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17.VS.九楼(3/3)
3/3
* * *
ドォォオ――――――ンン!!
爆発の地響きが大地を揺るがす! 轟音と熱をはらんだ衝撃波に、紅殻町フォートを取り囲んだ人々は悲鳴を上げてその場にうずくまった。
女のレポーターが髪を押さえ、泡を食ってマイクに叫ぶ。
「い、今! たった今、フォートで爆発が起きました! テロリストの攻撃でしょうか?!」
一時間後に行われる会見の原稿を読み直していた風山副署長は、その様子を仮設本部の窓から見ていた。きっかり予定時刻通りの爆発だ。
しばらく窓の外を見ていた風山の口からドーナツが零れ落ちた。彼は血相を変えて立ち上がった。
(商業区しか爆発しとらんじゃないか!? 工業区の爆弾はどうなっている!)
* * *
地下鉄構内で永久は天井を見上げた。
爆発で激しく揺れたが、かろうじて耐えてくれた。もう一つの爆弾も爆発していたら確実にフォート全体が地下鉄構内へ崩落していただろう。
アンデッドワーカーたちは見えない呼子に呼ばれたようにいっせいに退き始めた。ちぎれて上半身だけになった者すら、両腕で地面を這って路線の奥へ消えて行く。
永久はフォート住人たちと支え合って廃棄路線を歩き、途中の非常階段から地上に出た。
汚染霧雨は降り続けている。永久は重い鉛色の空を見上げ、ポケットから取り出した簡易式防霧マスクを付けた。手の中にはF.Fの義眼がある。それをしばらく見つめた後、懐にしまう。
モノレール高架に掲げられた電子看板がツバサのCMを表示している。
『ツバサとともに天外の未来へ……ツバサ重工』
彼女はそれに中指を立てた。
「未来なんかクソ食らえよ《ファック・ザ・フューチャー》!」
――1週間後……
天外市、オフィス街。
一人の男が駅前にあるカフェに入った。
カウンター席のいつもの場所にはいつもの老人が座っている。老眼鏡の奥の小さな目を細めて新聞を読んでいる。暇を持て余した引退組といった風貌だ。
男はその隣に腰を下ろし、防霧マスクを外した。背広姿の四十過ぎの男だ。ネクタイはしておらず、無法者めいた髭を生やしている。
「……で、最近はどうなってる?」
男が唐突に言うと、老人は新聞から顔も上げずに答えた。
「紅殻町工業フォートで血盟会のエージェントが大勢殺されたらしい。証拠隠滅業務に手が回らなくなっているようだな。あれを見ろ」
老人はカフェの外に目をやった。大通りをデモ隊が練り歩いている。手にした横断幕やプラカードで「ツバサ重工は交渉の席に着け」「霧雨病の責任を認めろ」といった主張をし、ツバサ重工の責任を問うシュプレヒコールを上げている。
老人が手にしている新聞は紅殻町工業フォート占拠テロ事件の一件が第一面で扱われている。脱出したフォート住民がツバサ重工の陰謀だったと声を上げ始めたのだ。
男は小さく笑い声を漏らした。
「来る途中、裁判所の前を通りかかったんだが。列が出来てたぜ」
「訴え出た霧雨病患者だろう。ツバサは市民をコントロールできなくなりつつあるな」
ウェイトレスがやってくると、男はコーヒーを注文した。ウェイトレスがその場を離れるのを待ってから話を続ける。
「話は変わるが……噂じゃ、血盟会は何とかっていう血族に賞金をかけてるそうだな。ニワトリ頭の」
老人はちらりと男を見、新聞をめくった。
「ブロイラーマンか」
男は眉根を寄せた。
「何だって?」
「ブロイラーマン。そういう名前だと聞いている。血盟会に楯突いたヤツだ。裏じゃ有名人だよ」
「ニワトリの頭だからブロイラーマン?」
男は乾いた笑いを漏らした。ウェイトレスが運んできたコーヒーをひと口含み、続ける。
「で、だ。そのブロイラーマン、紅殻町の一件で死んだとか死んでないとかって話だが……どっちなんだ?」
「死体が見つからなかったとだけ聞いている」
「賞金はまだ有効か?」
「ああ」
「いくらだ」
「一千万円」
男は眼を白黒させた。
「俺が聞いたときは五百万だったぞ」
「ブロイラーマンとやらは余程のことをしでかしたらしい。血盟会は何がなんでも晒し首にして面子を保ちたいんだろう。来週にはもっと上がってるだろうな」
「来週か……」
「探すなら急げよ。町中の連中が賞金目当てにブロイラーマンを探している」
男はコーヒー代にしては多すぎる金を置いて席を立った。情報屋の老人への手数料込みだ。
防霧マスクを着けてカフェを出た男は、自分の車に戻った。
ベルトコンベア上の部品めいて自宅と職場を往復する労働者、裏路地に蠢く失業者、町中に溢れる合法麻薬《エル》のCM、説法する終末カルト教徒、そして永遠に降り続けるこの呪われた雨。
いつも通りの天外に見えて、市《まち》は確かに変わりつつあることを男は感じていた。人々の心はざわついている。ツバサ重工の絶対的権力が揺らいでいることに薄々気付きつつある。
車は郊外の小さな一軒家に入った。男の自宅だ。男は買い物袋を抱えて車を降り、中に入った。二階の部屋に向かう。
マットレスに少年が横たわり、寝息を立てている。右腕が根元からなく、包帯を巻かれている。その枕元には制服姿の女子高生が膝を抱いて座り、心配そうに少年を見下ろしていた。
女子高生が顔を上げた。
「父さん。どこ行ってたの」
「稲日《イナビ》。もう八時過ぎだぞ。学校行け」
稲日の咎めるような目に対し、男は手を振った。
「追い出したりしねえよ。そいつの飯を買いに行ってたんだ」
「さっきまで〝元の場所に捨てて来い〟って言ってたのに何?」
「いいから行けって、ほら」
稲日は少年をしばらく見つめたあと、通学鞄とベースケースを担いで部屋を出て行った。
男は少年の枕元にしゃがみ込み、彼を見下ろした。男は少年がぼんやりと薄眼を開いていることに気付いた。
「おっと。目が覚めたか」
少年はかすれた声を出した。
「あんたは……?」
「稲日の父親だ。藤花《ふじばな》佐次郎《さじろう》と言う。娘が団地前でぶっ倒れてたお前を見つけて、ここまで運んだんだ。そんな傷でどうやって歩いてきた?」
「覚えてねえけど……確か、車に乗ったような……?」
佐次郎は眼を細めた。
「その時のお前はニワトリの頭だったそうだ。もっと体もデカかったって言ってたぞ」
「俺は……」
佐次郎は口元に人差し指を立てて「しーっ」とやった。
「安心しろ、お前を追い出したりしない。まあ……そうだな、一週間くらいは休んで行け」
(続く……)
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