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14.VS.メタルストーム(1/1)
1/1
紅殻町工業フォート、工業区南。
工業区は商業・居住区を合わせたよりもまだ広い。さらに区画内に強引に押し込まれた大小の工場によって迷路化している。
ブロイラーマンたちは来る途中フォートの地図を頭に入れておいたが、実地とほとんど一致していなかった。善十の案内がなければ相当に時間を食っただろう。
天井の陽光ライトが汚れてくすんだ光を落とす中、町工場のあいだを抜け、二つ目の爆弾設置ポイントに近付いたとき。
ズダーン!
銃声がした。大通りの突き当たりにある大きな工場からだ。その周辺にアンデッドワーカーが集まっており、住民の死体に群がって貪り食っている。
「前に製造所をぶっ壊したんだがな。別の腐痴が仕事を継いだか」
ブロイラーマンは呟くと、善十を降ろして隠れているように言い、リップショットとともにアンデッドワーカーの群れに切り込んだ。
「オラアア!」
「ヤーッ!」
「「「アバーッ!?」」」
活ける死体など所詮彼らの敵ではない。早々に蹴散らし、工場の中に入った。
工場内の壁には奇妙なものがたくさんぶら下がっていた。大きな袋だ。
ドドドド!
銃声がし、二人はとっさに身構えたが、それはブロイラーマンらを狙ったものではなかった。
ブシャッ!
銃弾が命中した袋がトマトのように弾けて赤い液体を撒き散らす。
破れた袋からずるりと落ちてきたものは、縛られ口を塞がれた人間であった。それ意外にも多くの袋が撃たれており、無残な姿をさらしている。
リップショットが銃声のした方を睨んだ。
工場奥に設置された爆弾の前で、大柄な男が二人を待っていた。背広の上に軍用コートを羽織った姿で、襟に銅色のバッヂを着けている。
男は重機関銃を肩に担ぐと、自分のヘッドセットを指でコンコンと叩いた。
「ビシャモンどもを殺した様子は聞こえてたぜ! 撃鉄《うちがね》家のメタルストームだ!」
「血羽家のブロイラーマン」
「聖骨家のリップショット! 何でこんなことを」
メタルストームは咥えていた葉巻を吐き捨て、嘲笑った。
「ただの暇潰しよ。やっと新しい的が来たぜ! ハッハッハァーッ!」
ドルルルルルルルルルルルルル!!
メタルストームは重機関銃を構えて乱射した! それは彼自身の右腕と一体化している。古鉄家の闇医者によって体の一部をサイボーグ化しているのだ!
ブロイラーマンとリップショットはさっと左右に散った。
絶え間なく撃ち出される銃弾の嵐が二人を襲う! ブロイラーマンは鶏冠の軌跡を赤いネオンライトめいて残しながら、工業機械の隙間を駆け抜ける。壁に向かって飛び、壁面を走るその足取りを追って銃弾がえぐって行く。
ドルルルルルルルルルルルルルルルルル!!
その体を銃弾がかすめ、血が跳ねる。
「家畜野郎がァーッ」
メタルストームは怒号を上げ、撃ちながら弾薬箱の中身を口にザラザラと流し込んだ。弾を食べることで腕の重機関銃に装填しているのだ。
リップショットは火線が反れた瞬間を見計らい、拾い上げた鉄骨材を相手に投げつけた!
「ヤーッ!」
ガキンッ!
「うお?!」
メタルストームはそれを左腕で防いだ。有効打とはならなかったものの、多少バランスを崩した。
その瞬間、ブロイラーマンは靴底をすり減らして急激に方向転換し、一直線にメタルストームの喉元に食らいついた。壁を蹴って跳ね、重機関銃の銃身に着地する。
メタルストームは大型リボルバー、ドレッドノート88を電撃的速度で抜き、片手撃ちで引き金を引いた。
ズドン! ズドン! ズドン! ズドン! ズドン! ズドン!
「ウオオオオラアァッ!」
ギギギギギン!
ブロイラーマンが目にも留まらぬ速度で拳を振るう! そのたびに火花が激しく飛び散った。
カチッ、カチッ。
弾切れになってなお、メタルストームはドレッドノート88の引き金を引き続けた。無傷のブロイラーマンに眼を見開き、信じられないという顔をする。
「バッ……バカな……」
ブロイラーマンはパンチ連打で銃弾をことごとく弾き返したのだ。
ブロイラーマンは靴底をそろえた両足で相手の顔面に蹴りを入れた。
ドロップキックだ!
「オラア!!」
ドゴォ!
