鳳上赫(3/6)
3/6
* * *
殴られ放題だったエヴァーフレイムが不意に手を持ち上げた。
撫でるようにそっとした手つきだ。その瞬間、ブロイラーマンは背筋が凍りつくような戦慄を感じ、その場から飛び退いて離れた。
エヴァーフレイムの掌がカッと赤い光を放った。その指先が触れたブロイラーマンのネクタイ先端が、白い灰になってぼろぼろと崩れた。瞬間的に掌に血氣を集め、超高温を作り出して焼却したのだ。恐るべき血氣の集中力!
エヴァーフレイムは立ち上がり、首をぐるりと回して凝りをほぐした。あれだけ殴ったのにまったくの無傷だ。ブロイラーマンは少なからず驚いた。
エヴァーフレイムはのんびりと周囲を見回した。屋上の一部とペントハウスが三分の一ほど白い骨の球体に閉じ込められている。殻はぼんやりと白く光り、内側を照らしている。
エヴァーフレイムは言った。
「まあ、こんな手を使ってくるだろうと思っていた」
ブロイラーマンのネクタイはすぐに血氣生成され、元に戻った。
「一杯食わされた言い訳か? ダセエな」
「さあて、どうだろうな」
エヴァーフレイムの翼が発光し、彼は再び浮かび上がった。掌に血氣弾が生まれる。
もはや誰にも邪魔はされない。真の一対一、正真正銘最後の戦いだ。
即座にエヴァーフレイムの猛攻が始まった。マシンガンめいた血氣弾の連射がブロイラーマンに襲いかかる。
ドドドドドドドド!
大きさは握り拳程度だが直撃すれば大ダメージは免れない。ブロイラーマンはその場でこれに立ち向かった。
「オラアアアアア!」
ドゴゴゴゴゴゴゴ!
飛んでくる血氣弾を片っ端から拳で弾き返す。最初こそ拮抗していたが、エヴァーフレイムのすさまじい連射速度にブロイラーマンは徐々に押され始めた。
「クソッ……」
横に飛んで走り、連射から逃れる。すぐさまエヴァーフレイムは手を振り、血氣弾で逃げ回るブロイラーマンを猛追する。
ドドドド!
走るブロイラーマンをトレースして血氣弾が着弾し、爆発のラインを作った。
ブロイラーマンは血氣に追われて壁から天井へ、天井から壁へと球体の中を走り回った。すべてを完全に避けているわけではない。爆風や熱の煽りを受け、かなりの負担がかかっていた。
一方、エヴァーフレイムは攻撃の手を緩めない。それどころかますます連射速度は増して行く。エヴァーフレイムは血氣弾を連射しながら言った。
「私を聖骨の盾の結界に閉じ込めて血氣の補給を断つ。その状態で能力を使わせて血氣切れを待つ。お前たちが立てた戦略はそんなところだろう。まあ、確かにこの状態では人間どもから吸い上げた生命力は取り込めんが……」
ブロイラーマンは走りながら瓦礫の破片を拾い上げ、エヴァーフレイムに投げつける!
「オラア!」
エヴァーフレイムがかざした逆の手が破滅の光を発し、破片はジュッと音を立てて灰と化した。
「致命的な勘違いが二つあるぞ、ブロイラーマン! 一つ、私の血氣の総量は膨大だ。お前には想像もつかんほどにな! もう一つ、この状態ではお前も逃げられん。あえて閉じ込められてやったのはお前を確実に駆除するためだ」
ゴゴゴゴ……!
そのとき、轟音とともに足場が傾き始めた。
内部で戦い続ける二人の影響で、聖骨の盾の球体がビルの屋上からずり落ちようとしているのだ。球体はぐらりと傾いてバランスを崩し、回転しながらビルの壁面を沿うようにして落下した。
「うおおお!?」
一時戦闘を中断し、ブロイラーマンは瓦礫に飛び移った。回転する球体の壁面をサーフボードのようにバランスを取ってやり過ごす。
エヴァーフレイムは降り注ぐ瓦礫から逃れ、翼から血氣を噴射して位置を移動した。
二人の周囲を瓦礫が竜巻のように縦横無尽に飛び交う。まるで作動中の洗濯機の中だ。
ドォォン!
