労働局のあっせん制度をつかって未払い賃金を取り戻した話
未払い賃金の請求を決意
一年の休職期間を経て職場に復帰したものの、常駐先の作業環境の劣悪さに耐えかね1ヶ月でスピード退職、おどりゃこんなん会社の安全配慮義務違反のせいじゃねーかシゴウたるぞと悲憤慷慨、会社の瑕疵がないかどうか探してみると休職時の作業が思いあたりました。
復職に向けたリハビリと称して会社からシステム開発の課題が与えられたのですが、作業を進めていくうちにどうも上司は成果物を社内で使おうと目論んでいたようです。
おいおい単なる習作なら別に課題を課してもたぶん問題ないだろうけど社内システムとして使うつもりなら立派な労働じゃねーかよー、社内で使うなら会社資産になるわけだけど会計上の仕訳はどうするおつもり? 対になるのは人件費になると思うけどまさかゼロにするわけじゃないよね?
ということで会社に休職時の作業時間分の未払い賃金相当額を書面で請求しました。
それから1週間くらいして文書で返事をしてきました。ほう、感心感心。応答せずにそのまま無視してくるかもと思っていたのでちゃんと文書で回答を返すという理知的な対応をしてきたのは驚きました。
なになに、「休職中の作業は復職をサポートすべく空洞丸さんおよび産業医と相談したうえで提案したものであり、労働にはあたらないから支払う必要はないよ(意訳)」ですか。
なるほどなるほど、まあ予想通りの反応ですね。ここですんなり払ってもらえるとは思っていません。大事なのはお互いの意思をはっきりさせた点です。
ぼく「払って♡」
会社「払わないよ♡」
この意思が明確になったのが大事なのです。
労基署に相談
というわけでやってきました労働基準監督署。うーす、ちょっくら会社シバいてくれや!
ちなみに大事なのは"会社を所轄する労基署"に相談することです。自分の居住地の労基署に相談しにいっても話は聞いてくれますが具体的なアクションは管轄違いなのでとってくれません。気をつけましょう(1敗)。
さて、休職中の作業について会社に未払い賃金を請求したいと相談したところ、「労基署から会社に指導するのは難しい、弁護士に相談してみてくれ」と言われました。というのも、本件は労働者性*1がはっきりしないからです。
本件の場合、休職中の作業であって一般的な労働の性質とははっきりと異なっており、業務が指揮監督下にあるかどうかが微妙なところで、
・作業ペースは体調に合わせて調整してよく、作業時間が決まっているわけではなかった。また、断ることも(一応は)可能であった。
という点から指揮監督下になかったとも言えるし、
・作業工程表を引いた上で作業を進めよとのお達しがあり、一定の進捗ごとの報告を要請され、作業成果に対するレビューでたびたび指摘があったので、実質的に作業指示はあった。
という点から指揮監督下にあったとも言える玉虫色の状態だったのです。
応対してくれた担当者さんによると、明らかな給料不払いなど相手がクロであるとはっきりしている場合なら会社に是正勧告できるが、本件のような争点を満たしているかどうかに濃淡のあるケースの場合、労基署が動くのは難しいそうです。
なんだ労基署意外と頼りになんねぇなと思った方、その認識でおおむね正解です(証拠があいまいな状態で公権力を発動されるほうが問題ですからお役所の態度としては正しいのですが)。
労基署の是正勧告とはいっても結局のところ会社に自主的に労基法を守ってもらうよう督促するにすぎませんので、会社側が支払いをゴネたり無視したりする場合もありますし、仮に払ってもらえるとしても、もともと支払うべきであった賃金にすぎず、かけた時間と手間の割には合いません。
いちおう労働基準監督官は労働基準法に違反している会社に対して出頭命令ができ*2、場合によっては書類送検する場合もありますが、仮に書類送検になったとしても2/3くらいは不起訴になります*3。どうやら日本では1円のお釣りをチョロまかすよりも労基法違反のほうが些事であるようですね(事件の複雑性がそうさせるんでしょうけど)。
そういう実情があり、未払い賃金+手続きにかかった時間と労力分をMAXでぶんどるのであれば司法のお世話にならざるを得ないのが実情です。労基署に過度な期待をするのは得策ではありません。
労基署のいいところは無料で相談できる点です。会社とバトルする際、労基署に相談したけどかんばしい結果が得られなかったという言い分を作るために、係争前の初期段階で労基署のお世話になるのは無駄にならないと思います。労基署の次の相談先や使える制度を教えてもらえたりもしますし。