「ガボ!」
メタルストームは吹っ飛んで仰向けに倒れた。とっさにブロイラーマンに重機関銃を向けようとしたが、リップショットが踏みつけて阻止した。
ブロイラーマンはメタルストームに馬乗りになると、相手の口に手を突っ込み、奥歯をペンチのように指でつまんで引き抜いた。
ペキッ!
「ンガァッ?!」
メタルストームが悲鳴を上げて足をばたつかせる。
思った通り奥歯には細工がしてあった。自決用の毒入りだ。
「ハ! 滅却課はみんな入れてるのか。コレって保険は適用されるのか?」
メタルストームは血を吐きながらブロイラーマンに血走った目を向けた。
「アガッ、アガガガ……テメエ! ブッ殺してやる」
ブロイラーマンは工場の奥に眼を向けた。商業区で見たものと同じ爆弾だ。
「爆弾を停止させる方法を言え」
「チンポ野郎《コックヘッド》(*)! くたばりやがれ!」
ブロイラーマンは無慈悲な怒りを込めて相手の顔面を殴った!
ドゴ! ドゴ! ドゴ! ドゴ!
「グェッ! ゲェッ! ま、待て! やめろォ!」
メタルストームが左腕でパンチを遮ろうとすれば、その腕を掴んで逆にねじり折った。
ゴキャッ!
メタルストームは悶え、悲鳴のように叫んだ。
「そ、その爆弾にはスマホが組み込まれているんだ! 停止用の番号は滅却課《うち》の課長しか知らない!」
ブロイラーマンは眼を細め、押し殺した声で聞いた。
「そいつはどこにいる!」
「ドリーム橋田とか言うマンションだ! 議長とか言うのを連れてそこへ行った!」
「本当だな?」
メタルストームはニヤリとした。
「お、おっと……待てよ。だがそこへ行くのはどうだろうな」
リップショットは眉根を寄せた。
「どういうこと?」
「へへへ! もうすぐ工業区の北側から大虐殺が始まるぜ! 住民の一掃を開始するって連絡があったのさ! 行かなくていいのかよ? 血無しが大事なんだろ!」
ブロイラーマンとリップショットの目に怒りが滲んだ。
生きた的だけではない。ここに来るまでに、二人は何度もあんな光景を目にしてきた。滅却課に虫けらのように殺された人々を。
「たくさん喋って腹減っただろ。いいものをご馳走してやる」
ブロイラーマンは指先で毒入りの歯を砕くと、それをメタルストームの口に突っ込んだ。
ズボ!
「ゲェッ……!?」
メタルストームの体がびくんと跳ね上がった。泡を噴いて白目を剥き、痙攣を始める。
メタルストームが事切れると、リップショットが燃えるような眼差しで言った。
「北側は私が行く。これ以上連中の好きにさせるもんか!」
「じゃ、俺は滅却課のボスに挨拶しに行くか。後は任せろ」
二人は拳をぶつけ合った。
「ブロ、いつかお兄さんを紹介してよ!」
リップショットが走り去ると、ブロイラーマンは的袋に向かった。
無事な袋を引き裂いて中からおびえた様子の住民を助け出し、地下鉄の廃線から逃げられることを告げて見送った。
それから善十を探しに向かった。
「じいさん。どこだ?」
善十は工場の事務所にいた。アンデッドワーカーに食い散らかされた死体を見つめている。その死体は古めかしい腕時計を着けていた。
善十は腕時計に触れ、呻くように言った。
「結婚した日に俺がやった腕時計だ。ヘッ! こんな安物を四十年も着けてやがってよう……」
「……」
ブロイラーマンは察した。この死体が善十の女房なのだ。
「あんたはもう逃げろ。その時計を持って」
善十は振り返ってブロイラーマンを睨み、それから肩を怒らせて爆弾に向かった。起爆装置を調べ、隙間に伸縮式のミラーを差し込んで慎重に内部を探る。その背中には有無を言わせぬものがあった。
ブロイラーマンはしばらく彼を眺めていたが、やがてしびれを切らして聞いた。
「どうするつもりだ」
「こいつを停止させる」
「本気か?」
「お前はお前の勝手にしやがれ! 俺は俺の好きにする!」
ブロイラーマンと善十は数秒のあいだ睨み合った。
善十の眼の中には怒りがあった。彼を突き動かしているのは、その地獄の炉のような怒りだ。
ブロイラーマンは数秒考えたのち、変身を溶いた。驚いた様子の善十に日与は黙って拳を突き出した。善十はしばらくそれを見つめたあと、自分の拳をその拳にぶつけた。
日与はブロイラーマンの姿になり、鶏冠の赤い軌跡を引いて走り出した。
(続く……)
*注……コックヘッド(cock head)とは「ニワトリ頭」という意味だが、男性器の隠語でもある。
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