或る、手
「おめでとうございます!」
カメラのフラッシュが、1人の女性の周りで瞬く。
「斎藤教授の開発した義手、すごいですね!」「普通の腕ともはや見分けがつかないくらい精巧で」
賛辞の言葉も彼女を包んだ。
別の報道記者が質問する。
「ところで、研究を始めたきっかけは?」
やや上目遣い気味に壇上を見つめる彼と、視線がぶつかった。
眼鏡が似合う斎藤教授はマイクを手にぽつりと話し始めた。
「元々理数系が得意で、人体にも興味があって、まあ、やっていくうちにどんどんはまっていったという感じでしょうか」
そこで言葉は途切れた。
記者は僅かに顔を歪めた。
それに気づかないふりをして彼女は続ける。
「いろんな人にお世話になって、協力してもらったからこそ、できたものです。関わった全ての人に感謝しています」
授賞式が終わり、会場近くのバーで斎藤は一息ついていた。明日も取材があり、研究の時間を奪い取られそうだ。
「お疲れ様、乾杯」
杯を交わしたのは研究所の一番弟子だ。
「いやー、良かった良かった。それにしても相変わらずの受け答えでしたね、先生」
「だって、身内に手の不自由な方はいるんですか? とか聞きたそうな目をすっごくしてたの。だからスルーした」
そこでグラスを空にした彼女は続けた。
「美談を求められるの、嫌なのよね」
「まあ、わかります」
「私さあ、ぜんっぜん覚えてないんだけど、こういうことがあったらしいんだよね」
早くも一時間が経過し、斎藤の顔にはなかなか赤みが差している。
「なんか、3歳くらいの時、親に展覧会に連れていってもらったんだって。その展示の中に義手があったらしいんだ。今よりもっとメカニカルな感じの」
「へえ」
「親は興味がそんなにないから、すぐ別の所に行こうとしたんだけど、そしたら当時のちっちゃな私が言うんだって」
「なんて?」
「おててもっと見たい!って」
彼女は頭を掻く。
「なんかかなり気になってたみたいで……10分くらいその場にいたとかなんとか」
「初耳ですよ。三つ子の魂なんとやらですね」
スタッフは苦笑する。
「ま、そのおかげで今の僕らがあるので。ありがとう昔の先生! 乾杯!」
「なにそれ……まあいっか。乾杯!」
二人の腕の延長線。
チン、とグラスが鳴った。