この日の相談は県の弁護士会と法テラス制度の紹介とパンフレットをもらって終了。ほら次いくど~
弁護士に相談
今回お世話になった弁護士の先生は弁護士会から紹介してもらいました。
弁護士会に連絡し、相談内容によって弁護士と事務所を紹介され、相談日を予約し、当日現地で相談するという流れです。
神奈川県弁護士会には、労働審判等を考えている人向けの初回30分無料相談についての案内があります。神奈川県以外の各都道府県でも同様のサービスが各弁護士会のWEBサイトに載っている場合がある*4ので活用してみましょう(これは法テラス*5とはまた別枠のサービスです)。
日本労働弁護団のホットラインに電話相談してみてもいいですが、居住エリアによって曜日が限られているうえに、だいたいいつも通話中でなかなかつながりません。弁護士会に連絡するほうが確実かつスムーズに話が進むと思われます。
個別の弁護士事務所に直接連絡する方法もありますが、当該弁護士がどれほど労働問題に詳しいかは未知数ですので、やはり弁護士会に相談するのが安牌だと思います。初回無料相談やってる弁護士はやたら成功報酬が高かったりしますしね。
弁護士の先生によると、労基署で言われた労働者性と、製作したシステムが実際に使われているかどうかがポイントになるとのこと。最初にシステム要件を示した指示メールが残っていたらなお有利になるらしいです。
うーん、参りました。会社サーバーに製作したシステムを反映させる作業が社内事情で延期になったまま僕は退職してしまったのでその後システムが稼働しているかはわかりませんし、上司から送られてきた要件定義の指示メールはピンポイントで見当たりません(添付ファイルだけは残っています)。
状況を把握した弁護士先生もちょっと困り気味で、このまま労働審判につっこむと不利だから労働局が窓口のあっせんという制度を使ってみたら?とのことでした。
証拠保全が甘かったですね。次はうまくやりましょう。まあ諦めるのも癪なんでアドバイス通りあっせんを申し出てみます。
労働紛争解決手段について
あっせんという耳慣れない用語が出てきましたのでここでいったんみなさまのためにぃ~、労使間の紛争解決の手段について整理しておきましょう(興味のない方・制度に詳しい方は飛ばしてOKです)。
細かい手段を除けば、『通常訴訟』『労働審判』『民事調停』『あっせん』の4つを覚えておけば十分だと思います。
通常訴訟とは一般的なイメージにある通りの裁判です。費用も時間もいちばん時間がかかります。双方の主張・争点を徹底的に戦わせるため、ぶん取れる額もいちばん期待できますが、初手でこれを選ぶのはなかなかパワーがいります。
あっせん・民事調停で折り合わなかったら通常訴訟に移行することもできるので、通常訴訟は最終手段と心得ておいたほうが良いでしょう。
労働審判とは、労働問題に特化した紛争解決手段で、調停(≒和解)をめざして3回の審理が行われます。
通常訴訟よりもスピーディーに、かつ、あっせん・民事調停よりも大きい解決金額が期待できますが、きっかり3回の審理で終わる関係上、提出する資料や答弁書の質を通常訴訟の場合と同じくらい充実させておかないとかえって不利になる場合もあるとか。
まれに弁護士をつけずに単独で臨む方もいるようですが、上記のように通常訴訟とは違った難しさがあるため、弁護士に代理人依頼する方が無難です。
民事調停とは、民間人の調停委員が双方の事情を聞いたり、譲歩を促したりして、紛争を解決する手段です。これも和解が前提です。
労働審判の登場で最近は影が薄くなりましたが、民事的な紛争なら労働問題に限らず幅広く扱えるのがメリットです。
あっせんよりは時間がかかるものの、通常訴訟よりは早く解決でき、あっせんと違って合意した金額の支払いがなければ強制執行もできます。また、調停が成立しない場合、通常訴訟への移行も選択できます。
けっこうメリットの多い手段に思えますが、自分と相手と双方が譲歩しないと話が進まないうえ、そもそも相手が出頭してこなければ民事調停自体が成り立たない(不調といいます)ので万能ではありません。
あっせんとは、あっせん委員という労働問題に詳しい有識者が間に入って双方の主張を確認し、妥協点を提案したりして紛争を解決する手段です。これも和解が前提です。
紛争解決手段のなかでは唯一無料で利用でき、解決までの日数ももっとも短くすみますが、期待できる解決金額ももっとも小さいです。
1回の審理ですべてを解決する必要があるため、1つの争点だけに焦点を絞られ、別の争点は考慮されません*6。
