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梔子とヤブルー(4/5)
4/5
ヤブルーのシャウト!
「キェエエエ――――――――ァァアア!!!」
ゴーストクォーツは空中で人魚のように身をよじってシャウトを回避した。床下に逃げ込んでばかりはいられない。ヤブルーが永久に狙いを変えるかも知れないからだ。
シャウトが彼女の片足をかすめた。
ザワッ。
ノイズめいてゴーストクォーツの片足が消滅した。
成り行きを見守っていた永久が叫ぶ。
「花切さん!」
だが手出しのしようがない。血族同士の戦いに人間の力が何になろう。
工場の外に逃げ出そうにも、特殊部隊隊員のアンデッドワーカーが包囲している。のこのこ出て行けばたちまち蜂の巣だ。永久は無力感を噛み締めた。
テーブルのすぐ近くに鍵崎が倒れている。永久は手錠をかけられた手を伸ばし、鍵崎を掴んでテーブルの陰に引っ張り込んだ。鍵崎は意識を保っていたが、鼓膜を破られたらしく、口をぱくぱくさせている。
永久は鍵崎の心中を察した。彼は正義感を市警のB案件隠蔽体質に裏切られた。永久に裏切られ、今副署長にもまた裏切られた。永久は鎮痛な面持ちでつぶやいた。
「あなたを騙していた」
その言葉は聞こえなかったが、伝わってはいたようだ。鍵崎は大事そうに抱えていたものを永久に渡した。閃光手榴弾だ。アンデッドワーカー隊員のベルトから奪ったものだろう。
彼は言った。
「あなただけが戦い続けていたんだ。たった一人で」
永久は笑って首を振った。
「一人じゃないわ。あの子たちと花切さんがいた。今、あなたもいる」
閃光手榴弾を受け取り、ピンを抜くと、床を滑らせるようにして副署長の足元へ投げた。
カラン、カラン。
息を吸い込みかけていた副署長がそれを見下ろした。
「あ?」
ドォオン!
「ぐわあああ!?」
顔を抑え、仰け反る。ヤブルーは自らの能力の関係上大きな音には強いが、光に対してはそうでもない。
「人間《血無し》めがァアア! カァァッ!」
短いシャウトをめくらめっぽう連続して乱発!
ヤブルーがようやく視界をわずかながら取り戻したとき、その視界に映ったものは、自らに向けられた大量の銃口だった。アンデッドワーカー隊員や組員たちの銃だ。ポルターガイストによって宙に浮かび、ヤブルーを取り囲んでいる。
ヤブルーは口をぽかんと開けた。
「あ……」
ゴーストクォーツは手を銃の形にし、ヤブルーに向けて呟いた。
「バン!」
パラララララララララララララララララ!
360度から大量の銃弾を浴び、ヤブルーは血飛沫を上げながらくるくると舞った。
「ぐわああああああああ!」
すべての弾層が空になると、ヤブルーは踊り疲れたバレリーナのようにその場に座り込んだ。驚くべきことにまだ息があった。
「なぜだ……なぜこんな市《まち》のために……ここまでする……」
永久がその額に自分の拳銃を突きつけた。
「守るものならあるわ」
永久は決然と言った。
「あなたはそれを見つけられなかったようだけれど」
バン!
額に銃弾を受け、ヤブルーは仰向けに倒れた。
ゴーストクォーツが言った。
「酉田さんは?」
永久はそちらを見た。
「まだ気絶している」
「永久、あなたが指揮を取りなさい。急いでシステムを復旧して」
「外に隊員たちが残っているはずよ」
「そっちは私が何とかする」
ゴーストクォーツはヤブルーの体に入った。ヤブルーの死体がカッと眼を見開いて起き上がる。
「ア゛ー!」
部屋に銃を抱えたアンデッドワーカー隊員が飛び込んできた。工場周辺に展開していた別班だ。
「耳を塞いで!」
ゴーストクォーツは憑依したヤブルーの体を使い、シャウトを放つ!
「キェエエエ――――――――ァァアア!!!」
指向性シャウトがアンデッドワーカー隊員たちを吹き飛ばす! ゴーストクォーツは振り返り、永久にウインクした。
「キスしたい?」
「その体とはイヤ」
永久が笑うと、ヤブルーの体からゴーストクォーツが半身だけ身を乗り出し、彼女とキスを交わした。
成り行きを見ていた鍵崎は大きくため息をつき、ぐったりとその場に横たわって眼を閉じた。
一度にあまりにも多くのことが起きすぎて頭が働かないが、一つだけはっきりわかったことは、永久には恋人がいたということだ。
自分は失恋したらしい。
* * *
ブロイラーマンとリップショットは窮地に立たされていた。
梔子相手に苦戦を強いられ、少なくないダメージを負っている。
バララララララ……
そのとき、山あいからヘリのローター音が響いた。リップショットがぱっと表情を明るくして空を見上げる。
「来た!」
大型スクーターほどもあるヘリドローンだ。
シュパパパパ!
小型ミサイル発射! 梔子の足元に次々に着弾し、爆発する。
「むう!?」
もうもうと舞い上がる砂埃が梔子の視界を覆った。梔子はスライムの腕でそれを振り払う。
「ムダですよ! 私のスライムは戦車砲でも破れませんからねェ……おや?」
二人の姿がない。
梔子はヘリドローンを見上げた。ブロイラーマンとリップショットがしがみつき、その場から離れて行く。梔子は手を伸ばし、残念そうに叫んだ。
「逃げる気か?! ああ、ボーナスが行ってしまう! 私のボーナスが……」
ヘリはいくらか離れた場所で急旋回すると、勢いを増して梔子へと向かってきた。
リップショットはヘリドローンのボディを蹴って離れた。空中で体を地面と水平にし、白骨の右手を真っ直ぐ前に突き出している。みるみるうちにその全身が聖骨の盾によって覆われ、大きな一本の槍と化す。
ヘリドローンからリップショットの槍が勢いよく放たれる!
梔子はスライムの両手でそれを受け止めた。
ドスッ!
止め切れず数歩後退し、スライムの体に槍が突き刺さる!
梔子は驚いたものの、ほっとした様子で息をついた。槍の先端は梔子本体まで一メートルほどにまで迫っていたが、そこで止まっていた。
「フー……ちょっとだけビックリしましたよ」
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