ひときわ巨大な衝撃があり、ブロイラーマンの体が宙に浮いた。どうやら地面に落下したようだ。彼は踏ん張ってそれに耐えた。
そのとき、ブロイラーマンの右足に血氣弾が命中し、小さく爆発した。
ボムッ!
「うぐっ!?」
ブロイラーマンは体勢を崩し、球体の斜面を転がり落ちた。ペントハウスの中に落下する。
「気に入っていた家なんだがな」
エヴァーフレイムは両手を真上に掲げた。空中に血氣が集中し、六メートルもある巨大な血氣弾となる。
「ハァッ!」
ペントハウスに向かって投げ落とす!
家屋の中にいたブロイラーマンは、小さな太陽めいたそれが迫ってくるのを窓から見た。逃げ場所がない。彼は決意を固め、身構えた。
「ウオオオオラアアアアア!」
ドドドドドドドドドドドドドド!
血氣弾に拳ですさまじい連打を入れる! その圧倒的連打はほんのわずかだけ血氣弾を押し返した。
自分と後ろの壁との隙間が広がると、その隙に右手へと逃れた。頭を抱えて身をすくめ、爆発に備える。
ドォォオオン!
核実験のミニチュアめいた爆発が起き、赤いキノコ雲が上がった。球体内に爆風が嵐のように吹き荒れ、砕けた瓦礫が飛び交う。
爆風に煽られて飛び出したブロイラーマンは床をゴロゴロと転がった。床に手をついて喘ぐ。
「ハァッ、ハァッ……!」
「休ませんぞ!」
エヴァーフレイムはそこに容赦なく血氣弾を連射した。
ドドドドドドドドド!
痛む足を強いてブロイラーマンは走り出した。開戦当初からほとんど休まず動き回っている。立ち止まる暇もない。
(あいつの血氣は無尽蔵かよ?!)
エヴァーフレイムは血氣弾を連射する。ブロイラーマンは逃げ回る。部屋の中で蚊を追い駆け回すような攻防が長時間続いた。
エヴァーフレイムはなおも血氣に余裕がたっぷりあると見え、連射速度は一向に衰えない。だがさすがに焦れてきたらしく、表情に苛立ちを募らせた。何度手を叩いても、ブロイラーマンという蚊はその隙間をするりと抜けてしまうのだ。
ブロイラーマンは嘲笑った。
「よう! もうちょっと火加減を強くしてみたらどうだ? そんなんじゃいつまで経っても俺を捕まえられないぜ!」
「フン。いいだろう、貴様の相手も飽きてきた」
エヴァーフレイムは攻撃を停止し、胸の前で両手の掌を向かい合わせた。チリチリと音を立て、その合間に爆発的な血氣を集中させる。青白いスパークがエヴァーフレイムの全身を這い回った。
「お前を殺し、この未熟な聖骨の盾を破壊し、血盟会を再編成する。貴様のやったことがすべて無意味であったことを地獄から見ていろ、ブロイラーマン!」
ブロイラーマンはエネルギーの激流めいた血氣の存在を感じた。これがエヴァーフレイムの体内に取り込まれた血氣総量の片鱗なのか。
「ハァァ――ッ!」
エヴァーフレイムは両手両足を広げた。
カッ!
その瞬間、彼が全身にまとった血氣が太陽めいて爆発した。
押し寄せた赤い光がコンクリートや鉄筋などに触れると、それらはすべて灰になって消滅した。先ほどブロイラーマンのネクタイや瓦礫の破片を消滅して見せた技だ。それを広範囲に広げてやってのけようというのだ。
光が迫ってくる。
周囲はすべて聖骨の盾に阻まれている。ブロイラーマンに逃げ場はない。聖骨の盾を破って逃げるという手もあるが、それでは本末転倒だ。エヴァーフレイムに血氣回復の機会を与えれば勝ち目はない。
エヴァーフレイムが放った破滅の光はすべてを包み込んだ。