また、仮にあっせんで合意した金額が期日になっても払われなかった場合、強制執行するには裁判を起こす必要がありますし、民事調停と同じく相手があっせんを拒否ないし出頭しなかった場合は、あっせんが不成立になります(しかも断った側のペナルティはなにもありません)。
このように紛争解決手段としてはやや弱いところがありますので、相手があっせんに応じてくれるかどうかを見極めたうえで選択する必要があるでしょう。
なお、あっせんは労働局が窓口になるものと労働委員会が窓口になるものとの2種類があり、扱える労働問題が異なるので制度利用の際はよくご確認を。
あっせん申請
というわけで再びやってきました労働基準監督署。ちっすちっす、ちょっくらあっせんやりたいんですけどどうすればいいっすか~?
「はい、じゃあこちらの申請書に必要事項をご記入ください」
※画像は厚生労働省「個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん)」のページ下部「あっせん申請書(PDF形式)」より
え、そんな簡単にできちゃうんですか? はい、できます。
あっせんは紛争の早期解決を指向しているのか、A4サイズの紙ペラ一枚書けば申請できるんです。
「あっせんを求める事項及びその理由」を書くのに細かい資料は必要ありません。時間軸に沿って発生したイベントと要求事項を簡潔に書けばいいだけです。パンフレットに記載例が載っていますし、労基署の担当者に相談すれば書き方を教えてくれます。
そして「紛争の経過」です。あっせんを申請する、すなわち第三者の介入を求めるからには、会社との交渉がこじれている状態にあると示す必要があります。だから、最初に未払い賃金の請求を会社に送る必要があったんですね。『会社に未払い賃金の支払いを文書で要求したが、会社は払う意思を示さなかった』と堂々と記載しました。
労働局からの確認電話、相手の承諾、追加資料送付
申請書を提出してから数日後、労働局からの郵便と担当者から電話がありました。申請書の内容に間違いはないか、内容についての簡単な質問、この内容で相手に送るが問題がないかといった確認の連絡です。
問題ない旨を回答して、よろしくお願いしますとお伝えしました。相手があっせんに応じるか否かが決まったらまた連絡をくれるそうです。
それから約一週間後、また労働局から郵便が届きました。中身は……
「あっせん開始のお知らせ」
よし、勝ったッッ!と思いました。会社があっせんに応じる意思を示したのです。つまり、いくらかは払うつもりがあるということ。
和解が前提のあっせんですから金額はあまり期待できませんがそれは織り込み済み。なかば社会勉強のつもりでやっていますから額の多寡はそれほど重要ではありません。
大事なのは、公に用意された社会制度を使って会社を動かした点に尽きます。つまり他の人にも再現性がある。そう、あなたにもできるのです! おれもやったんだからさ(同調圧力)
それにしてもちゃんと会社が応じてくれて助かりました。もし会社があっせんの参加を拒否していたら、赤字覚悟で労働審判につっこむつもりでいましたからね。
労働審判になったら仮に未払い賃金が支払われても弁護士費用をまかなえるかわかりませんし、会社が勝ったとしても元から払わなくていいと思っているお金を払わずに済むだけで僕からお金を取れるわけではありません。あっせんより時間もかかります。つまり僕も会社も損するだけで儲かるのは弁護士ばかりという状況になるのです。
それでもあっせんが拒否されればやるつもりでいました。不合理を最後までやりきるのが"本物"だってインターネットに書いてあったので。
あっせんが決まってからは追加資料を作って提出しました。
埼玉労働問題相談所・春日部のサイトによれば、あっせん委員はちゃんと資料に目を通してくれるから、自分自身の主張の根拠や補強になる資料は作ったほうがいいとのこと。
実際、僕のあっせんのときも担当のあっせん委員は資料を読んでおいてくれたようですし、会社側も資料を作っていたようでした。もし作らないままあっせん当日を迎えていたら、会社側の言い分に押されて不満の残る結果になっていたかもしれません。
追加資料の内容は、あっせん理由の陳述書をあらためて作成し、その文章の流れに沿ってメールのやりとりなどの証拠資料を添付していきました。こんなかんじです。
資料の送付はあっせん申請時にもできますが、追加資料の必要性に気づいたのが申請後であった点、申請直後はまだあっせんそのものが成立するか不透明であった点をかんがみると、あっせん開催が明確になったこのタイミングで送付したのはちょうどよかったと思います。
あっせん当日
とうとうあっせん当日がやってきました。いざ鎌倉!
