12.昴の休日 ロストハート(5/5)

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5/5

「すば子ちゃん?」

 昴は息を切らせながら立ち上がると、梅からやや離れた場所で停まった。

 爆弾が一つとは限らない。追い詰められた梅が自爆する可能性もあった。昴は梅を犯罪者にしたくなかったし、死なせたくもなかった。その思いは切実だった。

「私はここから一歩も動かないから! 話を聞いて! 爆弾のことをさっき知って。梅ちゃんが明頭きりを殺そうとしてたことも……」

「……」

「私は梅ちゃんがSNSで絵をアップしてくれるのすごく楽しみだった。でもね、もちろん絵はアップして欲しいけどそれよりもっと……ムリしないで欲しいし、元気でいてほしかった」

 昴は必死に身振り手振りを交えて続けた。

「私はね、私の好きな絵を描いたり漫画を描いたり声優やったりしてくれる人たちはみんな宇宙一幸せで健康で元気でいて欲しい。心からありがとうって言いたい。同じ時代に生まれてくれてありがとう、ステキなものをくれてありがとうって。それで……何言ってんのかわかんないかもだけど! だから!」

 梅は瞬きもせずそれを聞いている。やがてぽつりと言った。

「私たち、同じ車で病院に送られてね。検査の結果を待つあいだ、きりちゃんと話したの。きりちゃんは〝ごめんね〟って」

 昴は呆気に取られた。

「え? あのコ、みんな知ってたの?」

「ううん……何にも知らなかった。爆弾のことも、私がストーカーしてたことも。きりちゃんは中学時代にオーディションを受けるためにいっぱい努力してて、すごく忙しくてほとんど寝てなかった。それで疎遠になったのを、わ、私は勝手に切り捨てられたって思ってて……きりちゃんに甘えてて勝手に切り捨てたのは私のほうだった」

 梅の目元からこぼれた涙が頬を伝い、膝に置いた日記帳に落ちた。昴は身構えるのを止め、ベンチのほうにそろそろと歩いて行き、隣に腰を下ろした。

「友達だったのに。私が一番きりちゃんの夢を応援しなきゃいけなかったのに。なのに、私のために時間を割いてくれなくなったきりちゃんが許せなくなって、それで……私は……勝手に……ウッ」

 昴は肩から力を抜いた。

「仲直りできたんだね」

「うん」

 昴は自分の目元を拭って泣きながら苦笑した。

「私は一人で勝手に勘違いして駆け回ってたおマヌケだったんだ」

「違うよ!」

 梅が突然大きな声を上げたので、昴はその場で小さく飛び上がった。

「私、イベントが始まったときにはもう、きりちゃんを殺すはやめようって決心してた! 死ぬのも刑務所行くのもヤだったもん! すば子ちゃんと会えなくなるもん!」

「ええ……」

 昴は真っ赤になった。

「そんなこと言われたら好きになっちゃう」

 二人とも大いに笑い、泣いた。

 構内アナウンスが入り、電車の到着を告げた。梅はベンチを立つと日記帳を奇子川に投げ捨てた。日記帳は渦巻く真っ黒な水に飲まれてすぐに見えなくなった。

 昴は何も言わずそれを見守った。

 電車が構内に入ってくると、昴は再会の約束を交わし、電車に乗った梅に手を振って見送った。梅は笑顔を見せた。

「チケットのこと、ほんとにごめんね!」

「いいよ! またね!」


* * *


 天外湾、廃港地帯。

 昴は寂れた港町の潰れた喫茶店に向かった。昴と日与が市内に複数持つ隠れ家の一つだが、ここは家具などを揃えて特に住み心地が良くしてある場所で、二人はホームと呼んでいる。

 昴は店の前に男の人影を見つけた。

 日与は住み込みで働きに出ていてしばらく戻らないはずだ。かといって刺客が待ち伏せているにしてはやたら目立つ場所にいる。

 そのシルエットは懐かしく、馴染みのあるもので、昴は思わず警戒を解きそうになった。彼女は彼の名を呼んだ。

「リューちゃん」

 流渡はもたれかかっていた壁から離れ、防霧マスクを外すと、少し緊張した様子で昴に微笑んだ

「や。元気だった?」

 レザーの上着にスラックス姿だ。彼女に会うため試行錯誤を重ねたらしく、少し着慣れていない様子だが、よく似合っていた。

 流渡が一歩踏み出すと、昴は一歩下がってさっと身構えた。伸ばした右手が青白い炎に包まれて燃え上がり、白骨化する。その手は震えていた。

 面食らったように足を止めた流渡を、昴は睨んだ。

「ブロイラーマンがいないときを狙って来たの?」

「まあそうなんだけど、戦いに来たんじゃない。この隠れ家のことも誰にも教えてない」

「どうやって……」

「まあ、人に聞いたりして。肋組のネットワークがあるんだ」

「何の用?」

「中で話せないかな」

「ここで話して」

 流渡は悲しげに溜息をついたあと、真っすぐに彼女を見て言った。

「昴に改めてお願いしたい。こちら側……肋組に協力して欲しい」

「〝NO〟よ」

「あいつのマネ?」

 流渡は笑ったが、すぐ真顔になった。

「血盟会は君をブロイラーマンとは別の意味で恐れてるんだ。聖骨家の能力を」

「他の血族の能力を封じる能力のことね」

「僕からは詳しいことは言えない。だけどとにかく、血盟会は君を殺す気でいるんだ。僕たちはそんなことはしない。ただ、こっちに協力してほしいだけ」

「それが全部本当だとしても、あなたと一緒には行けない」

「なぜ」

 昴は激昂した。

「なぜ?! あなたが殺したのは誰だと思ってるの!」

「君の父親は君の味方なんかじゃなかった。身勝手な理由で娘を好きでもない相手と強引に結婚させようとしてたんだぞ」

「違う! パパは優しかった!」

 昴は叫んだ。後悔の涙が目元に滲んでいた。

「私はパパにきちんと言えばよかった。結婚したくないってことも、自分が血族だってことも。何もかもあらいざらい全部話すべきだった! きっとパパはわかってくれた!」

「違うな。あの男はきっと君の言うことなんか聞こうとしなかった」

「そんなことない!」

「じゃあ僕を殺してみろ!」

 流渡は自分の胸に手を当てて叫んだ。

「父親の仇を殺せ! それで全部終わりだろ!」

「……!」

 昴は「もう幼馴染でも友達でも何でもない」と自分に言い聞かせた。目の前にいるのは自分の父親を殺した男だ。なのに手足が動かない。流渡が一歩踏み出すと、昴は胸の内を見透かされたようにぎくっと一歩下がった。

 流渡ははっとして目を伏せた。

「こないだ暴力をふるったことは本当に悪かったと思ってるんだ。もうあんなことはしない……ブロイラーマンが帰ってくる前に行かなきゃ」

 流渡は背を向け、歩き出した。

「ブロイラーマンだったら躊躇せず僕を殺してただろうな。あいつには自滅的な覚悟があった。でも君は君でいいんだよ、昴」

 一陣の風をまとって流渡はコンテナの上に飛び上がり、コンテナからコンテナへと影のように飛び移ってすぐに姿を消した。

 昴はしばらく凍りついたようにその場に立ち竦んでいた。握り込んだ骨の右拳がギシギシと音を立てる。

 何も出来なかった自分への不甲斐なさと怒りは、すぐに悲しみに変わっていった。


(続く……)


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