ち込まない、と決めたものの妻の前で明るく振る舞うことが難しくなっていた。
「嘘でもいいから、美味しそうに食べてくれる?」
「あんなイライラしながら作った料理じゃ食も進まないよ」
ふいに出た言葉は、自分でも驚くほど棘があり、妻を侮辱するものだった。
「ごめん。美味しいよ」
「ううん謝らないで。いつか言われると思ってた」
妻は苛立ちを隠しきれなかったことをずっと負い目に感じていたことを話してくれた。少しでも気が楽になればいい、と大きな一人言を辞められなかったのだと。
「あなたの為に作ってあげられてなかったな」
妻は独り言を呟いた。