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梔子とヤブルー(5/5)
5/5
「オオオオオオオオオ……」
「エッ?」
梔子はその声に顔を上げた。
こちらに向かって猛然と道路を走ってくるのは、先にヘリドローンから飛び降りてきたブロイラーマンだ。彼はジャンプし、空中で野球投手めいて大きく右腕を引いた。
スライムに突き刺さっているリップショットの槍の後ろ部分が、釘の頭のように平らに変形した。
「……ッラァアアアアアアアアア!」
ブロイラーマンはそこに対物《アンチマテリアル》パンチを叩き込んだ。
ガァン! ドボォ!!
梔子はとっさにスライムの粘性をさらに上げたが、それでも槍は進んできた。外装の聖骨の盾コーティングを捨て、より細く鋭くなったリップショットの体が、より深くへと。梔子の体へと。
ドスッ。
リップショットの白骨の腕が梔子の胸板を貫き、そのままスライムのボディをも貫いて外へと飛び出した。
リップショットと梔子は勢い余って何メートルも地面を滑ったあと、停止した。
「……ゴボッ」
梔子は血混じりのスライムを吐き出した。後ろでは主を失ったスライムが溶け、蒸発して消えて行く。
彼はリップショットに震える手を伸ばし、悔しげに呻いた。
「ボーナス……! し、芝生の庭がある大きな家でねェ、白い犬を飼うのが夢だったんですよ……もうローンを組んじゃったのに……ボーナスが入らないと支払いが……!」
リップショットは彼の心臓を貫いている右腕を引き抜いた。
「ゴバァッ!」
梔子はさらに大量の血を吐いた。そして二度と動くことはなかった。
リップショットは右手を振って血を払った。どんな悪人の血族でも殺したあとはいい気分はしないが、ほっとしていた。
ブロイラーマンはつくづく驚いたという顔でリップショットを見た。
「正気の案じゃねえぜ。お前ごとバラバラにするかと思った」
「でも手加減しなかったんでしょ?」
「お前がするなって言ったからな。信じて全力で殴ったさ」
右手をぷらぷらと振るブロイラーマンに、リップショットは嬉しそうな顔をした。
「へへ!」
リップショットは永久に報告を入れた。向こうでも何かゴタゴタがあったようだが、かろうじて指揮系統を取り戻したようだ。斬逸たちも引き続き奮闘しているだろう。
旋回し、来た方向へ戻るヘリドローンを二人は見送った。
二人は比良坂へ向かってさらに進んだ。途中、小高い場所に出たとき、リップショットは背筋がぞわっとするような血氣を感じた。馴染みのある邪悪な臭いがした。
立ち止まって眼を凝らすと、黒い小鳥の群れが見えた。それが一匹のアメーバ状生物のように上空を旋回している。
ブロイラーマンもそちらに眼を凝らした。
「ヒッチコックか」
リップショットは永久に連絡を入れ、返事をブロイラーマンに伝えた。
「竜骨から連絡が入ってる。ヒッチコックと交戦中だって。だいぶ不利みたい……」
ブロイラーマンは腕組みしてリップショットを見ている。リップショットは彼に訴えかけた。
「あの……ねえ、日与くん! じゃなかったブロ……」
「行きな」
「え?!」
「あいつを助けたいんだろ。それにアンボーンの仇も取りたい。自分の力で」
ブロイラーマンは確信に満ちた目で言った。
「お前は負けない」
そして彼女に拳を突き出した。リップショットはそれに自分の拳をぶつけるふりをして、ブロイラーマンの額に素早くチョップを当てた。
「でや!」
「いってえ!? 何すんだよ!」
「ヘヘヘ! 隙だらけだったし!」
やけに嬉しそうな様子のリップショットに、ブロイラーマンは眉根を寄せた。改めてリップショットが突き出した拳に、ブロイラーマンはけげんそうに自分の拳を当てる。
「俺はスケープゴートを殺しに行く。ヤバいと思ったら躊躇せず呼べよ! 俺もヤバイと思ったらお前を呼ぶからな!」
ブロイラーマンは額を撫でながら走り出した。
「わかった! ありがと、日与くん」
* * *
リップショットと別れたブロイラーマンに、永久から連絡があった。
「そう言えば疵女から連絡があったわよ。スケープゴートの住処を見つけたけど、アンデッドワーカーに足止めされてるって。行ってあげてちょうだい」
「アイツと共闘かよ。気に入らねえな」
ブロイラーマンは呟きながらも、指定された場所へ向かった。
(続く……)
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