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13.紅殻町工業フォート攻防戦(1/3)

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1/3

 天外市、ビジネス街。

 とある高級ホテルの式場に〝淵山《ふちやま》高校二十年度卒業生同窓会〟という札が出ていた。会場には立食のテーブルが設けられ、着飾った若者たちが集まっている。

「……というわけで。短い時間ではありますが、今夜は当時の思い出話に花を咲かせ、我々の絆を再確認したいものと思います。みなさん無礼講で楽しみましょう! カンパイ!」

 真田《さなだ》真人《まひと》がグラスを掲げると、同期生たちも「カンパイ!」と声を揃えて同じようにグラスを掲げた。

 挨拶を終えた彼の周りにはすぐに人が集まってきた。高級なスーツと腕時計を身に纏い、全身で人生の成功を主張している彼には、男子からは嫉妬と羨望の入り混じった眼を、女子からは熱っぽい視線を向けられている。

「この会場、真田くんが全部お金出したんだって……」「じゃあ会費がタダだったのってそういう……」「彼、フリーランスの仕事で大儲けしてるんだって……」「付き合ってる人っているのかな……」

 その心地良いざわめきに真人は会心の笑みを浮かべる。最高の気分だ。

 向こうではかつての担任教師が、学生時代の真人がいかに優秀であったか周囲に話している。すべて自分の手柄だとでも言わんばかりに。

 真人は会場の隅にいた元運動部たちに声をかけた。わざとらしく「大学はどうだい」と聞き、彼らがぼそぼそと「就職した」と答えれば、どんな職場かと質問する。ツバサ重工系列のブルーカラーだと知りながらだ。

 以前クラスで威張りくさっていた連中が首をすぼめ、目立つまいとする姿を見ると、真人の心は満たされた。

 ほどよく酒が回ってくると、真人は席を抜けてトイレへ向かった。

 用を足して洗面台で手を洗ったあと、スマートフォンを取り出した。山ほど交換した連絡先の中から使い道のなさそうな男、見てくれの悪い女の番号を消して行く。

 そのとき、真人はぎょっとして顔を上げた。鏡に異様な姿の人影が映っている。背後に雄鶏《おんどり》の頭をした男が立っているのだ!

「オラァッ!」

 ゴキャッ!

「あがッ?!」

 ニワトリ男のパンチが真人の背骨を粉砕! 真人は雷に打たれたような衝撃と共にその場に崩れ落ちた。

 ニワトリ男は男子トイレの前に「清掃中」の立て看板を出してドアに鍵をかけた。そのあいだに真人は逃げようともがいたが、脊椎を破壊されて体が痺れ、手足がぴくりとも動かない。

