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新刊「精神医療転換のチャンス」
長らく精神医療の現場に携わり元日本医労連精神病院部会長をも務めた氏家憲章さんによる新刊「「変えよう」・「変わろう」精神医療 政策転換の”チャンス”到来」(本体1000円、発行:ホシツムグ)が発売された。
この本のタイトルがすべてを物語っている。
「変えよう」精神医療。これまでの日本の精神医療は、かつては身体拘束もしばしばだった長期入院主体で、今も変わりつつあるものの変えなければならない現実に代わりはない。
そして「変わろう」精神医療。これは私たちに向けられている言葉だと受け止めた。海外において精神医療は医療機関に全面的にゆだねるのでなく、患者を地域でケアする方向へとシフトしてきた。
日本もその方向への転換を目標としているものの、その歩みは遅々として進んでいない。それは人々の意識の問題も大きいと考える。
まず患者の家族の意識だ。もちろん患者をみる家族の精神的、肉体的、経済的負担が大きいのはいうまでもない。仕事をしながらのケア、近所の目を気にしながらのケアなどなど。
必要となる地域ケアシステムの構築
ここで大切になって来るのは、家族だけにしわよせがいかないようにするための公の地域ケアシステムの構築である。
そしてさらに大切だと思うのは精神疾患を抱える人たちが暮らす地域住民による見守り、ケアにある。
精神疾患患者は危険だ、あるいは犯罪を犯すのではないかといった偏見がいまだにあるのも事実。
日本精神科病院協会の山崎誠会長までそういう人たちを病院に収容してあげることは社会貢献だという趣旨の発言をしたことすらあるくらいだ。
家族そして地域住民、つまりみんなが精神病についての意識を変えて行かないといけないということなのだろう。
繰り返しになるが、そのためには公が地域ケアの基盤をきちんと作っていくことが大切となる。
この本の著者、氏家さんは看護師時代に精神科病院の実態を目の当たりにして問題意識を持つようになり組合運動を通じて是正を図ろうと取り組んできた。現場を知っているし、精神科病院の抱える問題を歴史をさかのぼって、またデータを分析して、調べてきた専門家だ。
データから読み取れる変化を促す変化
氏家さんによると、精神科病院の在院患者数はピーク時から9万3千人減少し、精神病床も4万5千床減っており、空の病床も5万8685床にのぼるのだ。これは新規入院患者の減少と長期入院者の減少および認知症による入院者が半減したことによると氏家さんはいう。
2013年に月平均で3万1822人いた新たな入院者が2024年1月には2万8114人にまで減少した。月平均で約3700人減ったのだ。
日本の精神科医療は諸外国に比べその長期入院が指摘・批判されてきたが、その長期入院者も減少を続けていると氏家さん。
氏家さんによると、それは主に在院患者の高齢化によるもので、在院のまま亡くなったり、合併症で一般病院へ転院したり、高齢者介護施設に移る人が増加したからだという。
氏家さんは「在院患者は増える要素がなくなり、減る一方の時代に転換しました。1950年の精神衛生法以来75年の入院中心の日本の精神医療政策は破綻したのです」と話す。
在院患者の大幅な減少は精神科入院医療費の減少に直結する。2004年に精神科入院医療費は1兆4850憶円だったものが2020年には1兆3259憶円と1600憶円も減少している。
国民の20人に一人が精神科を受診しているが、入院患者はそのうちの5%で、外来患者が95%と医療の実態は外来中心になっている。
「しかし、精神医療政策は入院中心という矛盾があるままになっている。正反対で時代遅れなのです」と氏家さんは指摘する。
ベルギーにおける改革を紹介
日本の精神科病院の大半は民間である。精神医療改革を進めてきた海外の場合は公の病院が主体なのとは異なる。
そこで参考になるのが、先進国で民間病院主体のベルギーだ。2010年から改革に取り組んで成果をあげている。
この本でも「ベルギーの「病院改革」のポイント」として参考になる取り組みを紹介している。
それは改革に伴う民間病院の経営的痛みをどのように和らげるかという具体的方策、また地域ケアへの移行とどうリンクさせていくかという具体的なポリシーなどが提示されている。
氏家さん自身の経験とデータに裏打ちされた分析がわかりやすく書かれており、日本の精神医療の歴史と今日的問題そして処方箋を学ぶにはうってつけの資料だ。ぜひ手にとってもらいたい。