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0.ブロイラーマン(1/2)
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1/2
「出番よ、ブロイラーマン」
高層ビル屋上に立ったその男は、通信機が発する女の声を聞いた。
男の眼下にはネオンと電子広告が溢れる夜の町並みが広がっている。その彼方には地表を覆い尽くすように続く工業地帯。
巨大工業都市、天外《てんげ》は今日も汚染霧雨が降りしきっていた。夜空は分厚い雨雲に覆われ、墨をぶちまけたような暗黒だ。
「標的は五十九号線を北上中……今、灯斬《どうぎり》街道に入った。そこから見えるかしら」
男は眼を凝らした。街道を猛スピードで爆走する大型車が見える。
「見えた。すぐ行く」
通信機に答えると、男はビルから飛び降りた。
* * *
『絶対安全、完全合法! 輪違製薬の合法麻薬《エル》でいつも元気なあなたになろう!』
『異態《いたい》生物注意! 凶暴です! 見かけたらすぐに保健所に連絡を』
『人と町の未来をつなぐ企業……ツバサ重工です』
街角の液晶モニタはCMを終え、ニュース映像に戻った。
『……霧雨病は汚染霧雨が原因として、患者がツバサ重工に集団訴訟を起こした件で――裁判所は「ツバサ系列の工場排煙と霧雨病に因果関係はない」として訴えを退け――これに対し、原告団は――不治の病である霧雨病の罹患者は増え続けており――』
咆哮めいたエンジン音がその音声を掻き消す!
ブオオオオン!
改造大型車フロントのブルドーザーめいたブレードが他の車を押し退け、あるいは弾き飛ばして行く。
「うわあああ!」
「ヒイイイ!」
信号が赤でもお構いなしに横断歩道に突入! 改造大型車は小石でも弾き飛ばすように通行人を轢き殺し、ブレードを鮮血で染め上げる!
さらに改造大型車は車道を反れて歩道へ突っ込んだ。逃げ遅れた通行人がボウリングピンめいて次々に跳ね飛ばされた!
天外市警のパトカー数台が追跡しているが、明らかに及び腰であった。
「ハハハハーッ! どうだい、スティールマン! スカッとするだろ!」
改造大型車の運転席では、スティールマンと呼ばれた男が憮然として腕組みをしていた。
スティールマンはハンドルを握っていない。そして声を発したのもスティールマンではない。車が喋っているのだ。
スティールマンは車に向かって不機嫌そうに言った。
「こんな方法しか思いつかなかったのか」
「ブロイラーマンは絶対来るぜ! あいつは血族のくせに人間《血無し》が大好きだからなァ!」
改造大型車は殺戮の喜びに狂喜しながら言い、続けた。
「ところであいつに血盟会《けつめいかい》がかけた賞金額は今いくらだ?」
「さあな。一千万か二千万か」
「へへへ! だけどカネが目的じゃねえよなあ!? あいつを殺せば血盟会入りは確実だぜ! 血盟会の正式メンバーになれりゃあ、もうこの市《まち》でコワいもんはねぇ……オッ?!」
なおも通行人の轢殺を続ける改造大型車の進行方向に立ちはだかる人影があった。
その人影は黒い背広に赤いネクタイの男だが、驚くべきはその頭部であった。ニワトリなのだ。真っ赤な鶏冠を持つ雄鶏《おんどり》の頭をしている!
ニワトリ男は野球投手めいて大きく振り被った。
「オラアアアアア!!」
改造大型車に対してストレートパンチ!
ドゴォオオオオ!
衝撃でブレードが潰れ、改造大型車の車体は真上に跳ね上がった。窓ガラスが割れて砕け散る。
「グワアアアアーッ!?」
ガシャン!
改造大型車は地面に落ちた。
一方、スティールマンは一瞬早く脱出して路上に着地している。
スティールマンはニワトリ男を見据えながら静かに名乗った。
「鉄鬼《てっき》家のスティールマン」
「こ、古鉄《こてつ》家のキルドーザー……」
改造大型車がガチャガチャと音を立てて変形し、四メートル近い巨体の人型となった。
「血羽《ちばね》家のブロイラーマン」
ニワトリ男もまた名乗り返す。その目には弱者を顧みない者に対する爆発的な怒りを宿していた。
「へへへ! 待ってたぜ、テメエ!」
キルドーザーが半分潰れた顔から血を流しながら、血走った目で言った。
キルドーザーの脚部がタイヤに変形した!
キィイイイイイイ!!
甲高いホイルスピンの音を立てながらブロイラーマンに突進する! 古鉄家は機械人間の血族なのだ。
「そんじゃさっそく死ねやァア! トマトみたいに潰れろォ!」
この体当たりをブロイラーマンはジャンプでかわし、キルドーザーの大きな頭の上に飛び乗った。
「ア!?」
「オラアアアアアア!」
ブロイラーマンはキルドーザーの脳天に瓦割りパンチを叩き込んだ。
グシャアアア!
「……ア?」
キルドーザーの頭部が叩き潰され、濡れたスポンジを握り込んだように血と脳漿が噴き出した。
キルドーザーの体はそのまま勢い余ってビルの壁に突っ込んだ。
ドゴォ!
その前にブロイラーマンはジャンプして離れ、そのままスティールマンに殴りかかった。
スティールマンは腕組みしたままブロイラーマンのパンチを顔面に受けた。
ドゴォ!
しかしスティールマンは揺るぎもしない。その肌はいつの間にか赤銅色となり、額には角が生えている。
鉄鬼家は鬼の血を引く血族で、鋼のように硬い肌を持つ。
スティールマンはにやりとし、甲高いシャウトとともに抜刀した。
「キェェイ!」
目にも留まらぬ連続斬りを放った。連続して数度、切っ先が風を切って往復する。
ブロイラーマンはそのすべての軌道を瞬時に見切り、素早く上半身を前後左右に振って回避した。さらに間合いを詰めてスティールマンの胸倉を掴み、逆の手で顔面へパンチ連打!
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
「ムダだ! 貴様の拳程度で鉄鬼家の肌が破れるか!」
ブロイラーマンは構わず連打、連打、連打!
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
「ムダだと言って……なっ……何!?」
スティールマンは驚愕した。肌が破れ、頭蓋骨がギシギシと悲鳴のような軋みを上げ始めている!
彼の肌は鉄壁を誇るが、同じ場所に超高密度のパンチ連打を食らううちに徐々にダメージが蓄積してきたのだ。恐るべき鉄拳の硬度と連打速度であった。
「やめろ! やめ……」
ブロイラーマンはぴたりとパンチを打つ手を止めた。
その目に秘められた容赦なき殺意にスティールマンは心底震え上がった。目の前にいるのは人型をした激怒の塊であった。
ブロイラーマンは言った。
「お前に聞きたいことがある」
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