あっせんは裁判ではないので開催される場所は県庁近くの雑居ビルでした。この日の午前中ですべてが決まります。
指定された階に着くと労働局の担当者に案内され、開始時間になるまで控室で待機します。廊下の脇にいくつか控室があり、奥にあっせん室(あっせん委員とじかにやり取りする部屋)があります。
僕と会社のそれぞれの主張はあっせん室にいるあっせん委員を通して伝えられるため、お互いが直接顔を合わせる機会はありません。
当日のあっせんの流れはだいたい以下のとおりです。
詳しくみていきましょう。
■あっせん委員からの質問
やはりというべきか、お互いの主張にかなり食い違いがあるらしく、そのあたりの疑問点について質問されました。こんな感じです。
こんな感じでいくつかの質問に答えると今度は会社が質問を受ける番になります。その間は控室で待機。
ふたたびこちらがあっせん室に通されると、あっせん委員から和解案を提案されました。
■あっせん委員から和解案の提案とこちらの譲歩案の伝達
こんな感じで、どこまで譲歩できるかを訊かれました。重要なのは、会社の提示してきた金額をそのまま受け入れる必要はない点です。
会社としてはできるだけ安く済ませたいはずですが、あまりに安すぎて突っぱねられ、裁判に突入されても困るはずなので、ある程度の金額釣り上げには応じてくれるはずです。
■和解案の再提案、合意
ということで、その場で作成された合意書にサインとハンコを押し、振込先の銀行を伝えてあっせんは終了しました。ここで合意された金額は後日しっかり振り込まれました。
終わりに
これにて未払い賃金奪還RTA あっせん利用チャート、完走しました。
完走した感想ですが、あっせん当日の審理時間はせいぜい2時間くらいしかかかっておらず、当日までにおこなってきた関係機関への相談や資料作成にかけた時間と比べるとずいぶんあっさり終わった印象を受けます。
金額もけっきょく0.75ヶ月程度と微々たるものではありますが、もともとあっせんで期待できる和解金額は少ないので仕方がありません*7。証拠保全がガバガバだったのが悔やまれますね。再送する際はメールのやりとりに加えて関係者との会話音声も残しておき、労働審判ルートに分岐できるようチャートに書いておきましょう。
とはいえ、かかった費用は数回の弁護士相談費用と交通費で約2万円弱、係争期間は5ヶ月弱ほどです(未払い賃金の請求書を会社に送った時点からカウント)。
すべてが手探りで進めたにしては低コスト・短期間で決着できました。手際のいい人だったら数ヶ月で終わらせられるんじゃないでしょうか。
訴訟なんて面倒なことはやりたくないが、会社に一泡くらいは吹かせてやりたいと思う人にとってはあっせんは手軽な手段だと思います。
今回の紛争解決にあたっては、名古屋市の社会保険労務士・司法書士事務所「すずきしんたろう事務所」のWebサイト「小さな・労働相談室」内のコンテンツ『こちら給料未払い相談室』を大いに参考にさせていただきました。
それぞれの労働紛争解決手段の特徴・メリット・デメリット、業界の現状などがつぶさに記述されており、紛争解決の流れをイメージする上でたいへん助けになりました。この場を借りてお礼申し上げます。