 ニワトリ男が戻ってきた。

「血羽家のブロイラーマンだ。招待状はない」

「ひ……火鎚《ひづち》家の踏鞴《タタラ》です」

 真人は床に突っ伏したまま血族としての名を名乗った。手が震えているのは痺れのためだけではない。

 ブロイラーマン! その噂は裏社会で恐怖と共に語られていた。血族犯罪者を手あたり次第に殺し続けている狂人で、今や血盟会の銀バッヂすらその存在を恐れているという。

「お、お噂はかねがね……俺に何のご用でしょう」

「ツバサ重工に滅却課という証拠隠滅専門の課がある。表向きには存在しない課だ。お前は爆弾製造の専門家で、滅却課から注文を受けて爆弾を作ったな」

「何のことだかわかりませんね」

「言え。滅却課は爆弾を何に使うつもりだ」

「だから! 何のことだか……ぐわあああ!」

 突然、真人の脳を焼き尽くさんばかりの苦痛が走った! ブロイラーマンが踵で折れた背骨を踏みにじっているのだ。

「ああああ! ああああああああ! わ……わかった、言うよ! わかったからやめてくれ!」

 ブロイラーマンが足をどかすと、踏鞴は喘ぎ喘ぎ言った。

「俺のアジトに行きましょう。仕事のことはみんなそこのパソコンに入ってます!」

「ムダだ。俺はお前のアジトからお前を尾けて来たんだよ。アジトの用心棒ならもう殺した」

 踏鞴は歯を食い縛ったた。最後の希望もこれで絶たれた。

「クソッ……」

「お前に選択肢はない。お前のパソコンのパスワードを言え」

 ブロイラーマンの踵が再び背に当たるのを感じ、踏鞴は搾り出すように八桁のパスを口にした。

 磨き上げられた床にブロイラーマンがスマートフォンを操作する様子が映った。誰かにパスワードを送信しているらしい。

 それからブロイラーマンは更に踏鞴にいくつか質問し、情報を引き出した。それが済むと、ブロイラーマンは氷のような冷徹さを込めて言った。

「質問は終わりだ」

 踏鞴はブロイラーマンに首根っことベルトを掴まれ、感覚がない体を便座にうつ伏せにもたれかけさせられた。二日酔いで嘔吐するときのように便器に突っ伏す形だ。

 踏鞴は喚いた。

「ど……どうする気だ!? 全部言っただろ?!」

「お前は滅却課以外の連中にも見境なしに爆弾を売っていた。テロリスト、ギャング、終末カルト狂信者。無関係な人が何人巻き込まれて死んだ?」

「それは爆弾を使った奴の責任でしょう! 俺のせいじゃない!」

「〝NO〟だ」

「おい、ふざけるな! 俺が! 仕事と金を、俺がここまで築き上げるまでどれだけ苦労したと思ってるんだ! テメエ、それを……待ってくれ! 頼む、頼むから……」

 キンッ!
 踏鞴の頭上で小さな金属音がした。その音を彼は良く知っている。手榴弾のピンを引き抜く音だ。

「お前の車にあった。返すぜ」

 ボチャン。
 ブロイラーマンが放り投げた手榴弾が便器の中に落ちた。

 火鎚家は鍛冶神の血を引く血族で武器作りの達人だ。偶然授かったその血は、一介の浪人生に過ぎなかった真人を一躍裏社会の青年実業家に押し上げた。

 人生の頂点に達しようとしていた真人は今、便器に顔を突っ込んで自分が作った爆弾に殺されようとしている。

「やめてくれ、頼む! 戻ってきてくれ……ああああああああ!」

 ブロイラーマンの足音が遠退いて行く。


* * *


 ドォォ――ン!!

 トイレを出た日与は背後で爆音を聞いた。来客が悲鳴を上げて廊下を逃げ惑い、火災ベルが鳴る中、窓から外に飛び出す。

 日与はレストランの屋上へと駆け上がり、屋上から屋上へと飛び移って合流ポイントへ向かった。裏路地に停まっていた車の前に飛び降り、後部座席に乗り込んだ。運転席に永久、助手席に昴が乗っている。

 一時間前、三人は踏鞴の爆弾製造所にいた。住所を割り出したのは永久だ。これまでに集めた情報を解析し、とうとう爆弾の発注元へとたどり着いたのである。

 製造所に着くとちょうど踏鞴が車で出るところだったので、日与はそちらを尾行し、昴たちは製造所へ入った。アジトには用心棒の血族がいたが、昴が始末した。

 永久が運転席から振り返り、日与にタブレット端末を渡した。どこかの施設の3Dデータが表示されており、二ヶ所に赤い点が光っている。

「それは踏鞴の家にあったパソコンのデータ。彼が請けた滅却課の仕事というのは、その施設を爆破するための爆弾ね。この赤い点が設置場所みたい。全部で二つ」

「こりゃどこの施設だ?」

「紅殻《べんがら》町の工業フォート。踏鞴は他に何か知ってた?」

「いや、あいつも血盟会から詳しい事情は知らされてなかった。ただ野良血族の噂によると、〝議長〟って奴がそのフォートに匿われてるらしいって。そいつは反ツバサ主義組織のトップらしい」

 永久は禁煙ガムを噛みながら眉根を寄せた。

「なるほど。そういうことね」

 昴が永久に言った。

「連中は人を一人殺すためにフォートを丸ごと爆破する気なんですか? いくらなんでもそれはやりすぎじゃ……」

「紅殻町工業フォートはアウトローや反ツバサ主義者の溜まり場になっているの。前からずっとツバサが立ち退きを要求しているんだけど、住人が反対している。この機会に大掃除するつもりなんでしょう」

 日与が腕を組んだ。

「俺と昴でそのフォートへ行く。爆弾設置前に阻止しよう」

「私も行く。一緒に中に入るわ」

 そう言った永久を、日与はバックミラー越しに見た。視線には困惑が混じっている。

 永久は続けた。

「血盟会に追われているその議長って人が、血族のあなたたちをあっさり信用するとも思えない。それにフォートは広いわ。二人だけで探すのは難しいでしょ」

「あんたを守りながらじゃ戦えない」

 永久は鼻で笑った。

「あらあら。私の王子様のつもりなのかしら」

 永久の思惑を察し、日与はフンと鼻を鳴らした。

「俺がブッチ切れててバカなことしないように見張るってわけか。あんたが」


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