気になるなら気にしていい
昔から肩こり・腰痛もちで、2年前、40代にして腰部脊柱管狭窄症の手術を受け、入院中に首の痛みが悪化して腕がしびれ出し、頸椎を固定する手術も必要とされた女性が相談にみえました。
術後も脚のしびれが続いていること。
首や腕の症状もまだあるものの、手術をしなければならないのが不安なこと。
この2年間、あちこちに相談してまわったこと。
予診票にも「心配性でメンタル弱めです」と書いてあったのですが、首・肩・腕・腰・脚の症状について、身振り手振りを交えながら、漠然としながらも困っていることを強く訴えられます。
私はお話を伺いながら、首を傾げたり強くうなづくなど大きなジェスチャーをとりながら話されているご様子に、首の手術が必要なのか疑問を感じました。
無責任なことは言えませんが、手術が必要なほどの方には首をできるだけ保護しようする挙動が見られることが多いからです。
腕や脚のしびれ感を調べても、神経の麻痺によるものではないような印象です。
身体を触診してみると、あちこちに機能障害が認められ、ご本人が訳のわからない状態になっているのも頷けます。
そこで、細かく評価してポイントを絞るよりも、全体的に機能障害のボリュームを下げるとこからはじめました。
要するに全身マッサージのような感じです。
評価しターゲットを絞って介入する方法に対し、全体をカバーしながら徐々に範囲を狭めていくような方法です。
釣りに例えるなら、前者が一本釣り、後者が投げ網漁のような感じでしょうか。
漠然とした訴えに対して、漠然としたアプローチからアプローチを始めることができるのも手技療法の使い勝手が良いところ。
ただし、この方法は気をつけないと惰性に陥りやすいので、いずれはターゲットを絞っていくことを念頭に置いておく必要があります。
こうして初診を終えてセルフケアをお伝えしたのですが、2回目、3回目と受診されるたびに、訴える部位や状態が次々変わっていきます。
臨床ではよくあることですが、そのことについて伺うと
「これまでもいろいろな先生から、あまり気にしすぎなように、悪いところを数えないように言われてきたんです」というお話しでした。
このアドバイスもよく用いられるもので、上手くいくならそれでも良いのですが、意識しないようにすることでかえって意識を強めてしまい、それがストレスとなる場合もあります。
そこで私は言いました。
「気になるなら気にしていいですよ。では、せっかく気にしたことを忘れたらもったいないので、そのことをよく覚えておくようにしましょうか」
現在の状態に囚われてしまっているので、過去の状態も覚えておくことで比較できるようにしました。
気になることを打ち消すのではなく、それを活かして使う。
これなら、気にしないようにするよりも負担は少ないです。
その後、最初の問診のときに、過去の状態の振り返りと今の状態との比較をするようにしました。
これを意識することで冷静さを取り戻されたのか、症状の訴えは漠然としたものから具体的に、全体的なものから限局的にはっきりしてくるようになり、制限が残っている部位へのセルフケアを覚えることで、症状が自分でコントロールできるようになってくると、より落ち着いていられるようになりました。
ただしこの方法は、機能障害の改善が見込めるものの、不安が強いときに有効になると思います。
改善が見込めないのに状態を記憶させても不安は続く可能性が高いですから。
また、治療家側から「前回と訴えているところが違いますね」と圧力を加えるようなことをすると反発を生むこともあるので、こちらも用いるなら慎重になりたいところ。
あらゆるアプローチが手段に過ぎないので、適用・不適用、合う・合わないを見極めつつ進めなければいけないでしょう。
やがて「来月から職場が人手不足になるので、次にいつ来れるかわかりません」ということになったのですが、私はお伝えしました。
「これまでの成果が試されるときですね。身体も良くなっているし、ご自分でコントロールできるようになっているのできっと大丈夫ですよ。困った時にはいらしてください」
疲れたら気になるところはあったとしても、不安にさいなまれることなく、生活に適応して暮らしていけるようになったらいいなぁと思っています。