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天外探訪① 合法麻薬《エル》薬局
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街角に派手な電飾看板が出ている。
天外に数え切れないほどある合法麻薬《エル》薬局だ。
店の前にある喫煙ボックスの中では、過労死寸前の顔色をしたサラリーマンが電子煙草で合法麻薬《エル》リキッドを吸っていた。
男子高校生、衛木《えぎ》流渡《りゅうと》は恐る恐る店内に入った。
ここは閉鎖区画・購坂フォートの外で、フォートを取り囲むように発展している歓楽街の一角だ。
フォート内は合法麻薬《エル》や酒、漫画やアニメその他の娯楽が大きく規制されているため、住人は一時の気休めを求めて繰り出すのである。
天外市内では比較的治安が安定している地帯とは言え、外界は総じて危険だ。フォート育ちの流渡はびくびくしながらさかんに店内を見回した。
どぎつい色合いのポップアップ広告が並び、販促モニタでは各製薬会社のCMがエンドレスで流れている。
『輪違《わちがい》製薬の合法麻薬《エル》は絶対安全、完全合法! いつも元気なあなたになろう』
『明日も仕事なのに休めない、体が重い……そんなときはドレンクロム! さっと溶けてすぐ効きます! あなたの体も軽くなる!』
隅には小さなイートインスペースがあり、合法麻薬《エル》ドリンクバーが設けられている。仕事の行き帰りらしい男たちが数人いて、それを飲んでいた。
「あの」
流渡はカウンターの店員に声をかけた。若い男で、退屈そうにスマートフォンをいじっている。
「合法麻薬《エル》ってどういうのがあるんですか」
店員は流渡の様子をうかがった。すぐフォート住民だとわかったらしい。
一年中霧雨が降り続ける時代になると、日照の低下からメンタルを病む市民が激増した。そういった事情から薬事法が改正され、麻薬の一部が合法化した。
それらはリーガル・ドラッグの頭文字を取って合法麻薬《エル》と呼ばれ、今日では栄養ドリンクのようにごく一般的なものとなっている。
「アー、用途はどういった?」
「試験勉強用です」
流渡は藤丸邸でコック見習いとして働いている上、高校生としての学業もある。試験期間になると連日きつい思いをするため、同級生が話していた合法麻薬《エル》に頼ってみようとフォート外に足を運んだのだ。
店員は慣れた様子で話し始めた。
「そんならドレンクロムだね。一発で目が覚める。ドリンクのほうがすぐ効いてくるし効果も長いけど、錠剤のほうがいっぱい入ってるから割安だね。ただドレンは人によっては気分が悪くなるから、そういう人はフェイゾンがいいよ。フェイゾンは合成カフェインね。まあ好みによる」
「ドレンクロムは神経が張り詰めて眠れなくなるって聞いたけど」
「それなら一緒にシンセメスクも買いな。これ酩酊タブレットってヤツね。飲むと酔っ払って頭がフワフワする。飲むっつうか、噛み砕いてからベロの下でゆっくり溶かす感じね。じわじわ効いてきてリラックスするよ」
「じゃ、両方ください」
「モロコは一緒に?」
「モロコって?」
「合法麻薬《エル》って経口薬がほとんどだから胃に来るんだよ。モロコは胃壁を保護するミルク味の飲み物。これ一緒に飲むと荒れない」
「じゃ、それも……」
「毎度。おっと、ベロセットの試供品が余ってた。やるよ」
流渡はぞんざいに投げ渡された薬品をあわてて受け取った。
試供品と書かれた小さな箱に、青い液体の入った小さな試験管が一本入っている。リキッドタイプの合法麻薬《エル》である。
「それホントは電子煙草で吸うんだけど、加湿器のタンクに入れると部屋中に麻薬成分が充満してスゲーことになるぜ。ダチ集めてやってみな」
店員はニヤリとし、流渡に囁いた。
「女がいればそのまま乱交にもつれ込める」
「ど、どうも……」
流渡は財布を取り出しかけて、そのとき初めて「未成年者に合法麻薬《エル》は売りません」という大きな張り紙に気付いた
ちらりと店員を見る。
店員は同じく張り紙を見て、肩を竦めた。
「こんなのマジメに守ってる店はどこにもねえよ」
流渡は急いで金を払い、合法麻薬《エル》の箱を懐にしまって足早に店を出た。
途中、ベロセットを取り出してそれだけは側溝に捨てた。
(天外探訪:①合法麻薬《エル》薬局 終わり)
ブロイラーマン本編
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