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紅殻町アフターウォー(2/5)
2/5
昴は吐き捨てるように答えた。
「保護? 監禁でしょ」
ウマノホネが呆れたように笑った。
「ヘッヘッヘ! 口の減らねえ娘だぜ。なあ若造、この娘のどこがそんなにいいんだ? 顔か? このまん丸の尻か?」
「やめろ!」
流渡が本気で怒鳴ると、ウマノホネはおどけたように肩を竦めた。
「ヘッヘッヘ! 若い、若い」
「大丈夫」
流渡は昴に囁いた。
「君をあいつらの好きにはさせない。ただ、今は従って欲しい」
瓦礫の山が連なる地点から、やや建物が原型を留めている地区へ入った。密閉型の防毒スーツを着込んだ作業員たちが何やら作業をしている。
カダヴァーが呟いた。
「ツバサ重工の化学チームだ。救助隊とか市警を入れる前に、化学汚染の検査って名目で血族の死体を回収してるんだ」
カダヴァーが先導し、ひと目を避けて建物の影から影へ移動した。カダヴァーとウマノホネは気楽そうだが、流渡は昴を気遣うのに必死で、真剣な表情をしている。
昴は少し懐かしい気持ちになった。流渡はいつも一生懸命だ。それは彼が友達思いだからだとずっと思っていたが……父の死に際を思い出し、昴の胸は重くなった。
小さな弁当屋の前に来たとき、ウマノホネの足元にいた骨の犬が立ち止まった。振り返って低く唸り声を上げる。
「おうおう! どうした、チビ」
ウマノホネはそちらに目を凝らした。
妙にのっぺりとした平らな顔の男が、建物の陰から体を傾けてこちらを見ていた。首に医療用のカラーを着けている。
不意にその胴体がぐんぐんと伸び、ムカデめいた異様に胴長の体型となった。折り畳まれていた十六対の虫脚がギチギチと音を立てて開く。
昴は目を見開いた。
「あいつ! 滅却課の……」
「おーい、クセモノだァ! レックラくん、こっちだよォ!」
ビシャモンの呼びかけに応じ、防毒スーツを着込んだアンデッドワーカーたちがぞろぞろと集まってきた。
更に一行の行く手を阻むように現れた、ニワトリ頭の血族が一人。ブロイラーマンではない。羽毛が茶色で、上下トレーナー姿だ。胸にビシャモンと同じ、翼を意匠化した銅色のバッヂを着けている。
「似蟲家のビシャモン」
「血羽家のレッドクラウン」
血盟会の血族二人は名乗りを上げた。
ビシャモンがじろじろと四人を見下ろした。
「テメエらどこのモンだァ? 血盟会ならバッヂを見せろォ!」
「俺たちァ肋組の者だ!」
カダヴァーが代表して名乗りを上げた。
「テメエらに見せるのは地獄だ!」
カダヴァーは骨の装飾が成された大型拳銃を二丁抜いた。眼にも留まらぬ早撃ちでビシャモンに銃弾を浴びせる!
ドンドンドンドンドン!
「クソッ! 首がまだ治ってねえのによォ!」
ビシャモンは身を丸め、虫脚で自分を抱くようにして守った。
ギギギギギン!
硬い虫脚が銃弾を弾き返す。
「肋のハイエナどもめ! 死肉を漁りに来たか! ハァーッ!」
レッドクラウンがカダヴァーに飛びかかった。両手持ちの大きなネイルハンマーを持っている!
カダヴァーは素早く身を翻し、そちらに銃口を向けた。
ドンドンドンドンドン!
ギギギギギン!
レッドクラウンはネイルハンマーを風車のように回転させて銃弾を弾き返す!
昴はカダヴァーが経験豊富な手練れであることを知った。動きに隙がなく、一人で二人を難なく相手にしている。
ウマノホネが背負った骨壷から、次々に骨の犬たちが飛び出した。
「そうら行け、行け!」
「ア゛ー!」
パララララララ!
アンデッドワーカーは引きつった手つきでサブマシンガンを乱射!
骨の犬たちは銃弾をかわして蛇行しながら接近し、アンデッドワーカーに飛びかかって首や手足を食いちぎる。ウマノホネ自身も大きな鉈を振るい、アンデッドワーカーを切り裂いた。
互角以上の戦いをしているが、血盟会の手の者はこの二人だけではあるまい。カダヴァーが叫んだ。
「さっさと切り上げて逃げるぞ!」
「へい、兄貴……あっ」
突然、レッドクラウンが標的を昴に変えた。負傷していて組み易しと見たか。
「ハハァーッ! 戴いたぜ!」
その瞬間、流渡は血族の竜骨となった。全身が白骨の全身鎧に包まれ、頭部は龍の頭蓋骨めいた兜に覆われている。
昴を庇った竜骨の頭に、レッドクラウンはネイルハンマーのピッケル部分を振り下ろす!
ガギィィィイン……!
「!?」
レッドクラウンは眼を見開いた。白骨の兜は渾身で振り下ろされたハンマーの一撃をものともせず、竜骨自身も一歩もその場から揺るがない。
竜骨は腰をやや落とし、その目に秘めた意志と同じく真っ直ぐに拳を突き出した。正拳突きだ!
「セイ!」
ドゴォ!
「グワーッ!」
吹っ飛んだレッドクラウンを、回り込んだカダヴァーが真上に再度蹴り上げた。空中にいるレッドクラウンに下から立て続けに銃弾を浴びせる!
ドドドドドドドン!
カダヴァーが銃の弾層を交換しながらその場から一歩退くと、一秒前まで彼がいた場所に血まみれのレッドクラウンがどさりと落ちた。
レッドクラウンはゴボリと血を吐き、事切れた。
骨の犬にまとわりつかれていたビシャモンが、オモチャを横取りされた子どものように憤慨して言った。
「あーっ! まーた友達が死んじまったァ!?」
カダヴァーが再装填した銃をビシャモンに向けて言った。
「漫画でも貸してたか? 地獄で返してもらえ」
「ぐぐ……」
カダヴァーと彼が率いる血族を前に、ビシャモンは唸り声を上げながら一歩下がった。三人とも相応の使い手である。
その時、ビシャモンははっとしてインカムに耳を傾けた。
「え?! あ、はい。はい……わ、わかりましたァ!」
誰かから連絡を受けたらしい。ビシャモンは腹ばいになると、虫脚でざわざわと地面を走り一目散に逃げ出した。
「バーカ、お前らもう終わりだぞ! 細切れになっちまえェ!」
救急車のサイレンのように遠退いて行く捨てゼリフに、ウマノホネが鼻で笑った。
「ヘッ! こっちにはカダヴァーの兄貴がいるんだぜ」
竜骨がカダヴァーに言った。
「ただの負け惜しみじゃなさそうですね」
「銀バッヂの誰かが後始末に来てるかも知れねえ。急ぐぞ!」
一行は移動を再開しようとした。
そのとき、小さな黒い鳥が上空から舞い降りてきて、ピチピチと鳴き声を上げながら四人の頭上を旋回した。まるで四人がここにいると誰かに知らせているように。
ウマノホネのそばにいた骨の犬が激しく吠え始めた。
「妙ですぜ! 犬が吠えてるってこたァ、血氣《けっき》を嗅ぎ付けてるんだ」
「まさか……」
カダヴァーは物陰から身を乗り出し、血族の超人的視力で様子をうかがった。はるか遠くのビルの上に人影が見える。
カダヴァーの口からぽろりと煙草が落ちた。
彼は震え声で言った。
「おいおいおい、ありゃ、まさかヒッチコックか? よりによってあいつかよ!」
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